第14話 裏側の正念場
アークルード騎士学校の編入試験は、アルスとファルニウスの二人が荒らして幕を終えた。
アルスは貸し出されている寮の一部屋で、ぼんやりと宙を見つめ、何も考えずにぼーっとする。久しぶりに動いたのも災いし、どっと疲れが出ていたらしい。
「どうしようどうしようどうしよう……」
そんな様子を気にもせずに頭を抱える同部屋のカイル・セルウィン。第二試験開幕早々、ファルニウス・セリオンの『事故』に巻き込まれた被害者だとか。
しかもこの男、自ら嵐の中に突っ込んでいったのだからタチが悪い。その上でこの様子である。
「なってしまった物はしょうがないだろうに。一日目散々暴れ回ったのだからなんとかなるさ」
「そうかなあ。でもそれも、アルスとフィーネのおかげだしなあ」
「ハッ、それもそうか。まあなんとかなるようにと祈るしかないだろ」
「ああ、神様お願いしますどうかお助けを……」
カイルの散々な姿を見てアルスは苦笑した。
神剣のファルニウスを投入した時点でこうなることは目に見えていただろうし、一日目で大きく評価を上げたのは彼にとって運が良かったともいえる。
「お前にも磨けば光る物はある。そこをアークルードがどう見るか、かね」
「それ、みんな揃ってよく言うんだよね。全然僕には実感わかないや。ファルニウス君にも似たような意味の言葉を言われたかも」
「——そう、か」
神の眼は誤魔化せない。
純真無垢なこの少年にも、ファルニウスを満足させられる程の才があるのだろう。
アルスは胸の奥に渦巻く泥々とした感情をグッと堪える。
彼を心の底から笑わせたことはあっただろうか、とアルスは自問する。無論、答えは出ない。神の子の思考など、読むことさえ烏滸がましい。
「まあ、あいつがそういうんなら、案外受かるかもな」
「本当に!?」
そう喜ぶカイルの姿はさながら犬のようである。
見えない尻尾を大きく振っているようにさえ見えてくる。
まあなんにせよ、結果発表のその時までは気楽にしていたい物である。やれる事は全てやり切った。後は天に祈るのみ。
「合格発表までは時間があるんだろう? それまで、お前が言ってたようにここの街並みを見て回るのも悪くないんじゃないか?」
「賛成! 早速フィーネも呼んでこないとね」
この気の切り替えようといったら。
アルスでさえ気が綻んでしまう勢いである。カイルには人を惹きつけるような輝ける才能もあるかもしれないな、と心の底で軽く笑ってやった。
◆
生徒達が合格発表まで少しばかり羽をのばす中、アークルード騎士学校の教師陣の間には張り詰めた雰囲気が漂っていた。彼らからしてみれば、ここからが正念場、である。
そんな、職員室での一幕。あいもかわらず、校長のハワード・シグムントと、特別講師であるローグ・オーディンの間には嫌悪な雰囲気が漂っていた。
「ほほ、悪いがアルス・ランフォードは取らせてもらうよ。儂は久しぶりに感動したのだ。泥臭く、それでも諦めない粘り強さ。あれでこそ、騎士」
「——本人にその気があるなら、なァ」
「それを言うなら、ロレーヌでのダンジョン騒動、其方はどう見るよ。小規模とはいえ、もう既に実戦レベルに達しておるのだ。取らない理由はあるまい」
「別に取らせないとは言ってねェよ。こっちはその先の話をしてる。ああいう逃げ癖ついたメンタル雑魚のガキを甘やかすなって言ってるんだ」
「なら、『師匠』はまた其方が請け負ってくれる、ということじゃの?」
「ハッ、上等。凡夫が天へと羽ばたかんとする、なんと滑稽なことか。それでこそ、面白い」
「其方も悪趣味じゃのう……。まあよい。それよりベルクナー君、君の眼鏡にはどう映った、この試験」
急に話を振られた四学年担当、ゲイリー・ベルクナーは目が飛び出そうになりながらも答える。
「そ、それはどのような意味でしょうか。シグムント先生」
「アルス・ランフォードの他に何か目ぼしい者でもいたかの、と思うてな」
ハワード・シグムントの鋭い視線がゲイリーを襲う。その荘厳な雰囲気に押し潰されてしまいそうにもなる。
「二日目の試験はアルス君とファルニウス君によって荒らされて可否のつけようがない。……となれば必然的に一日目で結果を残した者がよい、と思います」
であれば——
「ふむ、名門モードレット家の令嬢、フィーネ・モードレットに、名もなき田舎者のカイル・セルウィンということかの」
周囲の教師陣にざわめきが起こる。
名門モードレット家の令嬢、ここまではいいだろう。家柄に格はあるし、実力は充分。
問題はカイル・セルウィン。優れたバックボーンも存在しなければ、確固たる実力も存在しない。あるとするならば、
「彼には光るものがある、少なくとも私はそう感じていますが」
将来性。
その一点のみで評価するのは些か彼にとって優しすぎるが——。
否が応でも教師陣はアルス・ランフォードの存在を思い出してしまう。
入学時点の彼は明らかにこの学校のレベルに達していなかった。それが血眼になって帰りを待ち望むレベルの騎士になったのだからさあ大変。
前例はある。故に期待してしまう。
教師陣はローグ・オーディン、彼がどう結論付けるかに視線を向ける。彼の秘める物を見つけ、ここまで叩き上げたのもまた、彼だから。
「どうでしょうか、ローグ先生」
「…………」
強面の貌は揺らぐ事はなく、どこでもない先を見据える。答えは沈黙。結論は出さない。
(神は残酷よなァ……)
ローグは一瞬天を仰いだかと思えば、口を開く。
「あれに俺は必要ない」
「……と、いいますと」
「あいつには手を出さなくても勝手に伸びるって言ってんだァ。アルス・ランフォードとは違う」
ゲイリーも、その場にいる教師陣も驚いて口を開くことすらできない。あのアルス・ランフォードでさえ酷評する『最強』の騎士が、認めたと言う事はつまり。
「お前ら、勘違いするなよ。アルス・ランフォードには別に特別な何かがあるわけじゃねェ。ただやるべき事を詰んだだけ、無駄を削いだだけ。一度崩れれば何も残らねえ虚像なんだよ、あいつは」
誰も、そのローグの言葉の意味を真に理解する事はない。アルス・ランフォードはれっきとした実力者である、そんな空気が形成されていたから。
「ほほ、では決定ということで」
校長、ハワード・シグムントの一喝によって会議は終了する。
アルス・ランフォード、フィーネ・モードレット、そしてカイル・セルウィン。
同じ組分けであった三人の合否や如何に。