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騎士よ、再び剣を取れ  作者: 鶏のささみ
王立アークルード騎士学校
18/33

第18話 騎士たるもの

 扉が開かれる。

 それと同時に姿を現したのはハワード・シグムント。生ける『英雄』である。


 その老いを裏付ける皺の多い肌と、長く伸ばした白髭とは裏腹にすらりとした立ち振る舞い。

 見る者がみればわかる、『騎士』の立ち姿。

 比較的細い体型のように見えるが、その実、びっしりと筋肉が備わっているのが見てとれた。


「肩の力抜いて、ほれ、そこの君緊張しない」

「へっ」


 視線を向けられてひょんな声をだすカイル。そんな様子をみて、ほほ、と笑うハワード。

 会話だけ見れば確かにただの年寄り。しかし、彼には積み上げた『実績』の重みがある。否が応でも、生ける英雄、魔王を倒した、などの実績に気圧され、畏怖してしまう。


「改めてまずは君たちに歓迎を。ようこそ、王立アークルード騎士学校へ」


 ごくり、と三人は喉を鳴らす。往々にして、重要なのは何を言うかではなく誰が言うか、である。ハワード・シグムントの一言一句には確かな『重み』があった。

 王立アークルード騎士学校を統べる、頂。それだけの地位と、実績を持つのだから、当然である。


「さて、試験の結果はもう既に知っていることだろう。この後の手続きの書類もわしが用意しておいた。やれやれ、せっかく未来ある若者と話せるのじゃ。そんな細かい事は脇に置き、思う存分話そうじゃないか」


 ハワードの貌は優しい笑みを浮かべていた。

 年長者故の視線。自身がもう羽ばたけないとわかっているからこそ、まだ両翼を残し羽ばたける雛鳥達に、話しておかなければならないことがある。たとえそれが老いぼれの、自己満足に過ぎないものだったとしても。


「アルス君は知っていると思うが、ひとまずはこの学校の校訓を教えるかの」

「校訓……ですか」


 カイルが興味深そうに呟く。ハワードは自慢の白髭を撫でながら、少しの溜めの後、言葉にする。


「うむ、『かっこいい騎士であれ』じゃ」

「……え」「……はあ」

(まあ、初めて聞いた時はそうなるよな)


 拍子抜けしているカイルとフィーネに、ほほと笑いながら諭すハワード。アルスの表情は揺らがない。


「最初はしっくりこないかもしれんがの。結局はみんな、かっこよくなってここを巣立っていくから、不思議なものじゃのう」

「かっこよく……、かあ」

「なんだか曖昧すぎではありませんか?」


 いまいちピンと来ず上の空のアルスと、思わず疑問を声にしてしまうフィーネ。当然である。伝統ある王立騎士学校の校訓が『かっこいい』などと言う陳腐な言葉で表されると思ってもいなかったのだろう。ハワードはそんな彼らを、微笑ましく見守る。


「力には責任が伴う。騎士となり、力を持ったのならば誰かのために、民のために剣を振るうべきじゃろう。騎士としての心得の初歩の初歩。それを忘れて欲しくはないのじゃよ」


 その言葉は彼らに重く重くのしかかる。魔王を討った生ける英雄の言葉。


「誰かのために剣を振るうのは、『かっこいい』じゃろう? ——わしも魔王を討った時はそうじゃった。動機としては少々不純かね? わしはそうは思わなかった。だからわしはこの校訓を作った。可愛い雛鳥達が、道を踏み外さないようにの」


 心当たりがあるアルスは俯き、視線を逸らした。


「誰かを顧みない剣など、騎士にあらず。ただ己が為がむしゃらに剣を振るうのでは、魔獣と変わらん」


 ハワードの言葉は、まるでアルス自身に向けられているようだった。

 己の強さの根源。醜く、黒い、際限ない欲望。それを少し、見透かされてしまったような気がして。


(俺は、俺が強くなるために剣を取っている。自己中な剣だ。それこそが俺の強さだった。俺からそれを取ったらもう、何も……)


「なあ? アルス君。其方もそう思うじゃろ」

「え、は、はい」

「ほほ、無理に嘘をつかんでも良い」

「……そ、それは」

「安心しなさい。一度置いた剣を再び取るという選択、苦渋のものであったろうに。また戻ってこれたのなら、この学校が其方をかっこいい騎士にしてくれるさ」

「…………」


 カイルとフィーネは不安になってアルスをチラと見る。いつも飄々としていて、余裕に満ち溢れていた、彼の姿はそこにはいない。

 一度は世代の頂点とまで言われ、順風満帆な騎士への道を歩んでいた彼が何故剣を置いたのか。その片鱗が見え隠れする。二人はまだ、その核心へと踏み込む勇気はなかった。


「勿論、名門モードレット家のフィーネ嬢、そしてあのローグ・オーディンに見染められたカイル君にも、期待しておるよ。この学校で自分なりの騎士道を見つけてくるといい。わしはこの『かっこいい』を強制する気はせんからの」

「「……はい!」」

「返事が元気でよろしい」


 満足したのかハワードはうんうんと頷くとおもむろに立ち上がり、体を動かし始める。何をするのかと三人が不思議にその様子を見ていると、ハワードは刃引きした剣を取り出して、いきなり構えてみせた。

 嫌な予感が三人の背筋を伝う。校長室は少々スペースが空いているからとは言え、剣闘に向いている場所では到底ない。


「あれこれ言うたが、結局大事なのは何を言うかではなく誰が言うか、じゃ。であれば、この場で魔王を討ったという剣捌き、見せても構わないじゃろうて」


「で、でも僕ら真剣ですけど……!」


 カイルが抗議するが、


「なあに、豚に真珠、学生に騎士剣、じゃ。逆に学生風情で傷一つつけられるとでも? ほほ、存外強気じゃのう」


 こうなったハワードはもう止められない。


「三人、まとめて。かかってこい」


 ハワードが正眼に剣を構える。途端に辺りに溢れ出す覇気。これが長年の経験による場踏みの差。佇まい一つで、圧倒的な差を感じてしまう。三人とも、動けない。動いた瞬間、いとも容易く反撃されてしまいそうだった。


「……動かないなら、こちらからいくまで」


 ハワードはぐん、と人外じみた踏み込みから、その場で一番前にいたカイルに向けて勢いよく斬り下ろしを敢行する。


「……ぐっ!」


 いきなりの加速に目が追いつかない。なんとか感覚だけで喰らい付き、その剣を不恰好ながらも受けるカイル。


「ほう、これに反応するか」


 一瞬、攻めの手が緩んだのも束の間、


「ならば、もう少し本気をだすとしようかの」


 剣が、爆ぜる。さらに加速する。


「ぐっ、があっ!」


 素早い無尽の剣戟にカイルはなす術もなく吹っ飛ばされた。


「ほれ、次」

「ひっ!」


 超反応で喰らいつけたカイルが例外であったのだ。

 常人の反射神経に収まるフィーネはこの神速を受け切れる筈もなく。何も出来ずにその場に倒れ込んでしまう。


「さあ、ラストじゃ。アルス・ランフォード」

「随分急ぎますね。もう少しゆっくり遊んでやっても良かったろうに」

「……これだから勘の良い小僧は困るのう」

「ご老体に鞭打ってご苦労さん、とでも言えば良かったですかね?」

「ほっほっほ。面白い」


 アルスは見抜いていたのだ。そもそも老体で肉体の全盛期に近い動きをするなど無理がある。であれば相当体を酷使している筈。


「せめて『かっこつけ』はさせてくれないと困るのお!」

「せいぜい足掻いてやりますよ!」

 

 アルスの心から、仄暗い黒炎が渦巻くように沸き立った。凡人に過ぎない己が、時間制限付きとはいえ、全盛期の英雄と勝負させてもらえるのだ。燃えない訳がない。


 それを糧とし、喰らわんとするからこそ、頂へと通じる道を歩むことができる。

 それでこそ、アルス・ランフォード。

 それでこそ、己の騎士道。




 ◆




「シィッッ!!」

「ぐ、あ、があああああ!!」


 剣と剣を重ね合わせ、ハワードはその衝撃に目を見開いた。

 小柄で華奢な肉体とは思えないほどの膂力。

 相当な負荷をかけているのにも関わらず受け止めてみせるその器用さ。なまくらと真剣とはいえ、リミッターを解放した己に瞬殺されないのは、大いに驚愕すべきことであった。


 なるほどこれが基礎の重み。確かに教科書通りである。セオリー通りの体の運びである。そこにオリジナルはない。

 それの何が悪い。手本は、最優だからこそ手本なり得る。——残酷に言えば、そこに伸び代はない。

 だから彼は剣を置いたのだろう。嫌でも彼の心情が伝わってくる。これだけ努力したのにも関わらず、報われない。それのどんなに辛いことか。


 現実を教えるのも、教師の役目である。既に己の肉体の稼働限界は近いのだ。ハワードはいたたまれない気持ちになりながらも最後の一撃を——。


「慢心しすぎですよ、先生ェ!」

「!?」


 剣が、伸びる——ように見えた。

 意識外からの一撃。


(ほほ、この騎士道も存外かっこいいものじゃのう)


 ハワードは思わず笑みを浮かべてしまう。久方ぶりの高揚。己にとって戦場とは、元来こういうものであった。


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