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影からの贈り物  作者: 洞門虚夜
アルマガルの火
5/8

0-5 傭兵

 五一九と行動を別にしてから数か月経った。

 私、ステイル=ストラウトは元からあまり自慢できる特徴も自信を持って得意と言えることも無かった。

 できることといえば孤児院にいた周りのみんなに置いていかれないようにしがみつくだけだった。

 それでもなんとか生きていけていたし、どこかの会社に入って商売人にでもなろうかと思っていた。


 それが変わったのは孤児院にいた頃からよくヤンチャしていたバーバラが怪我をして帰ってきた時からだ。

 孤児院での先輩数人以外とあまり話したところを見たことがない彼女はケンカをよくしていたが、負けそうなところすら見たことはなかった。

 それでも喧嘩慣れした大人の男性が五、六人いると流石に無理だったらしい。

 彼女は買い出し中に忘れてしまったものを日が暮れる時間に買いに行った。

 その帰り道でチンピラに絡まれたそうだ。


 バーバラは色々な場所で喧嘩していたのもあって、孤児院の悪ガキ代表みたいにもなっていた。

 前に周りに迷惑になっていないか気になって色々調べたらバーバラは意外なことに結構好かれていた。

 ちょっとしたことでも手を貸し、むすっとした顔であっても優しい子だとわかるとまで言われていた。


『この前もそこで転んだ婆さんの荷物を持って家まで返してあげたり子供たちの面倒見たりしてたわよ、ちょっと喧嘩っ早いのが困りどころだけれどバーバラちゃんはいい子だよ』


 その噂が本当か気になった私はバーバラをよく観察することにした。

 するとどうだろうか、彼女がケンカを始めるきっかけは孤児院の誰かが侮蔑されたり侮辱されたり、彼女の周りの人がなんらかの侮辱を受けた時がほとんどだった。

 次の日から積極的に話しかけるようになった。


 世界中に狭間が現れて研究が進むにつれて貧富の差は広がっていった。

 孤児院の経営もギリギリだったことを覚えている。

 バーバラは孤児院が好きだった。

 宗教に関しての興味は一切なかったが、育ててくれた大人達も一緒に育った兄弟同然の子供達も、好きだった。

 近所で盗みが起きたらしく、そこに居合わせたバーバラは喧嘩している姿も多く見られてある程度有名になっていた。

 都合がよかったのだろう、近所で盗みを働こうとしたチンピラ集団が金を持っていないバーバラの荷物に隠れて品物を入れ、彼女が物を盗んだと言いがかりをつけた。

 詳細は知らないがこの件を解決したのは先輩達だった。

 自分はただ伝えることしかできなかった。

 彼らは本当にすごい人達になるとこの時思った。






 そんな平凡でしかない自分に残されたのは先輩の残した資料や情報、限りのある交友関係、そしてたった一人残った元実験体。

 自分にできることでないことくらいわかってはいた。

 それでも残された情報を見て何もせずにはいられなかった。

 勝手なことであり、義務も責任も直接後を頼まれたわけでもない。

 それでも、彼らの思いがこんな中途半端な形で終わるのは自分自身が許せない。

 自分にその力を持つ者を頼ればいい。

 バーバラや傭兵団、様々な組織を巻き込んで仕舞えばいい。


 そのためにミラージュの名を広めてバーバラに頼み込んで自然な形で地図に新たにできた陸地へ送った。

 調査と理由をつければ、少なくとも私がこの地で逃げ回る間の時間は安全だろうと思い込んでいた。

 この国はもうダメかもしれない。

 思っていた以上に権力者達が裏で操っている謎の教団の手に落ちていた。

 利用できるものは全て利用する気でいたが、利用できる存在が限りなく少ない。


 想定外はそれだけじゃない。

 思っていたより早く我々のことがバレていた。

 いや、正確には私の存在はばれていなかったがシルバーファングとミラージュの関係性が強いと言うことに気がつかれてしまった。

 ペイルハンマーの一員にスパイがいたと考えた方がまだ納得いく。

 全て憶測だが、事実からはそれほど遠くないと思っている。




 そして今現在、私は選択を間違えたのだと現実を叩きつけられている。

 ミラージュを送り出した輸送装置の想定していた地点と実際に着陸した場所が明らかにずれすぎている。

 なんらかのトラブルが発生し、途中で連絡は取れなくなり、何者かの襲撃を受けていそうだということまでしか聞けていない。

 だが、今の自分は自由に動ける。

 前から貯めていた金とミラージュが稼いでくれた金をほとんど払ってでも最近噂の新技術を手に入れる必要がある。


「君が欲しているのはこれだ」


 そう口にしながら見せてもらったのは片手に収まる球体、それもケースに厳重にしまわれているもの。

 ここはアルマガル王国に隣接する樹海とも呼ばれている危険区域を跨いだ場所に位置する、キュブリオン共和国キュブリオン街のとある技術士の秘密の地下室だ。

 目の前で自分の作った発明品を見せてくれている彼は【リチャード=ヒギンズ】、バーバラと同じく技術者だが、バーバラが全体のバランスや組み立て、合わせられるパーツの情報集めがメインなのに対してリチャードは細部のパーツを発明する発明家であること。


 リチャードが作るのは効率のいい車のエンジンやドローンの通信機器など様々だが、一番力を入れているのがエネルギー効率の向上させることだ。

 今回見にきたのはその中でも彼の最新作、それもまだ情報がまだあまり出回っていないもの。


「…これが魔力を使用できるものにしか扱えない動力なのか」


「あぁそうだ、この国はどこぞの王国の連中に見つからないように保護しているからな」


「協力してくれるのか」


「早まるんじゃねぇ、お前さんの支払うものによる。

 …それで、あんたは何を出してくれるんだい?」


 今回の交渉に必須なのは私がアルマガル王国のスパイではないと言うことを説得すること、彼の発明への理解度、そして一番重要なのがこの発明品を手にして何を成したいのかを明確にしなければならない。

 でなければ今現在背後から銃と短刀を構えている二人の護衛に即座に殺されるだろう。

 魔素や魔力に関して他の誰もまだ辿り着いていない領域に辿り着いている彼は貴重な人材だ。

 そのため、先輩や友人達が残してくれた王国の重要機密でもある実験内容やその結果、傭兵団が各地を回って集めた狭間の情報などをバラしていく。


「…」


 それを聞いてリチャードは真剣な顔をしていた。

 証拠として出せるものは出したし、話す途中で背後のうちの若い方が話の内容を聞いて少し驚いていたのがわかった。

 手応えはあった。

 しかしこれで足りなければ私は殺されるだろう。


「…シルバーファングは王国に危険分子として消されたと言うことか」


「ええ、生き残りは私と…強化傭兵が一人です」


「…最近あちこちで耳にするようになったミラージュとかいう一人であちこちで功績上げてる傭兵か」


「…よく分かりましたね?」


「前に客の一人が撮影したデータだけよこして行きやがったんだ、王国が魔法使いを飼い慣らせるようになったかもしれないって言いながらな」


「なるほど、ではミラージュのこともお伝えしておきましょう」


 ミラージュは元々私が拾った子供だ。

 八年程前に突如地図に載っていない陸地が発見された。

 最初に踏み入った五十人程の探索隊は大きな狭間があると言い、そこから多くの魔素が常に流れ出ていると報告書に記した。

 しかし、帰還したのはたったの二人であった。

 二人は正気ではなかった。

 残りは全員その地に出現した化け物に殺されたと叫び散らしていた。

 後にこの時の報告にこの怪物達が魔素を体内に取り込んでいることが強さに関係していると書かれていたことから魔物と呼称するようになった。

 それから少し経って正式な国の軍の一員として私も含めて新たな探索隊が組まれた。

 

 研究者達を守りながら我々は三ヶ月ほどあの地で過ごしたが、あそこは二度と行きたくない場所だ。

 辿り着いた時、確かに銃器でも手強い魔物達が我々を迎えてくれたが想定より遥かに楽に処理できた。

 問題は奥に行くにつれて徐々に頭脳が発達した魔物達が増えていったことだ。

 意思疎通ができるのか、森の中でも連携をとってくるのもいた。

 魔素を取り込み魔力として扱い、見たこともない身体構造や動きから知らない攻撃方法もしてくる。

 功績欲しさに先走った数人が死ぬのも見た。

 多少の犠牲が出てもこの時点ですでに王国のトップ層は裏から操られていたようで、戻ることを許されなかった。

 上官達が愚痴っていたのをよく覚えている。


 一月半たったくらいでそれ以上先へ進むのは危険すぎると停滞し続けることになった。

 進行が遅くなったと同時に最悪な目に遭ったのをよく覚えている。

 我々は夜も交代で見回りもしていたし、実際に魔物を遠ざけたり討伐することに成功していた。

 しかしそれだけであればなんとか持ち堪えることはできていた。

 問題はその後に見たものだ。


「おい、誰かいるぞ」


「まさか先発隊の生き残りか?」


「いやありえないだろどうやって生きるんだこんな場所で」


 夜に軍服とあちこちがボロボロの装備を着込んだ足を引き摺る人影が近付いてきた。

 そしてそのまま前に転ぶように倒れ込むのを見て、隊員が数人駆けつけた。


「おい大丈夫か!?」


「俺も手を貸すから早く運ぶぞ」


「医療班準備早く!」


 私自身は丁度見張りを交代して寝ていたのであまり詳しくは知らない。

 医療班が駆けつけて囲んだところ、急に起き上がり話しかけてきた人達を全員殺害したらしい。

 しかも首を噛み切ったり頭を殴り抜いたり近場にあったメスで刺したり。

 駆けつけた兵士もびっくりしてしまったのだろう、生き延びた者の報告では最初の一人が拳銃を奪われて撃ち殺され、剣を奪われて死傷者が多発。

 やっと殺せたものの彼らはありえないものを見た衝撃からか精神も不安定になっていた。




「…おいそれってつまり…」


 リチャードの顔も強張っていた。


「えぇ、死者が動いていたんです」


「おいおい、それも魔素が原因だとでもいうんじゃ無いだろうな」


「いえ、彼らはなんらかの方法で操られたと見るべきでしょう、何せ体も腐り果てていないのですから」


「言われてみればそうだな…死後硬直してなかったのか?」


「ある程度は固くなっていて剣も通りづらくなっていたそうですが、銃弾を喰らっても痛がるそぶりもなかったそうです。

 最終的には体がボロボロになって動けなくなったそうです」


「酷いな…」


「これで終わればまだ良かったんですが、彼一人だけが動けたわけじゃ無いんですよ」


「…先発隊の全員か」


 その言葉に頷いた。

 事態が終わった後、私を含めて寝ていた隊員も起こされて緊急事態に応じることになった。

 少ししたら多くの動く死体が押し寄せてきた。

 その惨状を前に多くの隊員達の精神が不安定になった。

 中には見知った顔もあった。

 それでも帰還は許されなかった。

 我々が死のうとどうなろうと、観察結果を残せればそれでいいのかもしれない。


 最終的に許可が降りたのはそれ以上物理的に進めないと分かった時だった。

 いかにも怪しい建築物を前に、何もできなかった。

 明らかにおかしい範囲の荒野、その範囲内でだけ吹く暴風、何十回建ての建物のように聳え立つ生物の頭蓋や肋骨など、常識を覆された気分だった。

 どうにか隠れられる洞穴を見つけ、奥へ進むと比較的小さな虫型の魔物しかいなかった。

 それでも外骨格は銃弾を通さなかったり酸の体液を射出してきたりそもそも数が数十匹以上出てきたりと厄介極まりなかった。


 この時初めて実際に魔力を扱う魔法使いの凄さを知った。

 たまに狭間から出てくる魔石とも呼ばれる魔素が凝縮された塊から炎の渦で全て焼き尽くした。

 回数は限られるし使い所は難しいが、できればとてつもない戦力にもなる。

 しかし同時にその扱いの悪さも知った。

 逃げられないように手足に枷を、そこから伸びる鎖に繋がった重しと首輪から伸びる鎖。

 そして炎の様子と結果を観察して記録する研究者達。

 誰一人としてあの炎を巻き起こした少年を心配していない。

 だが、そんなことを考えている間に奥にたどり着いた。


 それは一言で言い表せば巨大な扉だった。

 しかし何をしようが、無理やり壊そうとしてもできず、そもそもありえないほど分厚く、どうしても開かず、私達は止まるしかなかった。

 そこでようやく帰ることを許可するメッセージが本国から送られてきた。

 これでようやく帰れると安堵したその時、地響きが起きた。


 何事かと周りを観察した瞬間、私の前を歩いていたはずの隊員達数十人が一瞬で消えた。

 横からやってきた直径五階建ての建物くらいはありそうな円柱状の怪物が目の前を横切った。

 半身だけ巻き込まれた者は血をあちこちに散らしながら絶命した。

 巨大な穴が先ほどの怪物の通った道だろう、くっきりとくり抜かれるように空いていた。


 そこからは必死だった。

 みんなの叫び声や泣き声が聞こえる中、がむしゃらに走った。

 最終的に生き残ったのは自分を含めた十四人。

 百を超える軍人、二十を超える研究者、多くの物資も消えた。

 私は気がついたら真夜中を最初の森にまで戻っていた。

 周りには誰もいなく、私は偶然それを見つけてしまった。


 小柄の少女が倒れていた。

 こんな場所で?

 一人で?

 どこからなんの目的で?

 疑問は多かったがおかげで少し冷静になれた。

 急いで自分の場所を星とコンパスと簡易的な地図で把握し、最初の拠点まで戻ろうとした。

 簡単に魔物が逃がしてくれるわけがなかった。

 拠点にたどり着いた時には傷だらけで血を失いすぎていたのもあって気絶してしまった。


 次に起きた時には本国に戻っていた。

 守ってくれたのはその頃まだ軍に所属していたアグニスだった。

 アグニスが軍人から傭兵になってシルバーファングを作ったのはそれから数ヶ月後のことだ。

 私が見つけた少女だが、私が気絶している間に医療班に診てもらい、そのまま研究者達に連れ去られたという。

 この時、自分が過ちを犯したのでは無いかと思わずにいられなかった。

 もしかしたら死んだ方がマシだった可能性すらある。

 でももう手遅れだった。


「そいつがミラージュだってのか」


「ええ、私が五一九と再開できたのは数年後にアグニスの作ったシルバーファングに所属してからですよ」


 彼女は実験の一環として各地を周るアグニスの元で過ごしていた。

 それは国に公式に認められた傭兵団として力を見せつけるためでもあったのだろう。

 他国への牽制として魔石を使い、武力を誇示していたのだろう。

 アグニスはそれに従いながらも五一九と一緒に連れてこられた数人を守り抜いた。


「私が彼等の担当になったのはアグニスの計画でしょうね、後を継がせて私にあの腐ってしまった国をどうにかして欲しかったんだと思います」


「それでそのためにこれが必要だと?」


「ええ、それがあれば私はアマルガルを裏で操っている教団を、その真実を暴けると思っています」


「…わかった、売ってやる」


「ほ、本当ですか」


「ただし、俺にも一枚噛ませてくれ」


「それは心強い、こちらからお願いしたいくらいです」


「そうと決まりゃぁ、俺はお前の要望をできる限り叶えよう。

 さぁ、欲しいものを言ってくれ」


「それでは…」


 それから二人で交渉を進め、これからの作戦を練り始めた。


 その日の帰り、私はバーバラから連絡を受ける。

 ミラージュと連絡が取れなくなったと。


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