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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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勇者が生まれた日

掲載日:2025/08/06

「魔王って強かった?」

「そりゃな……魔王だしなぁ」

「ふうん」


 エル兄ちゃんが帰って来た。

 村を出て行った日と同じ服だ。

 僕はエル兄ちゃんと久しぶりに村まで歩いた。

 小高い丘の真ん中を通る掘れたわだちを。


「村の外ってどんなだった?」

「どんなって?」

「楽しいところ? つまんないところ?」

「どうだろうな……そのうち、アユムが自分の目で確かめにいけばいいさ」

「そのうちって?」

「もうすぐだ」


 丘の頂上まで来ると村が見えた。


「父さんと母さんを呼んできてくれないか、兄ちゃんが帰ってきたって。俺はゆっくり歩いて帰るから」

「わかった」


 僕は駆けだした。心も体も軽かった。

 うれしいな。

 兄ちゃんが帰ってきた。



〇



「母さん、兄ちゃん帰ってきた」


 家の戸を開けた。母さんは台所で夕飯の支度をしていた。


「え」

「兄ちゃん。帰ってきた」

「兄ちゃんって……エル?」

「うん、丘にいた。こっち来るって」


 母さんは血相を変え、タオルで手を拭うと表へ出た。

 丘の方を眺めたが、他の民家や森が邪魔をして、先っちょしか見えない。


「ほんとにエルが帰ってきたの?」

「うん」

「どうした」


 父さんが太い丸太を担いで山から戻ってきた。


「あなた、アユムがね、エルが帰ってきたって」

「エルが? そんなわけ……」


 父さんも丘を見た。



〇



 その夜、埠頭のヨシナスさんが家(うち)に来て、母さんと父さんに何か言った。

 埠頭は丘を越えたさきにある港だ。

 僕はそのとき寝室の布団の中にいた。

 扉の隙間から居間の灯りが漏れているのに気づいて、這っていって隙間から覗いた。

 玄関前で三人が何か話している。

 声は聞こえなかった。

 そのうち母さんが両手で顔を覆って泣いた。泣き崩れた。

 父さんは母さんの肩に手を置いた。

 しばらく二人は黙って、父さんはヨシナスさんに頷いた。

 ヨシナスさんも頷いて、すると帰っていった。

 帰り際、ヨシナスさんと目が合った気がした。

 ヨシナスさんの口元がすこし、弱々しい笑みを含んだように見えた。



〇



「みんな気味悪がってるわ」

「どうして?」

「あなたよ」

「僕?」

「そう、あなた。あなたが、エル兄が帰ってきたって、嘘を叫びながら村を走りまわるから」

「嘘じゃないよ。昨日エル兄ちゃんと丘を歩いたんだ」


 セレスは小麦色の髪をかき分けながら、ため息をついた。

 彼女はカスケードおじちゃん家(ち)の子だ。

 僕よりも半年生まれたのが遅いのに偉そうだ。

 でも僕より強い。

 なにしろ彼女は勇者だ。


「あのね、アユム。そういうのは言っちゃ駄目なの」

「どうして?」

「どうしても。みんなが困るの」

「エル兄ちゃんが帰ってくると困るの?」

「そうじゃなくて……とにかく、もう言わないって約束して。わかった?」

「わかんないよ」


 僕がじんわり泣き出すと、セレスは弱った顔をした。



〇



「帰ってくるわけないだろ」


 翌日、その話をカスケードおじちゃんにした。

 カスケードおじちゃんは母さんの同級生で、いつも島の裏手のゴミ山を漁っている。

 お宝を見つけると港の船に乗せて、しばらく沖に出て帰ってこない。

 あぶないからここには来るな、といつも言われる。


「戦争にいくってのはな、もう帰ってこないってことだ」

「でも帰ってきたよ? 昨日一緒に丘のわだちを歩いたんだ」

「大人になれ、アユム。そんなこと言ってたら、怖いとこに連れてかれるぞ」

「怖いとこって?」

「言っちゃいけないことを口にする人がいるとこさ」


 カスケードおじちゃんが手を止めた。

 首から巻いたタオルで汗を拭った。


「なあ、アユム。セレスを守ってやってくれないか」



〇



 波の音がしていた。


「ソカイ?」


 村の人たちが大勢、港に集まって二台の漁船に分かれて乗り込んでく。

 子供も大人も、たくさん荷物を抱えている。


「ソカイって何?」

「疎開は疎開や。そのうちわかる」


 村の大人は言った。


「そのうちって?」

「そのうちは、そのうちや。ほなな、アユムもあとからおいで」

「いつ戻ってくるん?」

「ン?……戦争が終わったらや」

「戦争が終わったら?」

「そう。戦争が終わったら戻ってくる」

「戦争っていつ終わるん?」


 ボートのモーターが動き出した。

 僕の声はかき消された。

 みんな手を振ってた。バイバイって言いながら。



〇



 帰ってくると、言い合ってる声がした。

 家の前でカスケードおじちゃんと母さんが揉めてた。

 僕に気づくと二人は喧嘩をやめた。


「おかえりなさい」

「みんなどっか行っちゃったよ」


 二人は顔を見合わせて、それからまた僕を見た。


「港に行ってたのか」


 カスケードおじちゃんが訊いた。


「うん。戦争が終わったら戻ってくるんだって。ねえ、戦争っていつ終わるの?」

「そのうちよ。お腹すいたでしょ、家(なか)に入りなさい、お昼にしましょ」


 カスケードおじちゃんが離れていく。


「そのうちって?」

「そのうちは、そのうちよ」



〇



「母さん、エル兄ちゃんはどうやって勇者になったの?」

「どうって……リコ婆って人がね、昔この島にいたのよ」

「リコばあ? リコばあがいると、勇者になれるの?」

「違うわよ。リコ婆は予言者なの」

「よげん?」

「島の人みんなの相談役で、みんな占ってもらったんだから。そういう習わしだったの」

「母さんも占ってもらった?」

「もちろん。リコ婆に言われたわ……“生まれてくる子供が、勇者になる”って」


 どこか母さんの声が沈んでいる気がした。


「ああ、だからエル兄ちゃん、勇者なのか」



〇



「リコ婆?」

「母さんが言ってた。昔、この島に予言者がいたって」

「なつかしいな、リコ婆か……」


 カスケードおじちゃんは首に巻いたタオルで汗を拭った。


「おじちゃんもリコ婆知ってるの?」


 僕が訊くと、おじちゃんはしばらく黙った。


「おじちゃん?」

「ん?」

「さっき母さんと何話してたの?」

「まあ、いろいろ、な……大人の話だ」

「ふうん……おじちゃんもリコ婆に占ってもらった?」

「そりゃな。村の連中はみんな占ってもらったからなぁ」

「なんて言われた?」

「俺は……」


 スコップをゴミ山に突き刺すと、おじちゃんはどこか遠くを見た。

 多分海を見てるんだと思う。


「最初の子が、勇者になる……そう言われた」


 僕はそのうち納得した。


「ああ、だからセレスは勇者なのか」



〇



 部屋の窓から月を眺めていたとき、森へ入ってゆくエル兄ちゃんの姿を見つけた。

 僕は家を飛び出して追いかけた。


「エル兄ちゃん?」


 森から少し入った場所に湖がある。

 水面に大きな月が映っている。

 エル兄ちゃんは、その湖の傍に立っていた。


「どこ行ってたの?」


 兄ちゃんの背中は大きい。 


「なんか変なんだ、カスケードおじちゃんとか、みんなエル兄ちゃんが帰ってくるわけないって言うんだよ。帰ってるのにね。セレスには言うなって言われるし」

「ある人に言われたんだ。おまえは勇者じゃないって」

「ええ?」

「勇者はな、恐怖を前にしても、故郷が恋しくても、冒険への好奇心が勝(まさ)ってしまうものなんだ」

「まさってしまう?」

「家に帰りたいって思っても、わくわくして帰れないってことだ……俺は違った。俺はずっと家に帰りたかった。俺には、冒険は向いてなかった」

「でも兄ちゃん、魔王倒したんでしょ?」

「……魔王なぁ……」

「ねえ、魔王ってどんな人?」

「どんな人だろうなぁ……そのうち、アユムが自分の目で確かめにいけばいいさ」

「またそれ……」


 みんな僕をあしらう。


「帰ろ。もう夕飯できて……」


 エル兄ちゃんの姿がなかった。



〇



 父さんがカスケードおじちゃんを殴り飛ばしたところだった。

 母さんが二人を止めようとしている。

 僕に気づくと、父さんはカスケードおじちゃんの服を離した。

 カスケードおじちゃんは僕に気づくと、何も言わずに去っていった。

 父さんも僕を見て、何も言わず家に入った。


「セレスちゃんは? 一緒じゃないの?」


 母さんが僕の方にやってきた。


「剣の稽古があるから遊べないって」

「そう」

「僕も剣の稽古したい。していい?」


 母さんが急に僕を抱きしめた。

 顔が見えなかった。

 でも母さんが泣いているのはわかった。



〇



「それで口の端が切れてたのね」

「父さん、どうしてカスケードおじちゃんを殴ったんだろ」

「放っておけばいいのよ」


 セレスは年上ぶって言った。


「気にならないの?」

「気にしなくていいの、わたしたちは子どもなんだから。それより、剣を構えなさいよ」


 森へやや深く入ったところで、セレスは立ち止まって言った。


「お稽古につき合ってくれるんでしょ?」

「つき合うんじゃないよ、僕が稽古するんだ」

「どういう意味?」

「僕だって勇者になりたいんだ」

「あのねぇ、勇者は遊びじゃないの。わたしは別に、したくてしてるわけじゃないの」

「そうなの?」

「そうよ。わたしだってアユムみたいに遊んでたいわ」

「僕、遊んでないよ?」

「遊んでるじゃない。エル兄が帰ってきたって、嘘ついて走りまわって」

「嘘じゃないよ?」

「嘘よ、どこにエル兄がいるっていうのよ」

「昨日、湖で会ったよ」

「嘘よ、嘘に決まってるわ」

「嘘じゃない」

「嘘よ!」

「嘘じゃなっ──」


 雑木林から音がした。

 僕とセレスは話をやめて振り返った。

 おっきな茶色い動物が、僕たちをじっと覗いていた。


「セレス、見て、ヒグマだ」


 僕はうれしくなって知らせた。

 稽古の成果を見せるときだ。


「セレス?」


 でもセレスの顔が引きつってた。

 ヒグマがこっちへ近づいてくる。


 

〇



 セレスは気を失ってしまった。

 僕は彼女を左肩に担ぎ、空いた右手で倒したヒグマを引きずって村へ戻った。


「あ、みんなー、ヒグマを倒したよ!」


 村の大人やみんなの姿が見えた。

 みんな口をぽかんと開けていた。

 僕はすこし誇らしかった。


「アユ、ム……」


 なのに誰も何も言ってくれない。

 父さんと母さんが家から出てきて僕を見た。


「父さん、母さん。ほら、見てよ、ヒグマだよ」



〇



 夜、家の前にエル兄ちゃんがいた。


「兄ちゃん?」

「腹から真っ二つだったな」


 多分、昼のヒグマのことだと思った。


「見てたの?」


 兄ちゃんは頷いた。


「でもあまり見せびらかさないようにな。村の人たちがびっくりしてしまう」

「わかった。そういえば」


 僕は思い出したことを言った。


「セレスが変だったんだ。ヒグマを前にして、足とか手とか、体が震えてたんだ。それでね、動かなくなったんだよ」

「そうか……アユムは、それが変だと思うのか」

「え?」

「いや、いいんだ。そうだな……確かに変だな、そいつは」

「でしょ。セレス、どうしちゃったんだろう。大丈夫かなぁ」

「アユム」

「ん?」

「もうすぐ迎えが来る」

「むかえ?」

「カルミアに会ったら、伝えてくれないか」

「カルミア?」

「約束を守れなくてごめん、と」

「約束?」

「伝えればわかる」

「その人は、兄ちゃんのなんなの?」

「仲間だ」


 がちゃ、と後ろで戸の開く音がした。


「何してるの、早くご飯食べなさい」

「兄ちゃんと話してたんだ」


 母さんが寂しい顔をして、辺りを見渡した。

 それから弱々しく微笑んだ。

 僕は中へ入って晩御飯を食べた。



〇



 朝起きると、居間の椅子に立派な剣が立てかけてあった。

 僕はそれを手に取って、鞘から少しだけ剣を抜いた。


「兄ちゃんのみたい」

「アユムのだ」


 父さんの声がして振り向いた。

 母さんの姿もあった。


「僕の?」

「ああ。トーリンさんに頼んで鍛えてもらった」


 僕は剣の表面の銀に見惚れた。


「今日、港に勇者教会の人が来るわ」

「今日? 急だね」

「セレスと一緒に、アユムも行きなさい」

「え、僕も?」


 僕は顔を上げた。


「どうして、僕も?」

「勇者になりたいんでしょ?」

「……うん、なりたい。なりたいけど」

「セレスを守ってあげなさい」



〇



 埠頭には父さんと母さん、カスケードおじちゃん、セレスのママとセレスがいた。

 海を眺めていると、ヨシナスさんの漁船が見えた。

 埠頭に船が着くと、知らない人が下りてきた。

 女の人で、貴族みたいだ。

 暗い藍色の燕尾服のようなマントを着ている。

 華やかで、気品があった。


「もしかして、アユムくん?」


 びっくりした。

 女の人が僕の名を呼んだ。


「なんで僕の名前知ってるの?」


 女の人は微笑んだ。


「エルがよく話していた弟さんに、なんだか似ている気がしたの」


 僕はぴんときた。


「もしかして、お姉ちゃんがカルミア?」


 お姉ちゃんの目が少し大きくなった。


「どうして、私の名前を知ってるの?」

「エル兄ちゃんが言ってた」

「エルが?」

「そうだ。兄ちゃんから伝えてくれって言われてたんだった」

 

 女の人は首を傾げた。


「約束を守れなくてごめん……そう伝えてくれって、兄ちゃん言ってた。どういう意味かなぁ?」


 女の人の片目から、涙が流れたのが見えた。


「お姉ちゃん、エル兄ちゃんの仲間? 兄ちゃんなら島にいるよ、会ってく?」


 もう片方の目からも涙が出て、その人はどんどん泣いた。

 顔をごしごし袖で拭った。


「すみません。お伝えしたいことがあります」


 母さんがそう言って、お姉ちゃんと離れた。父さんも着いて行った。

 何か話をしているみたいだった。

 波の音が邪魔でよく聞こえない。

 お姉ちゃんは僕をちらちら見ていた。

 しばらくすると三人は戻ってきた。


「アユム」


 お姉ちゃんが僕の名を呼んだ。

 僕は首を傾げて、見上げた。


「私と一緒に、勇者教会に来てくれる?」

「うん、いいけど……行っていいの?」


 僕は母さんと父さん、それからお姉ちゃんの顔を順に見た。

 みんな微笑んで、頷いた。


「もちろんよ。エルの話を聞かせて」

「むかしリコ婆が言うてた」


 ヨシナスさんの声がした。パイプを吹かしながら海の遠くを眺めていた。


「勇者は、神の世界と通じとる」


「カミの世界?」


 ヨシナスさんは僕を見た。


「勇者は、死んだ人に会えるらしい。未練があって、そのらへんさまよーとる人がよーけおるやろ? そういう人の姿が見えるんやと」

「ふうん。すごいなー、勇者って。エル兄ちゃんも見えるのかなぁ?」

「エルフェレンか、どやろな……アユム、おまえ島でエルを見た言うとったらしいな」

「うん、見たよ。兄ちゃん、帰ってきたんだ」

「今もおるんか?」


 僕は首を振った。


「どっか行った。でも島にはいるよ」

「ほうか。あいつ……戻ってこれたんやなぁ」


 僕はヨシナスさんが泣く姿をはじめてみた。

 大好きなパイプを離して、袖で顔をごしごし拭っていた。

 母さんと父さんも泣いていた。

 それからお姉ちゃんも。


「アユム、前にゴミ山で言ったこと覚えてるか?」


 カスケードおじちゃんだった。


「前?」

「セレスを守ってやってほしいって、お願いしたろ」


 僕は思い出した。


「いつか俺を恨む日がきても、それは関係ない」

「恨む?」

「おまえとセレスは二人だけの……あの子を守ってやってくれ」

「うん」


 僕は頷いた。


「でもセレスは勇者だよ? 僕の助けなんていらないよ」 


 おじちゃんは微笑んで、僕の小指と自分の小指を結んだ。


「約束だぞ」

「……うん。わかった」

「アユム、何してるの、早く乗りなさいよ」


 セレスのたくましい声がした。

 彼女はもう甲板にいた。


「今行くよ」


 しばらくして船が出航した。


 港が遠ざかってゆく。

 父さんと母さん、カスケードおじちゃん、セレスのママが小さくなってゆく。

 船が波で揺れた。

 お姉ちゃんとヨシナスさんが何か話してる。

 セレスがずっとうずくまって泣いてる。


「どうしたの?」

「家に帰りたい……」


 僕はため息をついた。


「ちゃんとお別れすればよかったのに」


 セレスは強がって、カスケードおじちゃんとの別れをいい加減にした。



〇



 セレスとアユムを乗せた船が見えなくなってしばらく後のこと。

 マーリンとグランダルは、港から森の傍の小道を抜けた。

 カスケードやセレスのママと一緒に村へ戻った。


 家の扉を開けると、マーリンは思わず息を止めた。

 リビングテーブルの前に、席に着くエルフェレンの横顔が見えたからだ。


「ただいま……母さん、父さん」


 振り向き、そう言って微笑むと彼の姿は消えた。


 マーリンは膝から崩れ落ちた。

 顔を両手で覆って、肩を揺らして泣いた。

 グランダルは呆気に取られ、しばらくすると口元が笑った。


「おかえり、エル」

 


〇



 港が見えなくなってもセレスは泣いていた。


「あんまり泣きすぎるとまた気を失うよ」


 それでもセレスは泣き止まない。

 

「セレスは勇者でしょ?」


 セレスが上目遣いに睨んできた。

 鼻水と涙で顔がぐちゃぐちゃだ。


「アユムは寂しくないの? パパとママが恋しくないの?」

「え」

「パパとママに会いたいって思わないの?」


 僕は考えた。

 パパとママが恋しいだなんて、考えたこともなかった。


「どうだろう……そのうち、恋しくなるのかなぁ? 僕ね、ずっとエル兄ちゃんに会いたかったんだぁ。でもエル兄ちゃんは帰ってきた」

「まだそんなこと言ってるの」

「寂しくなったら、そのときは島へ一緒に帰ればいいよ。でしょ?」

「……うん」


 なんだか空気が澄んでいる。

 気分がふわふわする。

 新しいことが始まりそうな気がする。


 母さんと父さん、エル兄ちゃんのいる島はもう見えなくなってしまった。

 なのに僕はわくわくしていた。


「あれ?……」


 なのに、なぜだか片目から涙が流れていた。

 拭うと、もう片方からも涙が出た。

 僕は両目とも拭った。


「ねえ、セレス。知ってる?」

「ん?」


 思い出した。

 僕はエル兄ちゃんに教えてもらった言葉をなぞった。


「勇者は故郷が恋しくなっても、冒険への好奇心がまさってしまうものなんだって」

「なに、それ……」


 セレスは鼻声だった。涙をぬぐった。


「家に帰りたいって思っても、わくわくして帰れないんだって」

「エル兄が言ったの?」

「うん」

「そう……でも、それってなんだか寂しい」

「うん……そうだね。そうかもしれない」


 僕もセレスと同じ気持ちだった。


 島にいたときよりも、空が青く、広く見えた。

 空がどんどん広くなってゆく。

 うわ、と思わず声に出した。

 すると僕は笑顔になっていた。


「あ……」


 僕は気づいた。

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