第17話 試験の結果は如何に
王立アークルード騎士学校。アークルード王国に佇む由緒正しき騎士学校である。ミドガルド大陸中でもその名声は高く轟いており、騎士になるならば誰もが羨み、入りたいと願う学校なのだ。もっとも、その栄光に縋るあまり、深く根差した伝統に囚われすぎている、という校風はたまにきずだが。
今日はついに、そんなアークルード騎士学校への編入試験の合否発表である。
試験や諸々を通じて仲を深めたアルス、カイル、フィーネの三人組は、荘厳な雰囲気を感じさせる正門をくぐり抜け、無駄に長い校舎までの道のりを歩いていく。
アルスは落ちるなど露とも思っておらず呑気に歩いているが、カイル、フィーネの二人は流石に緊張している様子。
「あーやばい。めっちゃ緊張してきたよ」
「アルスはそんな飄々としていられて羨ましい限りです」
「やっぱフィーネもそう思う? アルスはこういうところで僕たちと違うんだよね。強者ゆえの余裕ってやつだよ」
「……そうですね」
二人とも、羨みはすれど妬みはしない。
近くにいるからこそわかるから。
アルスの剣は努力の剣。丁寧なフォームに、基礎に忠実な体運び。教科書通りの足捌き。文句の付け所がない。強烈な才こそ感じられないが、ここまで積み上げてきたものを否定することなど出来ない。
カイルとフィーネが憧憬の目つきでアルスに視線を向けていると、アルスはいたたまれずに苦笑した。
「あんまり俺を見ないでくれよ、所詮俺は教科書通りの真似しかできない人間なんだ。カイルやフィーネのように、何か光るものや、優れた血を持っているわけじゃあない」
個性がなければいずれ限界が来る。その事を知っているアルスからしてみれば、カイルやフィーネの方が羨ましいというのはなんとも皮肉な話である。
「大丈夫、二人なら受かってるさ。一日目は俺と同じ組で、さんざん暴れたじゃないか。あれはワンマンプレーじゃなくて、チームワークだった。誰か一人が欠けていれば、あんなに上手くいっていなかっただろうしな」
「そ、それで落ちてたらどうするのさ、アルスは無責任だなあ」
「三人で合否を見に行こうと提案したのはカイルだろう。なら俺は、雰囲気を悪くしないようやるべき事をするまでだよ」
試験の合否を友達と見に行くのか、行かないのかという問題。この世界の学生の中でもある程度論じられている議題である。仲良く試験の合否を見に行ったはずが、その中の誰か一人が落ちていたら。——気まずくなること間違いなし。
一つ言えるのは、信頼できる仲間だからこそ結果を共有しようと思える事。
「大丈夫ですよ。それに、たとえ私だけが落ちていても、気にする必要はありません」
「それなら、僕もだよ。いや、落ちてて欲しくはないけど」
だって、友達だから。
「じゃあ安心だな」
三人は合否の結果を見に行くために、アークルード騎士学校の校舎へと入っていく。
◆
アークルード騎士学校編入試験。その合否発表は、学生ごとに割り振られた受験番号が教室に張り出される形にて行われる。
今回の編入試験のために特別に用意された教室からは、試験生の言葉にならない悲鳴や、意気消沈した様子の生徒の姿が見られた。
名門の王立騎士学校、ましてやそこに編入で入りたいとなれば相当な狭き門。貼り出される数字がごく僅かであることなど容易に想像できる。人生を賭けた戦い、その結果が報われず泣きを見るのが普通の世界。
そんな狭き門をくぐれるか否かの結果を、アルス達三人は突きつけられることとなる。
先ほどまでは健気に振る舞っていたカイルやフィーネも、緊張で僅かに頰を強張らせていた。
アルスは貼り出された紙を見た。自分の結果に不安はない。だからと言って、緊張しない訳ではないのだ。僅かであれど、共に時間を過ごした友達の人生がかかっているのだから。
「おい、まさかとは思っていたけど……」
アルスは思わず笑みがこぼれる。
大半の生徒が落ちる、それが当たり前。にも関わらず、貼り出された紙には、奇しくも三つの受験番号が記されていた。
相当なことなどない限り、三人揃って受かるなど起こりえない。皆薄々はわかっていたことである。気を逸らし、見ないようにしてきた現実。けれど実際にはそれを裏付けるかのような結果が示されていて。
まさか。そのまさかが、起こった。
「ある、僕の番号が……ある」
「わ、私のもです」
そして当然。
「……俺の番号も、あった」
三人とも、喜びを噛み締めるようにその場で笑い合った。受かったことは勿論嬉しい。それでも、この三人で受かったことが、何よりも嬉しいのだ。
◆
合格の喜びをひととおり噛み締めた三人は、手続きを済ませるために校長室へと向かうこととなった。
慣れない校舎の廊下をそわそわしながら歩くカイルとフィーネ。一方のアルスは元アークルード生、懐かしむように風景を目にしながら、呑気に歩いている。
「いきなり校長先生と話さないといけないなんて緊張するなあ」
「……カイルはいつも緊張してばっかですよね。まあいきなり対面するのがあの『英雄』とまで言われた方ではそうなるのはわかりますが」
「え、えいゆう……。そんなにすごい人なの」
「知らないんですか!? 忌々しい魔術師達が総力を上げて魔大陸から侵攻してきた時代、私たちを救ってみせた『英雄』ですよ!?」
「あ、あいにく、田舎者でその辺の知識は疎いもので……」
ぽりぽりと頬をかきながら苦笑するカイル。因みに聞き流しているアルスも、入学当初は全く知らなかったので同じ穴の狢である。
「あ、そういえばアルスはアークルードを辞めて、また戻ってきたことになるんだよね。校長先生、どんな人だったか覚えてる?」
カイルに話を投げかけられたアルスは顔をしかめながら校長先生——そう呼ばれた彼の事を思い出す。
アークルード騎士学校の校長、ハワード・シグムント。ある程度教養のある人間なら誰でもその名を知っている。いわゆる、『英雄』。
時は数十年程遡り、魔大陸から魔術師がダンジョンを通して盛んに侵攻してきた跳梁跋扈の時代。魔術師の王、『魔王』を打ち取ってみせたのが、ハワード・シグムントとされている。
今でこそダンジョンの発生は多数報告されているがそれのどれもが突発的なもの。しかし当時は違った。魔王によって統率が取られ、人のそれと違わない兵法を持って侵攻されたものだからたまらない。
そんな絶望の時代に剣を取り、今の比較的平穏な暮らしを勝ち取ったのが彼なのだ。
「あんまり気負わなくていいんじゃないかな。少なくとも俺の知ってる限り、気のいいおじいちゃんって感じ」
「あ、あのハワード・シグムント先生を気のいいおじいちゃんと言いましたか!?」
「俺は思ったことをそのまま口に出しただけなんだが……」
「で、でも、あの『英雄』ですよ」
「そんなこと言われても、なあ」
良くも悪くも、カイルと同じく異色の経歴であるアルスは先入観がなかった。だからこそ、この感想である。
「実際に会ってみればわかるさ。ほら、着いたぞ」
アルスは年季の入った木製の戸を叩く。そこには校長室、と銘打たれた木板があった。
「ほほ、入ってよろしい」
扉の奥から聞こえてきたのは、威厳ある年長者の声。生ける『英雄』、その言の葉に、カイルとフィーネの二人は息を呑んだ。