0-9 ファントムネスト
これは滅びてから亡者の巣となってしまった【ファントムネスト】と呼ばれるようになった地下帝国跡で見つけた記録と事実のまとめの要約である。
どうやって生まれたかはまだ不明だが、この地下帝国ができる前から獣人やエルフ、まとめて半人半魔と呼ばれることもある彼らは存在していた。
この国ができた理由はおそらく災害か戦争だ。
どこかから逃げて来たのか、鉱山の麓で洞穴を見つけて隠れることにした初代皇帝が奥の岩壁の亀裂に気がつき、破壊した。
目の前に広がったのは広大な洞窟だった。
元々人種同士の差別も多い世界で数少ない平等と言われた国だったそうだ。
この鉱山も大昔のドワーフ達が危険すぎるという理由で採掘をやめざるを得なかった場所だ。
やめることになった原因はこの地にいた神が狂ってしまったからという文献が見つかった。
それによってこの地に魔物が溢れ、皆死んだとのこと。
この因果関係や詳細の情報は見つかっていない。
見つかった情報のまとめとは別に、気になる書類を見つけた。
狭間と一緒に出現した山と滅んだ地下帝国について別の筆跡で書かれた書類。
言葉ももっと自然で、一番の違いは文字にあった。
硬いフォルダーに挟まれたその書類は活字で綺麗に書かれていた。
これはこちら側の人間がまとめたものだろう。
つまり、この帝国が狭間を通ってこちら側に上書きするように現れた後の情報になる。
中には似た情報もあったが、地下に潜ってそこにいた魔素を吸収できる人たちと混ざり物達との交流が書かれていた。
中でもこれを書いた人はアルベドと長いこと交流し、言語の壁を少しづつ崩していったようだ。
その甲斐あってか魔素の知識に加えて、魔素を魔力に変換できるようになるまで馴染ませる手伝いまでしてくれるようになったそうだ。
しかし途中で周りの国と戦争になりアルベドに会いに行ける機会も減った。
それどころか最終的には負け戦になり、この地下帝国の情報を秘匿するため、扉を閉め、限られた存在にしか開けない仕組みにしたそうだ。
今現在もこの一帯を囲んでいる嵐のような結界や王家に連なる者にしか開けられない扉などもこの時一緒に協力して作ったそうだ。
結局ほとんどの情報も結界の中、狭間からの来訪者達に持っていてもらうことで情報漏洩を防いだ。
しかし現在の様子を見る限り、誰も戻ってはこなかったのだろう。
その頃から生きていたということはアルベドは少なくとも数百年以上は生きていることになるのだが、今はそんなことを考えている場合ではない。
読み進めると、滅んだ種族の話が出て来た。
過去を知る者から聞いた話や残っている数少ない記述をまとめると帝国と何らかの契約を結ぼうとしていたらしいがどんな関係になったかは不明、しかしその大半が凶暴でありながら狡猾なハンターだった。
罠を張り、捕まえた獲物を喰らう。
雑食であり、魔物も、数少ない人間ですら食べる珍しい種族。
「…蜘蛛?」
読んでいるとどう考えても描かれている罠が蜘蛛の巣にしか思えなかった。
もしも自分がその滅びたとされる蜘蛛人族なのであれば、同じことができるのかもしれない。
場合によっては剣でも切るのが難しい糸もあったそうだ。
つまり本物の蜘蛛の糸ではなく、何らかの力が働いている。
本物の蜘蛛同様に糸を作り出すならば体内で作り出すしかないが、そんな器官は持ち合わせていない。
「魔力なら…」
剣を振る時や動き回る時も魔力を練って流して操作しているが、体の外に出して放出することもできる。
魔力を流し込んで貯めた剣を振ると同時に自分から切り離せばそのまま剣戟として流れ出て飛ぶ斬撃になる。
ただし遠くへ行けば行くほど威力も減り、操作も難しくなる。
体内での操作と体外での操作の時点で大きな差がある。
しかしこれを習得できれば大きな力になるのは確かだ。
少し試してみて、自分にできるかどうかでこれからの方針も変わりそうだ。
試しに魔力を指先にまとめ上げ、練り込む。
すると不思議なほどこの手順が馴染んでいた。
まるで前からやっていたかのように感じる。
自然な流れで魔力を放出してそれが糸へと形作られていく。
しかも粘度や強度もかなり自由が効く。
蜘蛛の糸のようにふわりと風に靡き、ものに吸着する糸も、鉄のように硬い糸も、魔力をどれだけ操れるかによって変わるようだ。
一番気になったのは魔力でできている糸が体外に出てコントロールから離れたと言うのに糸の状態のまま残り、魔素に変化していないこと。
これが蜘蛛人族の異質さなのだろうか。
それぞれの種族で違いはあるみたいだが、蜘蛛人族の出す糸は本当にそのままの形で形成され、物質として残り続ける。
これならば事前に大量に出しておいてロープや布にも使えるかもしれない。
これがあるかないかでは戦闘も探索も段違いになる。
だいぶ時間を食ってしまった。
そろそろステイルと合流しなければいけない。
別れた時には一ヶ月後に隣の国で合流しようと話していたが、もうすでに三週間以上経っている。
この地から海を越えるのは非現実的だが、海沿いに陸地を行けば私だけであれば5日もかからないくらいで着く。
とりあえずは動き始めないと何も始まらない。
入口まで戻り、扉を開く。
そしてもう一度扉を閉め、封印がまた作動するのを確認する。
いったいどこで制御しているのか、もっと奥深くなのか、見えない場所にあるのだろう。
位置的には入り口から出て直進すれば数週間息を潜めていた場所。
この暴風に守られたファントムネストもその周囲の魔物が蔓延る森も、隣接する巨大な山も全て半島の上であり、危険地帯として各国の地図でも区切られている。
だが入り口から出て左に向かえばこの半島から出られる。
問題はその半島の出口だ。
見つからずに辿り着けても大きな壁が立ち塞がる。
門を開いて貰えば通れるが、周囲の国々に自分の情報が渡ってしまう。
この半島への道を堰き止めているのは周囲の国々が協力して作り上げたもの。
理由は明白で、突如現れた魔物が多く住まう地など脅威以外の何ものでもないからだ。
国を滅ぼしかねないような魔物がすぐ近くに引っ越してくるなんて誰も望んでいない。
わかっているのはあの半島が山を中心に何らかの結界を三重にかけていて、中心に近ければ近いほど魔素が濃くなると言うこと。
すでに世界中に出現した狭間から溢れてくる魔素でこの世界には魔素がかなり危険なレベルまで濃くなっている。
それなのにあの半島の中だけはどこよりも濃い。
しかも一つ目の結界は魔素を閉じ込めて魔物が過ごしやすい環境にしているのがわかっているが、二つ目の結界から先はどうなっているのか今の所私以外知らない。
二つ目の結界は森の内部に渦巻く魔素と空気の渦を作り暴風を発生させ、円形の荒野を作り上げた。
三つ目の結界の内部は私以外にはまだ知られていない。
限られたものにしか開けない扉の先にある地下帝国を守るためにあったものだろう。
今回のプランはステイルが外でコネクションを作り、堂々と門から通って向かえに来るというものだが、アルマガル王国の傀儡になっている舞台が複数いる現状は好ましくない。
もし合流時に遭遇すればひとたまりもない。
ステイルに伝えなければいけないが、ひとつも機能している通信機を所持していない。
成り済ますにしても変声機がないし体型も小柄なので対象は限られる。
見つかるのはまずい、どうにか一人でここから抜け出さねばならないけれど…
この半島から出るには関所を通るしかないが、関所に近づけば怪しまれる。
関所を通らずに反対側に行くならば…
「壁超え…今なら…」
それしかないだろう。
誰にも見つからずに荒野を通って森に入り、森の中から壁に近づいて登る…
魔力だけでどうにかなるものではない高さだが、消費量が多くても糸を作り出せるようになった今なら、超えられるかもしれない。
魔力の操作は体から離れれば離れるほど不自由になるが、自分で作り出した糸は明らかに操作がしやすい。
試す価値はあるだろう。
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「なるほど?
つまりそのミラージュとやらを拾いに行くために門を開かないといけないけれど、王国から来た…えー…」
「ステイルだ」
「ステイルさんだとそこまで行く権限も権利もないと」
「あぁ、あの門は一応この周辺の同盟国家以外は使用が認められてないしな、海側はいつ襲われるかわかったものじゃないし空輸は鳥型や虫型魔物が危険すぎるしな」
「あぁあの小柄な体で周囲を巻き込んで爆発するあいつか…確かに危険だな、いつも地上での移動だったから気にしたこと無かったわ」
ここはリチャードが案内してくれた何でも屋のような傭兵団のアジトだ。
今この場にはリチャードと私を含めて四人しかいない。
ソファーに座っている私とリチャード、対面に座って話を落ち着いた様子で聞いている頭とその横で腕を組んで手すりに寄りかかる大柄な男。
対面の二人はこの傭兵団、【ブルーウィングス】のトップツーだ。
頭を務める【マルス=ウィルヘルム】、二十七歳の明るい好青年。
もう一人は主に魔物討伐でリーダーを務める三十歳の大柄な男性、【リック=ストームウッド】。
「協力してくれたら今度うち来た時に一つ半額にしてやるよ」
「おお、それなら喜んで…と言いたいところなんだけれど、まず先に一つ聞かせてくれるかい?」
「構わない」
「それじゃあ遠慮なく」
マルスの目つきが鋭くなった。
「なぜリチャードはそこまで協力的なんだい?
政治がらみのことも面倒で切り捨てて、ほとんどの客を門前払いしてきたリチャードがなぜここまで協力的になっているのか気になってね」
その目は澄んでいた。
真っ直ぐこちらを捉える両目は他でもない私自身の答えを欲していた。
「アルマガル王国は王家までかはわからないが、その大部分がいまだに謎の多い教団に実質握られている。
私がここに来るまでに掴んだ情報を開示する」
四人が挟んでいたテーブルに資料とラップトップ、そしてボードにも大量の情報が張り出される。
「白き影…これは?」
「おそらく彼らが信仰する対象だ。
彼らの目的も規模も構成員もわかっていない。
だがリチャードさんが私に協力してくれる理由はこれだ」
「これは…」
「思ってた以上にヤベェ国だな、こりゃ…」
彼らが顔を顰めたのはアルマガル王国が今まで隠してきた人体実験や強制された魔力の使用、それにより生み出された利益の数々。
それに加えて周囲の国への攻め入り方やつい最近あった戦争の結果も狭間から現れた魔力を扱える者たちの人権を犠牲にしたものだった。
「私はリチャードに協力してもらうことと引き換えに解放した実験体達と実験結果を引き渡す」
「…だが解放が成功しなければ」
「前払いとして私の情報を全て話し、ミラージュへの依頼の優先権を提示した」
「なるほど、それならば納得できるね」
いや、下手したら王国から狙われ続けることになるし、いつ暗殺者が送られて来るかもわからなくなる。
特に魔法のように理不尽な力を差し向けられればどうしようもない。
これで納得?
そんなわけがない。
自身の命と安全を天秤にかけるのはそんな簡単なことではない。
マルスが理解したのはリチャードの思想と意思だ。
どのような考えを持ち、私の持ち込んだ情報と依頼に対してどれだけ強い意思を持っているのか。
「私たちも協力しましょう、他にも依頼があるならば我々が引き受けます。
我々は自身の正義のために集まった者達です。
そんな性格の奴らがこの傭兵団の主な構成員。
だからこそ、我々を紹介したのでしょう?」
リチャードの方を見ながらマルスは笑顔を送る。
それに対してリチャードは表情一つ変えず、
「そうだ」
と一言発するだけだった。