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騎士よ、再び剣を取れ  作者: 鶏のささみ
騎士よ再び剣を取れ
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第1話 落ちぶれたかつての秀才

 かつて、『世代の頂点』と謳われた騎士がいた。


 アークルードの地に名を轟かせた元騎士学生、その名をアルス・ランフォード。

 弛まぬ努力と研鑽で成り上がった彼は、名実共に順風満帆な騎士への道を歩んでいた、はずだった。


 この世には覆せない『才能』の差がある。


 アルスにはそれがなかった。

 他の追随を許さぬ肉体も、優れた戦闘におけるありとあらゆる感覚も。

 彼は何も、持ちえなかった。


 アルスがひとえに騎士として名声を高めたのは異常なまでの努力への執着心だった。基礎を積み重ね、積み重ねた先。凡人の到達点。

 それでも、『天才』には届かない。全ては、『凡人』であるが故。


 だからこそ、アルス・ランフォードは剣を置いた。

 『天才』の壁に悉くぶち当たり、その差を痛感してしまった。


 これ以上、自分は強くなれない。やれる事は全てやったつもりだ。皮肉にも、秀才とまで言われたその実力が、『天才』と、己の距離を、明確にしてしまったから——。




 ◆




 アルス・ランフォード。十六歳。黒髪黒眼の少年である。

 彼は今、騎士ではない。ロレーヌのしがない農民である。


 今の自分の姿を見て、旧友はどう思うだろうか。アルスは悔しくて、恥ずかしくて、仕方がない。——けれど。『才能』のない自分にはこれがお似合いだと、アルスは必死に自分に言い聞かせた。


 斧を取り、かつて振るった剣のように構えてみせる。ひたすらに木を斬って、斬って、斬り倒した。


 ロレーヌの村は現在、開墾事業に力を入れている。となれば、力仕事ができる騎士崩れのアルスは適任だった。今もこうして木を斬り倒し、村の一助となっている。


「あのにいちゃん、すげえ力だなー」

「お国の騎士学校って所からやってきたんだってよ。さすが騎士を目指してただけあるなあ」

「すっげえ、俺も騎士になりてえ」

「無理無理。あのにいちゃんですらめちゃくちゃ強そうなのに、それでも卒業できずに騎士になれなかったって」

「そ、そうだった。元騎士のにいちゃんも大変な思いしとるんだなあ〜。でもあのにいちゃん、ロレーヌでは一番かっこいいと思うぜ」

「そりゃ、ロレーヌは何にもない村だからな。あのにいちゃんがいなけりゃ、もっとひどいことになってそうだ」


 耳に入ってきたのはアルスより一回りも二回りも下の子供な声だった。田舎のロレーヌでは騎士崩れの自分は、こうして好奇の目に晒されることも少なくない。アルスは意にも介さず、ひたすらに木を斬り倒す。


 心に燻る微かな灯火を、必死に掻き消して。




 ◆




 ランフォード家は、ロレーヌの農村では発言権のある方である。代々優れた農作物を多く生産し、多額の税を納めている土地持ちの家であるから。


 そういう意味では、アルスの出自は恵まれていたと言える。アルスには兄のアルフレッドがいたために、ランフォード家を継ぐ必要もなく、父と母からの反対もなく、何のしがらみもなく騎士の道へと歩むことが出来た。


「おかえり、アルス」


 ランフォードの質素な家へと中に入ると、兄のアルフレッドが出迎えてくれた。いくらロレーヌの中で発言権があると言っても、所詮は農民。質素な木造の、吹けば飛ぶような家である。


「……ただいま、兄さん」


 家に帰れば、家族との温かい食事が待っていた。アークルードの騎士学校で食していたものとは程遠いが身の丈にあったような質素さが、逆にアルスの安心感を産む。


「今日も大活躍じゃない、母として誇らしいわ」

「さすがはアルスだ、力仕事となれば村一番じゃないか。父さんも誇りに思うぞ」

「……ありがとう」


 父と母の慰めにも似た言葉をかけられて、余計アルスは己が惨めに見えてくる。けれど、それを聞いてどこか安心する自分もいて……。アルスは自分の中がぐしゃぐしゃになったような気分だった。


「…………」


 アルスは基本的に食事中に自分から喋り始める事はない。自分がランフォードの家にいていいような身分でない気がしたからだ。家族に一丁前に迷惑かけてばかりで、とにかく肩が狭かった。


「アルス、この村の生活にはもう慣れたか?」


 沈黙に耐えかねた兄からの問い。


「ん、……まあまあかな」

「そりゃあよかった。最初こそお前は腫れ物だったのかもしれないけど、ここまで大活躍しているのだから、アルスはロレーヌの立派な働き手だ。村でもアルスを認める者も多くなってきた。気にする事はないさ」

「……兄さん」


 兄の優しさに胸を締め付けられる。

 やはり自分はここにいていい存在ではない。

 騎士になるべきだったのだ。騎士になって、家族の生活を豊かにするべきだったのだ。もっとも、その道をアルスは自ら閉ざしてしまったが。


「気にする事はないさ、騎士になれなくとも我が家はたくさんアルスのおかげで助かっているんだから。なあ、父さんも母さんも、そう思うだろう?」

「そ、そうだアルス。お前に力仕事を頼めばすぐに終わってしまうからな。今のロレーヌではどれほど助かったことか」

「そ、そうよアルス。母さんはね、今のあなたもとっても立派だと思うわ」


 一瞬、父と母が顔をピクリと動かしたのをアルスは見逃さなかった。

 取り繕ったかのような表情。

 わかっている。わかっているのだ。自分は期待に応えられなかったのだ。アルスは俯きながら感謝するしかなかった。


「……みんな、ありがとう」


 今日の食事も、味はしなかった。


「ところで、いきなりで悪いんだが」


 兄が気まずそうに口を開く。


「騎士学校から、手紙が届いてな」


 アルスは顔を上げて兄の言葉に耳を傾けた。


 こんな辺境のロレーヌに?

 なぜ? 今?


「その、中身を見て欲しい。万が一……があるからな。本当に、何もないといいんだが」


 アルスの首筋から冷や汗が流れる。


「あ、ああ……」


 頬を引き攣らせながらアルスは差し出されたそれを手に取る。


 封を開け中身を読み込む。

 

 丁寧な筆跡。つらつらと書かれた定型分を読み飛ばし、本題へと急いで視線を向かわせる。


 それは衝撃の内容であった。

 中身が気になって仕方がないといった様子の家族に向けて、アルスはその内容を読み上げた。


『アルス・ランフォード。貴公の剣の腕前、やはり燻らせておくには余りにも勿体無い。どうか、再びアークルード騎士学校へと戻ってきてはくれないだろうか。ついては、これを王立アークルード騎士学校への編入試験の推薦状とする。再び、君が剣を取ることを願っている』


 アルスの複雑な心情とは裏腹に、両親からは歓喜の声が飛んだ。




 ◆




 アルスは決めかねていた。一度置いたはずの剣。

 再び自分に握る資格はあるのか、と。


 幸い、まだ期日には時間がある。アルスはのらりくらりと家族からの期待の目を退けて数日を過ごした。

 ——家族に騎士学校を退学になった理由は伝えていない。

 アルスの惰弱な精神故と聞いたらどんな反応をするだろうか。怖くて言えるわけがない。




 そんな辺境のロレーヌの農村に、騎士学校から、一人の少女が赴いた。


 名を、セリーナ・ローレンス。


「アルスの野郎、どんだけ落ちぶれてんのよ。あんた程の実力を持っておきながら、ここで燻ってるなんて勿体無いじゃないの……」


 美しく輝く金髪をたなびかせ、蒼く澄んだ瞳を輝かせる。腰に携えるは立派な騎士の剣。田舎のロレーヌとはあまりにも相容れない、高貴な佇まい。

 その美貌は、纏う雰囲気は、否応なしに周りの息を呑ませる。


「わざわざ呼び寄せに来てやったんだから、覚悟しておきなさい」


 美麗なる少女が、しがない農村に降り立った。

 彼女が見据える先は、アルス・ランフォード。

 今は地に堕ち、両翼をもがれた、一時は天を掴みかけた騎士学生を、追う。


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