沿線の鎮魂歌
カレンダーに印を付ける習慣は、もう何年になるだろうか。
それは楽しみな予定を記すためではない。
絶望の始まりを、あらかじめ知るための儀式だ。
スマートフォンの画面に浮かぶ、球場の公式サイト。
興味など欠片もないそのページを、私は生活のために毎日のように開く。
今日は、開催日。また、あの日がやってくる。
夕方五時過ぎ。会社のデスクで荷物をまとめながら、深く長い溜息をひとつ。
今から向かう先には、保育園で待つ子供の顔がある。
迂回する時間も、一本やり過ごす余裕もない。私の日常は、他人の娯楽によって敷かれた、一本のレールの上を走るしかないのだ。
ホームに滑り込んできた優等列車。
ドアが開いた瞬間、覚悟はしていたものの、生ぬるい空気と人の圧に気圧される。
すでに車内は、あの縞柄のユニフォームで埋め尽くされていた。
乗り込むと、じわりと背中に他人の汗が滲む。
普段なら掴めるはずの吊り革は、遥か遠い。
何とか乗り込み、人の壁に体を預ける。
ふと、目の前の席が一つ空いた。奇跡だ。
降りる人をかき分け、どうにかその場所に滑り込む。
だが、安堵は一瞬でため息に変わる。
顔を上げれば、目の前にはあの、大嫌いな縞柄が仁王立ちしている。
せっかくの座席も、ただの観覧席に過ぎなかった。
視界を占拠するその模様が、私の神経をじりじりと焼いていく。
その時だった。車両の奥から、甲高い歌声が聞こえてきたのは。
続いて、ぬるいビールの匂いが、密集した人混みの中を漂ってくる。
見なくてもわかる。ビール片手に応援歌を歌う集団だ。
今日は、最悪の日に当たった。
公共の場を、自分たちの貸し切りの宴会場か何かと勘違いしているその振る舞い。
逃げ出したくても、この満員電車では身動き一つとれない。音、匂い、そして無神経なその存在そのものが、逃げ場のない空間で私を嬲る。
――なぜ、私がこんな目に。
――なぜ、私が毎朝、あのホームページを確認せねばならない?
――なぜ、ファンを快適に運ぶための空いた臨時列車が別にあるのに、生活のために乗るこの電車が地獄になる?
そもそも、私はビールが嫌いだ。
野球があろうがなかろうが、あの匂いも味も、ずっと昔から受け付けない。
それなのに、なぜ私は今、大嫌いなものの匂いを嗅ぎながら、大嫌いなもののための歌を聞かされ、大嫌いなものの象徴である縞柄を、飽きるほど見せつけられなければならないのか。
答えの出ない問いが、頭の中でぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。
やがて列車は、私が降りるべき駅に滑り込んだ。ドアが開くと同時に、人の波から弾き出されるようにホームに降り立つ。
まだ騒がしい構内を足早に抜け、子供の待つ保育園へと急ぐ。
背後で、次の臨時特急がファンファーレのような警笛を鳴らした。
私にとって野球はスポーツではない。
ビールは飲み物ではない。
それは、私の平穏な日常を破壊する、ただの迷惑な存在だ。
明日もまた、私は球場のホームページを開くだろう。
絶望の予定を、確認するために。
人気球団が沿線民にある野球に興味がない著者の愚痴です