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騎士よ、再び剣を取れ  作者: 鶏のささみ
王立アークルード騎士学校
12/29

第12話 少年の幻影を追って

 二つの混沌がぶつかり合い、戦場はさらに崩壊してゆく中、二人の少女が向かい合う。


 一方はセリーナ・ローレンス。凡人の少年の挫折と成長をその眼で見届け、その背中に追いつかんとする者。

 もう一方はフィーネ・モードレット。隣にて凡なる剣の極致を知り、仲間として共に並び立たんとする者。

 両者、幻影を追うは同じアルス・ランフォードという凡人の少年。幸か不幸か、因果は巡り、二人は相見える。


「こんな無茶苦茶なもの、試験として体を成してませんよね。アークルード生として疑問に思わないのですか?」

「さあ? 余所者のあんたに教える理由はないんじゃない?」

「それはそうですね。これ以上言葉を交わすのは無用でしょうか。……では一勝負といきましょう」


 フィーネが剣を構える。銀色の長髪に、同じく銀色の騎士剣がよく映えていた。


「ふん。あんたが逃げ腰じゃなくて助かるわ。こっちだって現役生としてのプライドがあるわけよ」


 セリーナも応じて剣を構える。少年の飛躍を見届けてきた嫉妬心を侮るなかれ、セリーナの剣には確かに積み上げられた鍛錬の跡が滲み出す。


 いざ、勝負。


 先に動いたのは、セリーナであった。

 攻めを得意とする俊速の剣。金色の髪が宙を舞う。


 それを受け止める形となるフィーネ。刃を沿わせるように滑らせ、勢いをいなし、横に流す。


 今の一合で、相手の剣の腕が確からしいことを悟ったセリーナは、軽く顔をしかめる。が、攻めの手は止めない。相手から受けるならこちらも攻めるまで。


「いつまで余裕なのかしらね!」

「……ッ、さあ、どうでしょう」


 フィーネはひたすらにセリーナの剣をいなし続ける。攻めの機会すら回ってこないその速さと密度に、顔を歪ませた。


 ほんの一瞬。ほんの一刻が足りない。攻めに転じる機会がフィーネにはやってこない。

 両者剣の才は同程度、その他に差があるとするなら、鍛錬の差。このアークルードという恵まれた名門で、如何に教えを吸収し、研鑽したか。その差が今、如実に表れている。


 フィーネとて、前の騎士学校ではそれなりの物を学び、それなりの物を身につけた。

 加えて彼女には人よりほんの少し優れた『受け』の才がある。相手の剣の動きを知覚し、如何にそれを受け流すか。

 しかしそれだけでアークルードの門をくぐれるかはまた、別。フィーネは環境に恵まれなかった。良きライバルが周りにいなかった。

 彼女の剣の性質上、より強く、より速い剣を『見て』慣れなければならない。故にこれは彼女にとっては貴重な体験。名門アークルードの在校生。その実力あってこそ、フィーネの受けも輝くというもの。


(感謝しますよ、金髪のお嬢さん。やはり、私はアークルードに入らなければならない、ということを確信しましたから)


「シィッ!」


 セリーナの袈裟斬り。稲光の如く素早き一閃。

 けれどそれは決して辺鄙なものではない。基礎を積み重ね、積み重ねた先に生まれた速さ。アルスの背中に必死に喰らい付き、自分のものにしようとしたが故に生まれたオリジナル。


「が、あっ」


 すんでのところでそれを受け止めたフィーネは、そこに黒髪の少年の幻影を見た。


 一日目の試験、圧倒的な力で他をねじ伏せたアルス・ランフォードという少年の剣と重なって見えたのだ。基礎を積み重ねた、実直な剣。


 憧れを抱かなかったかといえば嘘になる。一日目、自分が脇役に徹さざるを得なかったことは、不思議と苦に思わなかった。

 努力の跡が滲み出るその剣はとても美しくて、綺麗だと思ったから。


 そんな剣が、今、目の前に。幻影に過ぎないのだけれども、確かに存在する。彼女なりに昇華させたものが、そこにある。

 それが何故かを、彼女は知らない。彼と彼女がどんな関係なのかも、外様のフィーネには知る由もない。

 しかし、どこかモヤモヤとした感情を抱かずにはいられなかった。


「余計なことを考えていると魔術師に屠られるわよ! 戦場で使い物にならない剣だこと!」

「……チッ!」


 剣と剣がぶつかる。今度はいなせない。フィーネにも限界が来る。受けだけでは勝つことはできない。攻めに転じなければ——


「フンッ!」


 セリーナに押し切られる。


(三人で、受かると約束しましたのに——)


 フィーネはアルスと、カイルの二人の少年の姿を思い出す。短い時間だったが、友達になった気分にさえなった。自分だけ無様な結果を晒す? ありえない。


(諦めてたまりますか!)


 歯を食いしばり、何とか耐え凌ぐ。


 確かにこの二人の間には剣の腕の差はあるだろう。

 しかしフィーネはこの勝負に人生をかけていた。

 結果を残し、試験に受からねばならない。でなければ、騎士の道は開けないと思ったから。


(今更心根一つで変わるとも思いませんけれど——)


 否、勝負というものは存外、心根一つで変わるものである。ほんの少し、ほんの僅かな力量の差を埋めるにとどまるが。


「はあああああ!!」


 フィーネの咆哮。僅かに変わった気配にセリーナは眉をひそめる。

 足りなかったのはほんの一瞬の隙。その差は果たして、心根一つで埋められるものであろうか。


 銀色の鋭い剣がセリーナに迫る——。




 ◆




「はやく“こっち側”に戻ってきてよ、アルス」

「チッ……!」


 凍てつくような黄金色の瞳が刺さる。

 ファルニウスの猛攻は止まらない。それを何とか受け切るアルスだが、額には脂汗が滲む。

 

 ファルニウスは騎士の中では比較的小柄な体躯に見合わぬパワーとアジリティを併せ持つ。まさに神に愛されし少年。天は二物を与えるのだ。

 決して優れた体格とは言えぬアルスは、力で押すことはできない。ひたすらに厳しい展開が続く。


「前の君ならもっといい勝負だった。なんで逃げた? なんで勝つことを諦めた? 君自身が凡人なのを自覚しているなら——尚更頑張らねばより突き放されるだけ」

「……ッ!」


 ファルニウスもまた、少年の幻影を追っていた。


 強者故の孤独。いつからか、周りは自分の剣を“神の剣”と称して理解することを諦めた。それは次第に慢心を生み、努力することにすら手を抜くようになった。


 そんな中、心根一つで喰らい付き、その背中を追い抜いて、一時とはいえ世代の頂点とまで言われたアルスという少年の存在は、自分の中であまりにも大きいものだった。


 天才に努力を教えたのは、皮肉にも、才を持たぬ、凡人であったのだ。

 ——では、天才がもし努力してしまったならば。

 凡人が血の滲むような努力の果てに超えた壁を、悠々と飛び越えてみせてしまう。


 それがアルスにどんな目に映ったかを、ファルニウスが知ることはない。彼は凡人ではない。見えている世界が違うのだ。


「答えてよ、アルス」

「クッ、ソ……」


 往々にして、心根一つで勝敗が変わることはある。

 しかし果たして、今のアルスはそれを持つだろうか。凡なる身にて、天賦の才を持つ者に抗うにはそれしかないというのに。

 ファルニウスには、それが彼に備わっているとは思えなかった。一度自分から逃げた身なら、尚更。


 激しい攻防の刹那、ファルニウスの鋭い刺突がアルスの頬をかすめた。


「いい加減負けを認めて、凡人」

「……嫌だ」

「へぇ」


 ファルニウスは微笑する。アルスの瞳でごうごうと燃えている、漆黒の炎をその目に見た。暗く、泥に塗れた、貪欲な炎。

 

 やはりアルスはこういう人間なのだ。どれだけ逃げようと、どれだけ迷おうと、彼の芯は変わっていなかった。彼は今、負けを目の前にして、勝ちたいという欲望を爆発させるに至ったのだ。


「そうだよ、アルス、初めからその目をしていればよかったんだ」


 強者は孤独である。強者はその身をひりつかせる戦いに飢えている。故に、嗤う。

 今は無理でも、また這い上がって来ればいい。当然自分も努力する。天才の羽ばたくように進む道を、凡人は追えるのだろうか。その黄金色の瞳に、輝くような期待を浮かべながら——


「君が折れなかったら、もう少し楽しめたのにね」


 ファルニウスの足払い。


「ぐっ!?」


 剣で精一杯になっているアルスにとって、意識外からの攻撃。途端にバランスを崩し、その場に倒れ込む。

 存外、あっけない終わり方。勝負はついたも同然。

 ファルニウスは冷めた目つきで地面に倒れ伏したアルスを見つめる。


「——まだだ」

「どうしたの、アルス」

「まだ、勝負は終わってなんかない」

「負けは負けだよ、いい加減諦め——」


 刹那、ファルニウスの頬を剣がかすめた。苦し紛れに放たれたのは、騎士剣の投擲。ファルニウスの頬から、たらたらと血が垂れる。


「——面白い」


 ニヤリとファルニウスは笑みを浮かべる。側からみればなんと滑稽なことだろう、邪道中の邪道。大きく試験の点数はしょっ引かれるだろうが。しかし彼にとっては違った。投げられた剣は、『まだ自分を楽しませてくれる』という意思表示。


 ファルニウスは投げられた剣を拾い、アルスの方へと放り投げる。


「なら、気の済むまでやり合おう。さあ、立て」


 一度勝敗はついた。ならばここからはもう自己満足の戦いに過ぎない。


「……ああ」


 アルスは放り投げられた剣を取り、立ち上がった。

 消えかけていた彼の心に再び火が灯る。誰よりも強くありたいという欲望が、再びその目を黒く濁らせる。


 取るべきは一等賞。

 果たして、心根一つで何処まで往ける。



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