0-4 白き大地
たどり着いた新たな場所は、一面真っ白だった。
今までいた大陸とは違い、気温も湿度も、景色も違う。
ここはかつて巨大な狭間から現れたといわれる半島。
アルマガル王国とは陸続きではないので逃げるのに最適な場所だ。
すべてが未知であり、危険だ。
そんな場所に素早く目的を果たすためにロビンやミラージュを含めた九人ほどの少数精鋭でやってきた。
「だからこそ、狭間の謎を解明するための情報が多くあると思うんだけどねぇ…魔素とかいう僕たちにとって謎のエネルギーがいまだに理解できないんだよねぇ…」
そうぼやくのは情報収集や隠密行動が得意なペイルハンマーの一員、【カエデ=ヤマノ】、コードネーム【ワイズラクーン】だ。
黒髪ポニテで小柄の彼女は二十八歳だと言うのだが、正直まだ十代だと言われても信じられる。
「まぁ全部じゃ無いけど多少は君のこと聞いたし、いる間だけでも協力してくれるとありがたいよ」
コンテナ内の物資が無事か確認しながらこちらに付け加えるのはペイルハンマーに所属しながらほとんど専属の傭兵となっている【ルーク=エインズワース】、コードネーム【ヴァイパー】だ。
彼は刀と電気銃を巧みに扱い、装備の加速装置を使用して隠れた状態から相手に突撃することが特に得意でこのコードネームになったとのこと。
短髪の金髪、に碧眼のすごくイケメンだが、彼自身はその自覚がないのか周りからの好意に戸惑っているところをよく見る。
「おっかしいな…ちょっと座標ずれすぎじゃないか?
どっか不具合でもあったか?」
そう溢すのは金髪の枝毛が目立つ【ルイス=メロウ】、コードネーム【トリックスター】。
小型の爆弾や投げ道具、様々な装備を駆使して中距離からの一撃離脱を狙うことに長けている。
武器は魔素を溜め込んで後ろへ放出する特殊な槍や連射可能な銃器など、多く所持して使い分けている。
魔素を物質化させた貴重な特殊弾も少数だが所持している。
魔素というエネルギーには謎が多い。
国を裏から操っている教団は好き勝手に実験していただけあって技術は進んでいる。
魔素の液体化と保存方法も国から発表していた。
どれだけ消費しても、時間が経てばまた専用の容器は貯まる。
これはステイルと一度実験している。
魔力とは魔素を自身の意思のまま扱えるようにした状態を呼ぶが、容器の魔素を全て魔力に変換して魔力を容器の入り口から注ぎ込むと液体として容器を満たした。
魔素の魔力への変換は不思議なもので、稀に生物の意思に反応することがある。
記録上この現象が起きたのは瀕死だったり必死な時であり、使用者の体内から変質した魔素が観測されている。
私とステイルの予想ではこれらは魔力への変換と放出。
魔素の魔力への変換を自力で見つけた者達だと考えている。
しかし、記録に残っている者達はほぼほぼ全員捕まって研究対象となっている。
今回の任務は先に調査に来ているペイル=ハンマーの方々と協力して見つけたという新たな狭間の調査だ。
この謎と危険が多い大陸で調査員達は身を守りながら調査なんてできない。
そのためにペイル=ハンマーの協力者と研究員達を守り抜くのが私の役割…なのだが…
「おいどういうことだよ…」
「俺たちがたどり着く前に奇襲された…?
いや、そんな兆候はなかったと言っていたはずだ」
「…」
目の前に広がるのは壊滅した仮説拠点だったであろうもの。
物資もほとんどなく、研究資料などもほぼ全てなくなっている。
「…今考えられる出来事は三つ。
一つは魔物にやられた後で他の連中が資料を回収した。
二つ目は強欲な他社に襲撃された。
三つ目は…裏切り者にすでに壊滅されていて、我々もこの危険な地で殺すために呼ばれたか、だ」
カエデは冷静に現状把握をしていた。
魔物の足跡や襲撃の跡は見られるが、何かが引っ掛かる。
明らかにそれ以外の被害も見られるのだ。
ふと、何かが聞こえた気がした。
「逃げろぉおおおお!」
ロビンの声が響き渡る。
上空から急接近してきたのは、爆弾の雨だった。
意識が暗転する直前に視界に映ったのは空に打ち上げられた緊急事態時の信号弾と、全力で私の体を押す優しい顔をしたロビンの顔だった。
「ロビ…」
吹き飛ばされて転がり、物資も爆破され、ペイル=ハンマーの仲間もほとんど死んだだろう。
到着したばかりで完全武装していない今、戦力としてはかなり心許ない。
まずは何人が生き残ったかを把握しなければ。
大陸の海岸線に辿り着いた。
身を隠しながら、何かあった時用の集合場所であった崖下の洞窟を目指す。
頭がぐわんぐわんと鳴り響く。
まだ爆風からの影響か、考えがぼやける。
少し離れた位置で怪しげな連中が何かを探している。
ペイル=ハンマーの生き残りを探しているのだろう。
朦朧とする意識をなんとか保ちながら忍足で洞窟に繋がる坂道を降りていく。
洞窟に辿り着くと、脚を失ったルイスが横たわっていた。
包帯に巻かれて応急処置はできているが治療が遅れれば遅れるだけ悪化するだろう。
「よぉ、遅かったなミラージュ…ッツ」
「…生き残ったか、流石だ」
「いやぁ…参ったね、こりゃ」
調査の手伝いとしてついてきたメンバーも、本部との連絡手段も、スペアの武装もない。
「いいか、よく聞いてくれ。
そのうちここもバレるだろう。
だがそれでも伝えておかなければいけなかった…
俺たちを狙っているのはここにいるほぼ全てだ」
「なっ…は?」
「どういうことだ」
「あいつらみんなグルだ!
協力して俺達を狩りに来るんだ…」
錯乱状態のルイスを置いておいてミラージュは機械的な音声で疑問をあげた。
「ロビンは…見たか?」
その問いに二人が首を振り、一人が聞ける状態になかった。
「そうか…」
ミラージュは二択を迫られていたが、ロビンの笑顔が脳裏に浮かんでいた。
一つは彼らを囮にしてでも生き残り、いまだに何か隠しているであろうステイルのために動けるようにこの場から脱出すること。
これは一人で全て成し遂げなければいけないが、一人で動ける分動きやすい。
正面から相手するならば魔力の使用を見られてしまうかもしれないが各個撃破は可能だと考えている。
もう一つは彼らを傍受されずに通信できるように守り抜き、ペイル=ハンマー本部に連絡を取れるようにすること。
こちらに怪我人もいる状態で耐え抜くか切り抜けなければいけない。
それに、私には少なからず彼らを助けたいと思えるほどの信頼関係は築けている。
そんなことを考えているうちに重量級戦闘スーツを装備した連中の足音が聞こえてくる。
けつだんはもうした。
ならば後は行動するだけだ。
「逃げろ、今すぐにだ」
「でも」
言い終わる前に剣に魔力を纏わせ、洞窟の天井目掛けて振り抜く。
ガラガラと上にいたのであろう追手と瓦礫が落ちてくる。
派手に音を立てながら洞窟の入り口を崩し、後ろに壁を作った。
「こんなところに洞窟があったのか、しかも怪しげな扉まで」
学者らしき誰かがわざわざ乗り物から降りて扉を観察し始めた。
あの人は観測と研究さえできればなんでもいい質だろう。
「博士、戻ってください危険です」
「黙ってろ、ここは一度スキャンされているはずなのに見つかっていないんだぞ?
魔素と魔力に繋がる情報が必ずあるはずだ…」
…苦労しているみたいだ。
しかしだからといってこちらもそのままではいられない。
静かに岩影に隠れて移動を開始する。
「どこへ行こうというんだい、ミラージュ君…君のことは知っているよ、わざわざここにいるんだ、何か依頼を受けてきているんだろう?」
「その依頼を遂行するために逃してはくれないだろうか」
「悪いけど無理なんだ、危険分子になりかねないからねぇ…君は放置するには危険すぎる」
「…光栄」
「そう思いたまえ、自分で言うのもなんだが私はあまり他人を褒めることはないのでね」
周りを観察し使えるものを探す。
「実は君の今までの公の場での振る舞いや戦闘記録を見て考えていたことがあるんだ…
君ぃ、魔法使いだろう?」
「…」
「うーん、君の本当の声も聴いてみたいのだけどねぇ…無理やりってのは私は好まないんだけれども…」
時間を稼いでいるのも限界が近い。
「素直にうちに来る気は無いかい?」
「…ない」
「残念だ…
…撃て」
目前の敵が斧を二本手に取る。
それと同時に左右に隠れていた二人がこちらに銃弾を連射してくる。
体勢を低くし、一気に前進する。
魔力を通して剣が壊れないように保護し、魔力なしでできるか怪しい速度で護衛の胸を貫く。
相手が驚いて動きが鈍っている最中に走り抜けながら回転し、白衣を羽織った士目掛けて剣を振り抜く。
「おっとぉ、私が無防備でいるとでも思ったかい?」
「!?」
「私は囮だよ、光学迷彩で隠していたんだ…気がつかなかっただろう?」
寸前になるまで気がつかなかった。
二人の護衛がいると思っていたが、博士の背後にもう一人いた。
しかもかなり分厚い装備だ、別の方法で攻めなければ不利だろう。
一旦距離を取り、狙撃手の位置を確認しながら閃光弾を博士目掛けて投げる。
筋肉に力を込めるように魔力を目に集中させて観察すれば、光学迷彩から顕になった銃口を発見した。
炸裂する先行弾に背を向けて発見した銃口に急接近する。
「ハァッ!」
「なにっ、グォァア…」
銃身ごと相手を切り伏せ、速やかに姿を隠す。
爆煙が晴れた頃には既に洞窟の外へ向けて走っていた。
「…無事だといいけれど」
できることならば、あの暖かい空間を守りたい。
初めてステイル以外で心が許せる友ができた場所。
私の記憶が始まってからというもの、ステイルの指示で動くことが日常だった。
実の親では無いかもしれないが、ステイルにこの呼び方が許してもらえるかわからないが生きる方法を教えてくれた自慢の父だ。
判断力も意識も現在ほどはっきりしていない頃に他のシルバーファングの訳あり兵に慕われているのをよく見た記憶がある。
私が自分の意思で動けるようになった頃にはもう一人も残ってはいなかったが。
だからこそ、目の前で人質として突き出された時に不意を突かれて兜の一部を破損した。
私はバカだ。
地上に戻ってすぐ、瀕死で意識のない三人を見せられ、隙を晒してしまった。
判断ミスだったのだろうか。
いや、今そんなことを考えていてももう遅い。
私は弱い。
だから動揺した。
少し仲良くなってすぐにみんな捉えられてしまった。
皆の趣味もまだ聞いていない。
直接ステイルと連絡取ることが不可能になった。
…いや、今はまず彼らと共にこの窮地を脱するのが先決だ。
先ほど奇襲された時に煙幕と爆弾をばら撒いた。
瞬時に皆一斉に散らばっていった。
とりあえずみんなを探さなくては。