0-6 アルマガルの影
宿に戻った自分を待ち構えていたのは五一九との連絡が取れなくなったという知らせだった。
私がいればなんとかなっただろうか。
いや、変わらなかっただろう。
聞いた限り五一九は自分の意思でペイルハンマーと協力している傭兵を庇った。
その結果連絡が取れない状況に陥ったのか壊れたのか。
つまり五一九自身の意思で動いたということだ。
滅多に自分の意思を出さないあの子がだ。
私の命令だからと止まらなかっただろう。
それに、思っていた以上にペイルハンマーの連中を気に入っていたということだ。
今まで碌に友人と呼べるような存在もいなければ、そもそも作れるような状態になかった。
これから私がするべきことは、元々同じ孤児院から出た私達の計画に巻き込まれてしまった被害者である五一九をサポートしながら王国を裏から操っている謎だらけの教団を解明すること。
持っている手札はペイルハンマーとの繋がり、つい先ほどできた発明家との繋がり、アルマガル王国の極秘資料やそれに連なる情報、そして先ほど購入した新たな技術。
これらを総動員してでも、彼女には自由に生きてもらわなければ申しわけが立たない。
協力が得られなかった場合、私だけでも果たさなければならない。
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ごめんなさいステイル、私は自分の秘密をバラしてでもあの人たちを救いたい。
私を身を挺して守ろうとしてくれた人までいる。
そんな彼らを、私は放って置けない。
彼らは捕まってすぐに通信機を全て壊していた。
情報を相手に与えないためだ、仕方がない。
今は何とか夜の闇に身を隠せているがそのうち見つかってもおかしくない。
サーモカメラなんて使われたら一発でバレそうだ、有利な場所まで移動しながら考えよう。
とりあえず彼らの囚われた場所を見つけないと話は進まない。
そう考えて移動しようとしていた矢先、後ろでガサゴソと音が聞こえた。
すぐに剣に手を伸ばした。
しかし、出てきたのは知っている顔だった。
「待ってくれ、予備として待機していた【アーチャー】だ、ミラージュ」
「…どうやってここまできた」
「レッドイーグルを担いだワイズラクーンが俺たちに伝えにきた」
「ロビン…?」
「あぁ、半身はもう使い物にならないだろうがな」
「え?」
「脚が一本、片腕は半分消えていた。
出血量から見ても生きていたのが奇跡としか思えない」
血の跡を残しながら、動かなくなった片腕と片方の足先がもうなくなっていた体を引き摺って彼らは現れた。
パワードスーツで無理やり体を動かし、全力で追手から逃げて来たのだろう。
『頼む…あいつらを…ミラージュを…助け…』
そこで彼は意識を失った。
ワイズラクーンは必死に呼びかけ続けたが、レッドイーグルは起きる気配を示さなかった。
急いで医療班が治療したおかげで命は取り留めたが、彼の半身はもう使い物にならなかった。
全て切り捨てて、帰ってから義足や義手を取り付けるしかないだろう。
今の時代、一つの企業が小国以上の力を持っていてもおかしくない。
それだけ魔素を保有し扱う能力があることは危険視されている。
しかしペイルハンマーはそのような大企業でもなければ土地を持っているわけでも人員が多いわけでも金持ちなわけでもない。
彼がペイルハンマーから抜けると言わない限りは働いてもらうことになるだろう。
「一度拠点まで戻って来てくれ、これからのことを話し合うべきだ」
「…了解した」
私達は一度隠れ拠点に戻り、ロビンの様子を確認した。
「やぁ、ミラージュ…」
「ロビン…」
「おいまだ動くな、本当に死ぬかもしれんぞ」
「他のみんなを…頼むよ…」
簡易ベッドの上で寝る彼は力のない笑みを向けてきた。
頷けば、彼はそっと目を閉じ、静かに寝息を立て始めた。
初めてできた友人と呼べるような人達をこんなところで失いたくない、心からそう思えた。
それからは早めに計画を練り、直ぐに睡眠をとった。
代わりに他のメンバーが偵察をするから少しでも休んでおけと言われてしまった。
ここで動けなくなったら誰も救えない、と。
ここはおとなしく従うことにしよう。
その夜、偵察班が怪しいほど厳重に警備されている建物を見つけてきた。
地上の建物は研究棟や宿舎などが合わさった施設になっているようだ。
それとは別に地下への入り口らしきものも見つけたそうだ。
ただし、あからさまにカメラや人員を多めに動員して警戒している様子を見るに、地下に監禁したのだろう。
救出は困難だろう。
だが彼らが本当に欲しいのは魔力を扱える可能性がある実験体だ。
それを教団に提出することで様々な恩恵を与えられるとステイルが言っていたのを思い出す。
つまり、私だ。
「私が囮になる。
その間に救出して欲しい」
「いくら何でも危険すぎる!」
「そうだよそれにミラージュの方が助けに行った方が…」
「奴らの狙いは私」
「えっ…」
覚悟は決まっている。
怒られるとしても今回は自分の意思を貫く。
秘密をバラした結果ステイルにもう必要とはされないかもしれない。
捨てられるかもしれない。
それでも、私は彼らを、【友人達】を、救いたい。
一度外に出て、魔力を練り、流し、剣に溜めて、軽く空へ振り抜く。
するとまるで剣先が伸びたかのようにたまった魔力が流れ出す。
振り終わった剣から空へ向かって小さな魔力の塊が飛んでいく。
「斬撃を…飛ばした!?」
「これが魔力の力か…」
「もう、逃げも隠れもしない」
「…いいのか?」
「友を助けるため」
「…わかった」
その朝、我々は行動に出た。
囮として駆け回りながら全てを請け負い、襲ってくる者達全てを捌いていく。
暴れればそれだけ別で動くカエデが動きやすくなる。
できることはやった。
後はカエデを信じて待つだけ。
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寒い。
暗い。
床が固い。
「ん…」
そうだ、確か人質に取られて…
「…起きたか、ルーク?
リーダーなんだからしっかりしてくれよな」
「…いてて」
「…お前のスーツは没収されたぞ」
「…そうか」
「今頃俺たちと連絡取れなくなって騒ぎになっているかもな」
「…あぁ、通信機壊したんだった」
廊下の反対側にいたのはトリックスター、ルイス=メロウだった。
その姿はインナーの服以外無く、所持していた多くのアイテムも取り上げられたのだろう。
「他のみんなは…?」
「…まだ捕まっていないだけで、時間の問題かもな、あんたのおかげで相手に隙ができたもんだから煙幕やら閃光弾とか一気にぶっ放してみんな別方向に逃げたんだが、見ての通り俺も捕まった」
「…ごめん、油断した」
「お前が気絶してる間にミラージュが一度助けに来ようとしてたぜ、それを見越して奇襲されてたが」
「ミラージュは大丈夫なのか!?」
「あぁ、あれは見事な動きだったぜ、ギリギリで回避したかと思えば爆弾ばら撒いて一瞬で消えやがった」
「良かった…」
「…」
黙って何も言わないルイスを見ると、どこか遠くを見つめていた。
「…何だ?」
「いや、懐かしんでいただけだ。
なんていうか、戦闘状態のミラージュはいつも機械音声で話していただろ?
最初に会った時は顔も見えなかったけれどどこか冷めていたようにも見えた。
覚えてるか知らないけれど数年前に俺がまだペイルハンマーの専属傭兵になってなかった頃、あいつに助けられたことあるんだわ。
その時の自分は獲物を取られたってむかついていたけどよ」
彼の話を牢屋のような小部屋で聞き続けた。
「古いポートを開放した時俺は別の依頼受けてたから知らなかったんだ。
でも今は、お前がいてくれてありがたいよ」
どこかむず痒い。
こういう時何て返すのが正解なんだろうか。
「…そういう顔もするんだな、最後に見れてよかったぜ」
「…最後?」
「どうせ俺たちはここから出られないんだ、俺は多分情報を求めて拷問、お前はたぶん…いろいろ使えるだろうからな」
「いやいや、みんなイケメンだっていうけれど俺がイケメンなら君もそうだろうに」
彼の言う通り、今の私たちにできることは少ない。
何人もの魔力使用者を実験台にしてきただけはある。
我々は、ミラージュを捉えるための餌として扱われるだろう。
今はとにかく、情報を手に入れるしかない。
地下なのか、窓はない。
時間も場所も分からない。
しかし、しばらくじっとしていたら何やら周りが騒がしくなった。
「…なんだ?」
ルイスの疑問に答える者はいない。
たまに振動とともに重い音が響く。
「まさか襲撃でも受けたか?」
「…」
何回目かわからなくなった衝撃音とは別に扉の開く音が聞こえた。
足音は一歩一歩近付いて来る。
そして目の前で止まった。
「お待たせ!」
「カエデ!?」
「っ…」
息を呑んだ。
良かったと安堵する自分がいることに気がつく。
熱した刃で鉄格子の鍵をこじ開け、解放された。
枷も破壊してくれた。
「どうやって…」
「レッドイーグルに助けられたけれど話は後、今ミラージュが魔法を使って暴れてくれてる、今のうちに逃げるよ!」
「ロビンが生きていたのか!?」
「ミラージュ…」
ルイスはどこか思い詰めたような表情をしていた。
急いで廊下を走り抜け、階段を登る。
カエデによれば、魔力を扱えることを隠していたミラージュが本気で俺たちを助けるために動いている。
魔力が扱えるということが王国に所属や関係している傭兵団にバレた場合、どこにいても追われることになる。
奴らは手段を選ばない。
それなのに…今見ているのは何だ?
たった一人で数十人を相手にし続けている。
一人切り裂いても次が追加される。
銃弾の嵐を急な加速で瞬間移動するかのように一瞬で走り抜ける。
そして一番気になるのはミラージュの見た目だ。
見たことのない装備だ。
重そうな全身鎧で、角や骨のようなパーツも見える。
…いやどこかで見覚えがある。
あれは猪のように突進し、牙や角で攻撃する魔物の外皮だ。
腕につけているのは巨大なカマキリのような魔物の鎌を弄って作った籠手だろうか。
肘や膝を守るジョイントはダンゴムシの魔物の殻だ。
見覚えのある魔物の部位を使用した全身鎧だ。
銃弾もほとんど通らない。
だから皆対魔物用の武器を使用しているのだ。
狙撃銃ならば通るのかもしれないが彼女の動きが速すぎる上に止まらないせいで狙えそうもない。
武器もカマキリの魔物の鎌、蜂の針を使用して作られた突き刺す短剣、異様に発達した見たことのない大きさの魔物の牙か角であろう片刃の剣。
しかも相手の敷地内で戦うことで相手がこの場を爆破した場合施設も人員も大勢巻き込むことになるので簡単にはできない。
彼女が暴れてくれているおかげで我々は簡単に離脱することができた。
いつか、この恩は返さなければならない。
この命に変えても。