第15話 王都アーク珍道中
教師陣の裏側など露知らず、アルス、カイル、フィーネの三人組一同は、アークルード騎士学校の寮から飛び出して顔を合わせていた。
結果発表までの暇つぶしがてら、王都の観光も兼ねて。
「せっかく来たんだから楽しまないと!」
「ええ、もちろんです」
(俺にとっては見慣れた街並みなんだがなあ)
見慣れない景色に目を輝かせる二人を、アルスは冷めた瞳で見つめる。
アルスからしてみれば、こんなことをしているぐらいなら剣を振っていたいものだが、たまにはこういうのも悪くはないと思う自分もいた。この男、なんだかんだ言って結局自分に甘い。
アークルード王国の中心、王都アーク。
アークルード騎士学校が佇む土地でもあり、王国一栄えている都市でもある。辺り一面はずらりと石造りの建造物が建ち並んでおり、その絢爛さを窺い知れる。行き交う多数の人々からは笑顔が溢れ、都市全体が活き活きしているのが手に取るようにわかる。
「見てよアルス、フィーネ! 魔道具店だってさ!」
田舎者丸出しの少年カイルが指差したのはこぢんまりとした魔道具店。その瞳はきらきらと輝いていて、初々しさもここまでくると微笑ましい。
「なるほど、アークにも魔道具店が……。せっかくだし見てみますか?」
なんだかんだフィーネも満更ではない様子でその提案に乗っかる。
(顔ピクピクさせやがって、めっちゃ行きたそうじゃん)
その様子はアルスにもバレバレであるが、女性の扱いをセリーナから学んだため口には出さない。オタク気質の女など、刺激しない方がいいに決まっているのだ。
「まあ、いいんじゃないか? せっかくの大都市。田舎者なら珍しい物だらけで楽しいだろ」
「やった!」
「良かったですね、カイル」
(なお、心の中でガッツポーズを取るフィーネであった)
とはいえ、この世界において魔道具とは、紳士淑女の心を掴むロマンである。
ダンジョンから魔術師の侵攻が始まって久しいこの時代、様々な魔術的文化が魔大陸から人間の住むミドガルド大陸に流入してきているのだ。その中でも一際人々の生活の中に溶け込んでいるのが『魔道具』である。
辺りを照らす街頭の明かりや、生活において欠かせない洗濯、さらにはトイレまで。古今東西あらゆるものには、たいてい魔道具が関わっている。
魔術の研究が盛んに行われている今日、都市部の人々や貴族はそれなりに苦を感じない生活を享受できているのだ。
(懐かしいな、俺も初めて王都の景色を見た時は感動してばっかりだった)
今はすっかり都会を知ってしまったアルスとて、初心は忘れていない。なんだかんだ言って、同じ田舎者同士。満足のいくまで好奇心を満たしてもらいたいのも本音。モードレット家の令嬢、それなりの都会人であるフィーネがここまで興味を示しているのには意外だったが。
因みに、ここからは余談であるが、アルスは入学したての頃、セリーナに田舎者だの芋くさいだの言われて苦い思いをしている。悲しいかな、いくら魔術的資本が発達したとは言え、地方格差はあるものなのだ。
「な、なんだか店をくぐるだけなのに緊張してくるよ」
「千里の道も一歩から、ですよ。この険しき山嶺を超えてこそ、立派なアークルード騎士学生です!」
「そ、そうだよね!」
(まだ合否も出てないのに、この二人は何を言っているのやら)
アルス、カイル、フィーネ、一丸となって試験を受けたもの同士。今こそ、また一つとなって大きな壁を越える時、都会の洗礼を受ける時、である。
いざ、入店。
◆
絢爛なる大都市、王都アーク。行き交う人々の中には勿論、数多の騎士学生も含まれている。セリーナ・ローレンスもその一人であった。
「さて、久々の休日。どこに行こうかしらねぇ」
セリーナはうんと腰をのばし、息を吐く。
誰もが息を呑む美人ゆえ、道を歩いているだけで様々な目で見られるが、彼女は気にしない。この程度、日常茶飯事である。むしろ「思う存分に見ることね」とさえ思っている。強かな女性なのだ、彼女は。
セリーナは気ままに王都を散策しつつ、暇を潰せそうな場所がないかと辺りを見回す。
名門貴族、ローレンス家。血のしがらみゆえ騎士学生という身分でなければこのように自由に出歩くことすらままならないだろう。彼女にとってはこの自由が堪らなく代え難い時間なのだ。そういう意味では、アルスの故郷、ロレーヌでの彼女の日々は安らぎであったとも言える。
(あれは新作のスイーツ……。ぐぬぬ、しかし騎士たるもの体系維持は基本。甘えるな、私)
ふと目に入った甘味処を見つめながらセリーナはひとりごちる。年相応の女の子らしく、甘いものに目がないのはご愛嬌。アルスを連れ回したことも二度三度、いや数え切れない。アルスとセリーナの関係は切っても切れない腐れ縁のような物なのだ。
「あ」
だからだろうか、どうしても気づいてしまう。
ここではよく目立つ黒髪と、名も知らぬ他二人。片方の銀髪の女はどこかで見たことがあったような。
(編入試験の時の子じゃん)
セリーナはこぢんまりとした魔道具店に、アルス達が入っていくのを目撃してしまった。なんだかいい暇つぶしになりそうだと彼女の勘が告げていた。
(ちょっとだけ覗いていくとしますかね)
◆
こぢんまりとした魔道具店に一歩踏み入れたアルス一行。
「す、すごい」「すごいです」
入るや否や目を輝かせるカイルとフィーネの二人。ずらりと並んだ大小様々な魔道具は、少年少女の出来心をくすぐらせるのにはもってこいであった。
(俺もすっかり慣れちまったけど、アークに来たばかりの時はこんなだったっけ)
その様子を後方から、まるで我が子を見るような目つきで見守るアルス。その立ち振る舞いはさながら保護者である。
「それにしても、カイルは分かるが、なんでフィーネまでこんなに興味津々なんだ? 腐ってもモードレット家のご令嬢。王都とまではいかなくても、それなりの都市でそれなりのものは見てきたはずだろう?」
「だからこそですよ」
「……?」
「それなり、とは言っても腐っても名門。腐っても貴族の令嬢ですから。こんな風に俗世を自由に楽しめることなんてないんです」
「なるほど……」
アルスにはない視点だった。
貴族、名門故のしがらみ。彼女は自由に都市を散策することすらままならないのか、とここで初めて気づく。
(ああ、だからセリーナは……)
思い浮かべるはお転婆でわがままな金髪のご令嬢。
彼女が自分を連れ回していたのはそういう意味もあったのかと思うと、なんだか悪くない気分になる。
(田舎者の俺だったからこそ、か。いや、考えすぎかな)
「ひょっとして、今別のこと考えてたりしますか?」
「え、いや」
「感心しないですよ。せっかく来たんですから、後方で保護者面してないで、一緒に楽しみましょうよ!」
「……滅相もない」
やはり女の勘というのは怖い、とアルスは心に刻んだ。
「見てこれ、魔術で自動で動く歯ブラシだって!」
「勝手に磨いてくれるということでしょうか、なるほど興味深いですね……」
「うわ、でもすごい高い。うちの家の年収何年ぶんだろ」
「そんなに高いですかね、これなら私のお小遣い程度の金額ですが」
「ええ!? フィーネの家はすごいなあ」
カイルとフィーネの会話を他所に、アルスも内心驚愕していた。
まさにこれが地方格差。魔術による発展は都市部と農村の物価の差を大きく広げてしまったらしい。
アルス自身も名門貴族のお財布事情に驚きを隠せない。セリーナがすごいだけだと思っていたのだが、どうやら名門の騎士の家というだけでかなりの金持ちらしい。
「なら私が買ってあげましょうか?」
「えええ!? 気持ちは嬉しいけど、なんだか手が震えてくるからやめとくよ……」
「……そうですか」
シュンと肩を落とすフィーネ。
同じく田舎者のアルスからしてみればありがた迷惑というやつである。
「まさにありがた迷惑、同じ名門出として感心はしないわね」
ふと、背後から聞こえてきたのは腐るほど聞いてきた凛とした声。声の主はセリーナ・ローレンス。何故こうも彼女とは縁があるのか、神様がいるとするならば問いたい気分だった。
「そ、そんな言い方はないでしょう……ってあなた、編入試験の時の!」
「あなたもしかして編入希望? 喚くんだったら合格してから言うことね」
「それとこれとは話が別です! いきなり喧嘩をふっかけないでください!」
売り言葉に買い言葉。金と銀、可憐な花同士で、あれよあれよと火花が散るではないか。
カイルはアルスに肩を寄せ、他二人に聞こえないようにこそこそと語りかけてくる。
「ど、どうしようアルス。すごい嫌な予感がするよ」
「俺もだよ……」
触らぬ神に祟りなし。二人は黙りこくるのを決めた。