第10話 天才の眼
そこからの試験は蹂躙としか言えなかった。
大抵はアルスの圧倒的な実力で敵を薙ぎ倒し、他二人が出る幕もない。運よく旗持ちのカイルに辿り着けたとして、そこで待っているのはカイルの超反応のカウンター。手厚いフィーネのサポートもチームの潤滑油となっていて、最早手のつけようがなかった。
グループの成績は誰が見てもトップ。
まさに完勝である。
そんなこんなで一日目の日程は終了。待機教室では落ち込んでいる他の生徒とは裏腹に、明るい雰囲気で語り合う三人の姿があった。
「全部アルスのおかげだよ! 本当にありがとう!」
「アルスには頭が上がりませんね。カイルも流石でしたよ。グループを振り分けた担当の教師は今頃怒られているかもしれません」
フィーネが冗談をこぼすと、いやいや、と謙遜まじりにカイルは手を振る。
「あんまり調子に乗ってると二日目で痛い目に合うぞ」
アルスが苦言を呈しても、
「なんか僕やれそうな気がしてきたよ! いい順位取れると思う!」
「私が調子に乗って結果を落とすだなんて、舐められたものですね?」
この有様である。実際カイルもフィーネも、かなりの実力があったのは確かだが。まあ一日目で圧倒的な成績を取ったのだから有頂天になるのも仕方がないか。
「はあ……二日目は実際のアークルード生も入り乱れた生き残りを賭けたバトルロワイヤル。油断してると足掬われるからな。負けたら一発退場、泣いても笑っても、な」
アルスは知っていた。アークルードの生徒は皆、険しき受験戦争を勝ち抜いたエリート達である。
そんな中で一定の成績を残し、アークルード生として足り得る実力を有することを示さねばならない。
「んー、でも大丈夫かな。要するに強い奴に会わなきゃいいだけだからね」
カイル、意外にも図太い。
「積み上げてきた剣の成果を出すだけですから。今更心根一つで変わったら苦労はしませんよ、私も全力で行きます」
フィーネもまた、図太いのであった。
そもそも、編入希望者など大概は変わり者である。
(心根一つじゃ変わらない……、か)
剣を取るたび、仄暗いどろどろとした感情が湧き上がってくる。
——他人よりも強くありたい。
才能のない自分をここまで突き上げてきたのはその心根一つである。どこまでもくだらない承認欲求。自分に嘘はつけない。
「どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
アルスは苦笑しながら返した。こんな話、明るい雰囲気でする物ではない。
そんなアルスの心の内を知ってか知らずか、カイルは明るく振る舞った。
「絶対、三人でアークルードに入ろうね!」
「「勿論」」
えいえい、おー。
案外、固い絆で結ばれた三人である。
◆
「アルス君、大活躍じゃないか、ほっほっほ」
「……正直言って期待外れだよ、ハワード校長先生。だって雑魚じゃん。剣の腕は前より確実に衰えてる。今更俺に勝てるとも思えない」
試験の様子を眺めていたハワードは、自身が一目置いた生徒とその内容について語り合っていた。
「ほほ、ファルニウス君の言うことには棘があるのお」
『神剣』のファルニウス・セリオン、四学年。
美しく透き通るような白髪に、神秘的に輝く黄金色の双眸。その煌めく瞳が、ハワードを刺すように見つめる。
アークルードの綺羅星。所謂天才側の人間。
有り体に言えば、アルス・ランフォードの上位互換。アルスを“潰した”人物でもある。
抜群の身体能力と圧倒的センス。少なくとも、努力で越えられるような次元ではない。神に愛された人間、それがファルニウスである。
「ん、俺は事実を言ったまで。アルスの武器は努力でしょ? アルスから努力を取ったら何も残らないよ。『天才』と持て囃されるような奴だって、努力ぐらいするんだから」
「案外、心根一つで変わることもあるやもしれんぞ?」
「むしろ今の彼の心は揺らいで見えるけどね。少なくとも、もう彼に興味はないや」
ファルニウスは目を細めた。彼の価値観は『自分を楽しませてくれるか』どうか。それ以外にはない。彼に言わせてみれば、今のアルスに価値はない。
「それよりも先生、あのカウンターをみせた少年、誰?」
「はて……いかんせん名門出でなくての、あんまり覚えてないのじゃが。確かカイルと言ったかの?」
「カイル……。カイル……。ん、覚えた」
ファルニウスは人知れず笑みを浮かべる。
残酷にも、天才の眼に今のアルスの姿が映ることは無かった。
◆
『神剣』のファルニウス・セリオン。
それは、アルスにとって刻まれた忌々しい呪いの名前である。
アルスが騎士学校で名を馳せた一番の理由は、努力によって積み重ねられた万能の剣であった。
基礎を積み上げ、積み上げたその先。凡人が辿り着ける限界点。
——それを才能一つで覆す、それがファルニウス・セリオンの剣である。
アルスが努力で積み上げたありとあらゆる剣技は、全て才能によって叩き落とされた。
凡人なりに足掻いて、足掻いて天へと手を伸ばそうとした。けれどそれは届かずに、両翼をもがれた。
そんな男と、戦わねばならない。気は乗らない。それでも、自身の奥底に眠る欲望が、戦えと言っている。戦って、打ちのめされ、強くなれ、と。
試験の一日目を終えたアルスは、アークルードの寮の一室を借り、二日目に備える。なんだか動いていないと気が済まず、ストレッチや素振りに励んでいた。
(さすがに前に比べれば鈍ってはいる……か)
心を無にし、間違えを正す作業。農村で多少力仕事をしていたとは言え、現実から目を背け、貯めた負債と向き合わねばならない。
「すごいね、綺麗な型だぁ」
そんな様子を尊敬の眼差しで見つめるカイルの姿があった。二人は縁があったのか、同室である。
「何、ただの基礎だよ。基礎」
「その基礎が大事なのは君の剣を見て一番実感させられてるよ」
「——まあ、そうだよ。俺は最初こそ凡人だった。今でもそう思っている。それでもここまで辿り着けたのは、諦めずに、どんな時でも基礎を積み重ねてきたからだ」
あと一歩。あと一歩さえあれば、掴みかけるのに。
まだ、凡人の域は出ていない。けれどここで妥協してはいけない。自分は、頂点にならないといけないのだから。
アルスは話しながらも素振りをやめない。いついかなる時も間違えぬように。緻密で、練られた、美しい剣がそこにあった。
「たまには気を抜いてもいいんじゃない? この試験が終わってからでもいいからさ。なんだかアルスはずっと張り詰めているように思えるよ」
「……? そうだろうか」
「うん。……そうだ、試験が終わったら一緒にここの街並みを見て回らない? できればフィーネも一緒にさ。時には羽を伸ばして、思い出作りもいいんじゃないかな?」
カイルがはにかみながら問うてくる。
そんな様子に、思わずアルスは複雑な心持ちで苦笑した。
「まあ……考えておくよ」
彼は削ぎ落とさなくていいのだろう。人生を楽しむ贅肉を許されているのだろう。なぜなら彼には満ち溢れる『才』がある。
確かに剣の実力で言えば、まだ足りていない。
それでも光る物がある。グループ戦で見せた、第六感とも言える超反応。あれを才能と言わずとして何と言う。
自分はもう戻れない。
再び剣を取ってしまったから。
挑むべきは、果てしなく険しい、才能の山嶺なのだから……。