第11話 阿鼻叫喚
いよいよ、編入試験も二日目。
現役アークルード生も交えた、バトルロワイヤルが始まった。
戦場はアークルード騎士学校の広大な土地に含まれる、森の中。
「ん、どーせ雑魚ばっかり。興味ないんだよね、こーゆーの」
『神剣』ファルニウス・セリオンはぐいっと体を伸ばしながら辺りを見回す。
(……ま、カイル君とやらに会えればいっか。それと、アルスの奴を叩きのめして、また“こっち側”に引き摺りだす。うん、悪くない)
試験開始の合図とともに、ファルニウスはぐん、と駆けた。そのまますれ違い様に次々と同級生や試験生を切り捌いていく。この蹂躙劇すら彼にとっては過程に過ぎない。試験の有様はまさに阿鼻叫喚。この場は最早『神剣』の独壇場。並び立つものなどいない。
(早く、獲物を見つけなきゃ)
すべては自身の道楽のために。
神に選ばれし少年は、白髪を宙にたなびかせながら嗤いながら駆けてゆく。その黄金の瞳は、何を見る。
◆
(全く……やりすぎよ、ファルニウスの奴)
名門ローレンス家の令嬢、セリーナ・ローレンスは、阿鼻叫喚と化した森を呆れながら見つめていた。
彼女とて、アルスやファルニウスには及ばぬが成績優秀。『頂』に届かぬだけで、実力自体はそれ相応のものを持っている。
(ま、『神剣』をここに投入した時点で茶番になるのは目に見えていたけど、ここまでとはね)
そもそもこのバトルロワイヤルという試験自体、穴だらけの欠陥である。試験を受ける生徒にこそバレていないが、正確に順位をつけることなど出来ない。
故に、見られているのは立ち回り。如何に戦況を俯瞰し、最善の択を取れるか。時には脅威を排除するために、敵と柔軟に連携することを求められる。
求められているのは結果ではなく、過程。
(こっちも成績かかってるわけだし、タダでは死なないわよ)
ファルニウスが暴れ回っている地帯からは即座に退避し、『事故』に遭わないように注意を払う。とにかく今は混沌とした戦場から抜け出さなければならない。
リスクはある。この呆れるような光景、同じことを考えない理由がない。他人と鉢合わせることは充分有り得る。それでも、あの『事故』に轢き殺されるよりはよっぽど——
「「あ」」
視界に入ったのは銀髪の少女。どうやら天は味方してくれないらしい。
◆
「な、なんだこれ……!」
カイル・セルウィンは目の前の光景に絶句していた。次々とライバルが蹴落とされていく。たった一人の白髪の男に、大勢が為す術もなくやられていく。その衝撃はアルスの剣を見た時以上。
まだまだ田舎者の他所を知らぬカイル。アルスやフィーネという強者に触れ、世界の広さを痛感したばかりだというのに、これは。
別次元としか言いようがなかった。
それでも、
(これが騎士の世界……!)
胸の奥から湧き出る光は止まらない。強い憧憬が、まだまだ発展途上の、小さき体を突き動かす。順位など最早彼の頭の中からすっぽ抜けた。
天才、その片鱗を覗かせる少年は、全てを糧とし、喰らわんとする。
それでこそ、神童。
だからこそ、天は彼に味方する。
「ん、もう会えた。ラッキー」
戦場の混沌の渦中。
『神剣』、ファルニウス・セリオンと、鉢合わせる。
カイルはすぐさま身を構えた。意識を深く、深く潜り込ませて——
「お、やるじゃん君」
黄金の瞳が、カイルをじっと見据える。
その眼に映るは道楽のみ。どこまでも、天才というのはエゴの塊である。
「俺を……楽しませてくれよッ!」
ファルニウスは雷光の如く俊敏なスプリントを敢行。絡めてナシの一直線。
(ふー……)
相手が誰であろうとカイルのやることは変わらない。
深く深く息を吐き、自分を『無』に染め上げる。
木の葉の揺れる音すら聞こえなくなり、世界は真っ白になる。
そこにいるのは、自分と、目の前の男だけ。
極限の集中状態。第六感に身を任せ、獲物が来るのを、待つ。
——今。
ガキン、と剣がぶつかる甲高い音が鳴り響き、カイルはその一撃を弾いてみせた。そこに差し込まれる、閃光の如くカウンター。
その一瞬、ファルニウスは笑みを浮かべる。“こちら側”になりうる人間だと、理解したから。
ファルニウスはそれを予想していたかのようにいなす。閃光、それすらも上回る反応速度で。
(あれ、手応えがない——)
「はい、ざんねん」
首に添えられた刃が、カイル・セルウィンの敗北を意味していた。
一瞬の攻防。たったの二手。されど、今のところは、この試験におけるファルニウス・セリオンとの勝負の最高手数である。
「ん、悪くない。それにその姿勢、気に入った。また、遊ぼう」
「あ、ちょ」
話す暇もなく、ファルニウスは去っていく。
その背中は妙に満足げだった。
(何も、出来なかった……)
まだまだ若き新芽、挫折を知る。
しかし彼もまた、笑みを浮かべていた。『天井』をこの眼で見て、感じ取った。ならばそれも糧としよう。彼もまた、神に愛されているのだから。
カイル・セルウィン、これにて脱落。
◆
『神剣』が戦場を荒らす中、戦場には大きなうねりがもう一つ産まれつつあった。
アルス・ランフォード。
かつて世代の頂点、とまで謳われた騎士学生。
その勢いは、止まることを知らず。頂を求め、欲望のままに、剣を振るう。
「何でここにお前が!?」
「すまない」
一太刀で旧友を無力化し、軽くあしらう。
また一太刀、もう一太刀。出会い頭にライバル達を蹴落としていく。
一騎当千。その暴れっぷりに、戦場には新たな驚愕が走った。
(多少は衰えているが、問題はないな)
アルスはひたすらに剣を振るう。寸分の間違いもなく、フォームの狂いもない。ただ実直に、成果を積み上げていく。
その剣は、まさに基礎の暴力。誰をも寄せ付けない鉄壁の理論武装。凡人がたどり着ける、唯一の極地。
(負けるのはわかっている。それでも俺はもう一度あいつとやり合いたい……。剣を取ったからには、やり合わないと気が済まない……)
アルスにとっての剣。それは呪いである。
誰よりも強くありたいという、黒い欲望の塊に支配され、斬って、斬って、斬り倒す。
ああ、満たされない。満たされない。有象無象を倒して何になる。歪んだ欲望は、注いでも注いでもそのグラスを満たすことはないというのに。
身の丈に合わない願望。行き着く先は破滅。そんなこと、アルスもわかっている。わかっているからこそ揺らぐのだ。——自分は本当にこの道を突き進んでいいのか? 本当に再び剣を取って良かったのか?
その答えが出ることはない。最早アルスは考えるのをやめた。自身の心に蓋をした。本質的には剣を置いた時と、自分は何ら変わっていなかったのだ。アルスは無心で、ライバル達を討ち取ってゆく——。
戦場は二つのうねりに大きく歪まされ、混沌としていった。次第にそれらは、必然かのように、引き寄せ合うように、ぶつかり合う。
アルスは視界に入った白髪の少年の姿を見て、ようやく気づいた。
(ああ、俺はやっぱり勝ちたいんだ。一等賞が欲しいんだ。無理なのに。できっこないのに。——なんで俺は、こんな、馬鹿なんだろうな……)
「——アルス・ランフォード」
『神剣』ファルニウス・セリオンは、呆れたように告げる。その声には微かに怒りも孕んでいた。黄金の眼差しに最早光は灯っておらず、凍てついたように冷たかった。
「なんで逃げた」
「わからない」
「ならなんでまたここに」
「わからない」
「君は“こっち側”に来るべき存在だった」
「……俺はそうとは思わない」
「なんで」
「……わからない」
「そう——じゃあ消えて。目障り」
ファルニウスの上段からの超速の一撃。アルスはそれを何とか剣で受け止める。圧倒的な膂力の差に思わず顔を歪めた。
苦悩を知らぬ天才と、迷い苦悩する凡人の一合。
そこに彼らは何を見出すか。




