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影と歩く  作者: 洞門虚夜
アルマガルの火
7/8

0-7 魔都

 人を殺すことも、魔物の命を奪うことも、気にはならない。

 もともと脳が回復する前からそういう環境にいたのだ、今更だ。

 回復してからは何人も殺してきた。

 仕事のうちだったというのもあるだろう。


 周囲には知らない人達の死体が多く散らばっている。

 どこの傭兵団所属かもわからないが、アルマガル王国と契約している傭兵団にしか出回っていない武具のデザインや技術を見つけたからだ。

 殺していなくとも、そのうち出血死で死ぬか腕や脚が欠けているか、もう戦える状況にない者達であふれている。

 それ以上にまだ残っている戦力が私めがけて襲ってくる。

 動き続けて一時間はとっくに経っている。


「はぁっ…はぁっ…」


 さすがに息が切れてきた。

 まだ合図はない。

 もし失敗でもしていた場合、私はここにいる全員を殺してから捕まった彼らを救うか、狙われながら全員…いや、多少の犠牲を出しながら可能なだけ救い出すかだろう。

 これ以上はもう持ちこたえられそうにもない。

 そんな時だった。


 花火が上がった。

 ただの花火が、三発打ち上がった。

 作戦終了だ。

 魔力を溜めて地面に向かって放ち、出来上がった砂煙に紛れて逃亡。


「ミラージュ、ありがとう」


「お前が敵じゃなくて心の底から良かったと思えるぜ」


「…」


 おかしい。

 違和感がある。

 花火の打ち上げられた位置から推測して彼らの居場所を把握したが、それは敵もできることだ。

 なのになぜ追って来ない?

 普通ならば逃げていく相手がどこへ向かったかを知るために隠れて追ったりするものだ。

 しかしそのそぶりすらない。

 特に奴らの目的は私だ、わかりやすい。

 拠点を暴けばもっと楽になるはずなのに…


 嫌な予感がする。

 前を走る仲間達を見るが、カエデだけ少し心配そうな顔をしている。

 しばらく森の中を走っていると、拠点が見えてきた。

 拠点、だったものが。

 ロビンが治療を受けていたはずの我々の拠点は、黒い焦げ跡とテントだったものが散らばっていた。


 あぁ、そうか。

 だから追ってこなかったのか。

 もう拠点を襲撃し終わった後だったのか。

 つまり依頼としてなのかアルマガル王国を操っている謎の教団の企みなのかわからないが、ペイルハンマーを敵に回す判断が下されたということ。

 ファントムネストの生き残りが逃げ込んだことがばれたのだろうか。

 それにしても拠点を見つけるのが早すぎる。

 やはりペイルハンマーの中に裏切り者がいる。

 しかも、今回この地にやって来た連中の中に。


 それに、囮として駆け回りながら戦闘した時に敵は驚いた様子もなく対処も素早かった。

 私の装備のこともわかっていた。

 全てを避けるのは不可能だ。

 だから柔らかい素材でできた関節部分などを特に警戒しながら戦っていた。

 それなのに奴等は最初から関節を狙って来た。

 結果的に取られたのは肩や脹脛を守っていた部分だけだったが、それでも連携して一対一を作らせないように立ち回っていた。

 今回の装備でなければ確実に失敗していた。

 対魔物用に作られた魔改造された武器達は流石にもろに喰らえばひとたまりもない。

 魔力を扱ったことにも驚かず、殺そうというよりも捉えようとする動きが多かった。


 いや、わかっていたはずだ。

 こうやって整理するとやはり裏切り者がいるのは明らかだ。

 それでも、意識がはっきりしてから自分で行動するようになって初めてできた友人と思える人達を疑いたくなかったのだろう。


 今回の救出の詳細を知っている人間は二人しかいない。

 片方は一緒に行動して攻撃も受けて一度捕獲もされた。

 敵と連絡が取れる時間もあった。

 敵との直接の接触があるため非常に怪しい。

 もう片方は拠点でいつでもバックアップできるように待機していた。

 連絡が取れる時間も多く、裏で繋がっていても不思議ではない。


 もう一人、ありえる人がいる。

 今回のリーダーを務めているルークだ。

 ルイスによると牢屋のような部屋で再開した時は気絶していたらしい。

 彼はみんなの装備とアイテム、私が念の為に隠している少数のアイテム以外は把握している。

 特殊防具の事も当然知っている。

 最初から使うつもりだったが、彼は後までとっておけと指示した。

 もしもここまで全て計画通りだった場合、大変なことになる。


 敵の狙いは私だと思っていた。

 違ったのだ、敵は私を確保した上でペイルハンマーも壊滅させるつもりなのだ。

 今ここにいるペイルハンマー所属の傭兵は実戦も経験している実力者揃いだ。

 ペイルハンマーの戦力を少しでもこの場で削れば壊滅させやすくなるだろう。


 ロビンは生きているのだろうか。

 いやそんなことを考えている場合ではない。

 すぐにでも包囲されるかもしれない。

 冷静になれ、残っているメンバーだけでも助けないと…


 パシュンッパシュパシュンッ


「うぐっ!?」


「あがっ!?

 クッソ、ミラージュ…お前だけでも…っ…」


 あぁ、手遅れだったのか。

 反応できたのは私だけだった。

 周囲は暗く、見え辛い。

 そんな中で狙撃をして来た。

 反応はできたが鎧にダメージを受けた。


「悪いな、これも生き残るためなんでね」


「…何故」


「その方が利益が多かったからさ」


「…そうか」


 すでに狙撃手達は逃げている。

 私であればすぐに追いつくことがわかっているからこそ別々の方向に逃げたのだろう。

 手練れだ。

 撃たれた大体の方向しかわからなかった。


「やっぱりこれでも仕留めきれないか、でもデータはいっぱい取れたからこれでよしとするよ」


「…ッ!」


 ずっと待ち構えていたのだろう、燃える拠点の奥からロケットランチャーやマシンガンを構えた連中が現れた。

 流石にこの数をこのまま受ければ死んでしまう。


「撃て」


 その一言より先に足を動かしていた。

 肩や脚に銃弾が当たる。

 鎧が少しづつ剥がされていくのがわかる。

 爆風に押されるように吹っ飛び、転がる。


「うぐっ…」


 動け、逃げろ、相手の数が多すぎる。

 魔力を練り上げ、流し、放出する。

 振り返ると仲間の死体が横たわっている。

 念入りに死んだことを確認しているのが視界の端で確認できた。


 考えるな。

 あいつらはもういない。

 これからどう動けばいいかだけ考えろ。

 防具も心許ない。

 銃の残弾も少ない。

 どこかへ隠れなければ。

 けれどどこへ?


 そうだ、一箇所だけ彼らが簡単に行けない場所があるじゃないか。

 私にとっても難しいけれど、やるしかない。

 過去に大掛かりな調査が行われた時にステイル達がたどり着いた謎の多い荒野と建物、危険すぎるせいで王国の調査も入っていない未知の塊。

 私を見つけたという場所もその近くのはず。

 行ってみる価値は十分ある。

 自分自身のことも、わかるかもしれない。

 失われてしまった、私の記憶が。




 追っ手を振り切って一気に森を駆け抜ける。

 どうやって出来上がったのかわからない森と荒野の境目を超え、止まらずに駆ける。

 暴風が吹き荒れる荒野で、真っ直ぐ目的地を目指す。

 暴風を避けられる溝を探し、奥へと進む。


「はぁ…はぁ…っ…」


 誰もついて来ていないことを確認し、一息つく。

 地上では今も暴風が吹き荒れている。

 時間帯はまだ昼過ぎ。

 体力も魔力も消費しすぎた。

 少し休憩しながら移動しよう。


 しばらく歩いていると苔やしぶとく生きる草花が少数見られた。

 腰の子袋から出した懐中電灯をつけて前へ、前へと進む。

 周りは暗く、照明もない。

 一番奥まで進むと、大きな扉があった。

 岩でできているようだが、人間の手で開けるような大きさでは無い。

 試しにと手をかざしてみたが、びくともしない。

 ならばと魔力を練り、思いっきり力技でこじ開けようとした。

 その瞬間、地響きが起きた。

 安全のために少し離れ、何が起きても良いように準備していると、扉が勝手に開き始めた。


「開いた…」


 有名な話だ、この扉までやって来た王国軍は帰還した数名以外帰ってこれなかったという。

 完璧に操られている王国がバラす訳がないようなこの事実が有名なのは、出発時に大々的に発表したからだ。

 戦力を見せつけるためでもあったのだろうが、帰って来たのは精神がおかしくなって必死に帰還した数名と秘密裏に少女を拾って来たステイルだけだ。

 彼らはいざという時のためにあった小型船で帰って来た。

 その姿は多くの者達にも見られており、隠せなくなった。

 そのため、周囲の国々にも伝えてアルマガル王国が誠実である印象を周囲に与えると同時に周囲の国にも協力を要請した。

 その後何があったか詳しくは知らないが王国は研究施設を作り、傭兵や研究員を駐在させている。


 狭間から現れたとされているこの地は元々その場にあった空間を埋めるように現れた。

 狭間からどうやって現れたのかと聞かれても自分にはそれを説明できるほどの知識はない。

 過去にはまるで元々あった空間を上書きするように出現したらしいという人もいたそうだ。

 この荒野が現れると同時にこの扉の先の空間も一緒について来ているはず。

 もし何か魔素や魔力について手がかりがつかめれば、現状を打破し、ステイルの役にも立つかもしれない。


 恐る恐る、中を見つめてもほとんど何も見えない。

 もっと奥まで進まないといけない。

 懐中電灯で照らしながら進んでいると、光が見えた。

 街灯に見えたそれは割れた街灯に巣を作った光る虫の集まりだった。

 もっと進むと、多くの建築物が視界に映る。

 警戒しながら近づくが、何の気配もしない。


 すると、まるで待っていたと言わんばかりに壊れていない街灯が灯を灯す。

 センサーでもあったのだろうか、そのようなものは見当たらなかったが…

 エネルギーはどこから来ているのかや、誰もいないこの地下都市で何故まだ電気が通っているのかなど様々な疑問が浮かぶが答えはすぐに出ないだろう。

 今は無視することにする。


 街並みは綺麗だった。

 封印されて誰にも触れられなかったのだろうか。

 埃をかぶってはいるものの、人の気配がない。

 人の気配どころか、家具もほとんど見当たらない。

 硬いベッドやボロボロになって触ったら崩壊しそうな人形、古すぎる液体の入った瓶など、売っても金にならなさそうなものしかない。

 しかしこの広さは異常だ。

 これだけ広く、建築や瓶などの加工技術もあるならば貴金属があってもおかしくはないはずだが、一つも見当たらない。

 誰かに持ち出されてしまったのだろうか。

 それともここの住人達が持ち出したのか…

 考えても仕方がない、とりあえず安全そうだし一旦休むことにしよう。


 とても静かだ。

 どんな訳か他の家やベッドに比べて埃が少ないベンチに座り、上を見上げる。

 この空洞はとても広い。

 天井は高すぎて街灯の明かりも届かない。

 整備されている人気のない道の端で一人ベンチに座っている。


 あぁ、やっと休憩できる。

 ここなら安全だろう。

 少し寝ても、平気だろう。

 瞼が重い…

 防具も外してマスクだけつけよう…

 この後のことは…起きてから…考え…よう…






「む、新たな客人か?」


 暗闇の奥からやって来たのは、一人の老人だった。


「すぅ…すぅ…」


 寝ている人物はベンチで横になっている。

 そこにあったのはまだ大人になりきれていない少女だった。

 銀色の髪は肩まで伸びている。

 横に置いてある荷物は携帯食料と水、そしてボロボロになっている鎧。


「ごめんね…ごめんね…」


 突然、彼女はうなされ始め、寝言を口にし始めた。


「ふむ、だいぶ疲れているようだ」


 老人は近くの家に入り赤い布を持って来た。

 そしてその布を客人に被せる。


「よく眠るが良い、ここは数少ない安全な場所なのでのう」


 老人はそれだけ言うと、どこかへ消えてしまった。






「んっ…」


 目が覚める。

 疲れていたのだろう、休むだけのつもりが寝てしまっていた。

 周りを見ても、ベンチの上のままだ。

 しかし見覚えのない赤い布に包まれていた。

 誰がこんなことを?

 敵であればそんなことをする理由がない。

 魔物も同様。

 だが周りには誰もいない。


「誰だかわからないけれど、ありがとう」


 腰を上げ、誰もいないのでベンチに向かって礼をする。

 起きてから気がついたが、この空間は魔素が濃い。

 いや、濃すぎる。

 魔素というエネルギーはまだ解明されていないことが多い。


 動力として運用できるようになった状態を魔力と呼び、そうでない状態はマソと呼ぶ。

 魔素は電力や魔力など様々な「力」に変換できる。

 狭間から体内で魔素を魔力に変えることが可能な人間や魔物が現れ、魔素によって変異してしまった植物や動物も現れた。

 多くの可能性を秘めている魔素はすぐに注目の的になった。

 しかし研究者達はすぐにその危険性も身をもって学ぶことになった。

 有名な話だ。

 狭間の近くで寝泊まりしながら研究を続けた者が魔素を取り込みすぎて精神を侵され、言葉も話せず碌に体も動かせない状態になった。

 稀に魔物同様に魔素に侵され魔物化した人もいるらしいが滅多にいないという。


 この地にやって来た傭兵や研究者達は皆マスクを付けて魔素を吸収してくれる容器と共に行動していた。

 だがこの空間内だとそれだけでは追いつかないだろう。

 容器もすぐにいっぱいになり、そこからは時間が経てば経つほど体内に魔素が溜まっていくことになる。


 けれどなぜだろう、とても懐かしく感じる。

 この空気がとても馴染む。

 この魔素密度でも彼女にとって害にならない。

 懐かしく感じるのはなぜだろうか。


 景色に見覚えはない。

 だがこの空気はとても懐かしく感じる。


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