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影からの贈り物  作者: 洞門虚夜
アルマガルの火
2/8

0-2 狭間から来るもの

 一人、珈琲の入ったマグカップを片手にアジトの休憩室でため息をつく女性がいた。

 腰まで伸びた薄茶色の髪は多少ぼさぼさしていて、服装はラフだ。


「まーたため息なんかついて、どうしたのさバーバラ隊長」


「フレイか」


 そこに仲間の整備士がやってくる。

 肩まで伸ばした茶髪が特徴の小柄な女性だ。


「いんや、少しだるいだけだ」


「そういえば例のステイル…さんでしたっけ、からは何かなかったのですか」


「…やるってよ」


「あんなにも人の上に立つことを嫌がっていたのに、どうしたんです?」


「…シルバーファングが滅んだ」


「…生き残りは?」


「ステイルと最後に入った団員だそうだ」


「二人だけですか…」


 その場で手を合わせて指を絡ませ、目を閉じて祈るようにじっとする。

 少ししたら目を開き、自身の隊長を真っすぐ見る。


「忙しくなりそうですね」


「あぁ、そうだな」


 ため息をついている彼女達もステイルも、狭間から現れた資源を狙う者や狭間から出てきた怪物に大切なものを奪われた者たちだ。

 他人に奪われた者は奪った人を恨み、自然災害のような怪物に奪われた者は恐怖に震えた。

 しかしここ数十年の間で奪い合うことによる被害よりも怪物による被害が増えている。

 場所によっては環境そのものが変わり果てたりもしているらしい。

 新たな危険に対抗するためには他の者たちの協力も必要になる。

 そのためにまずは周囲の団体から説得していかなければいけない。

 もしできないのであれば、一度多くの犠牲を払ってでも目を覚まさせる必要があるとステイルは考えている。


「あいつの上にいた連中もだいぶ腐ってたからなぁ…一気にいなくなったのは都合がいいけれど物資がごっそりなくなったのが痛いだろうな」


「大丈夫でしょうか」


「君も心配性だなぁ、彼は私が知る限りやる時にやる男だし、なんだったら一人で動くのが得意な質だ。

 ただ一つ気になるとしたら、現在彼の元で表に立って動いているのが脳がやられた十二歳前後の少女だと言う事だろうかね」


「そんな幼い子を…」


「それでも動いたってことはそれだけ信用に値する存在なんだろう」






「足りないな…」


 言うまでもなく、ステイルは悩んでいた。

 何もかもが足りていない。

 戦力として考えられる仲間も、他人との交渉材料も、情報も、全てが足りていない。

 脳にダメージを受けているミラージュは戦力にはなるが、それ以外がうまくできない。

 いや、戦闘すら専用の戦闘服があってやっとだ。

 ステイル自身が戦闘できれば良かったのだが、そんな暇は無い。

 食事も商売も情報収集も隠蔽も依頼調達もミラージュの後方支援もやらねばならないのだ。


 細かいことまでは把握できずとも、ステイルが寝る間も惜しんで動いてくれている事をミラージュはわかっている。

 だからこそ、彼女は全力を持ってステイルの受けた依頼をこなし、金を稼ごうとしている。






 世界中に現れた狭間は今でも増え続け、場合によっては人の住む場所に急に現れたりもしている。

 百年ほど前までならどうしようもなかったかもしれないが、今では狭間を隔離し、定期的に調査をすることで犠牲になる人が激減した。

 それでも不意に大容量のものが狭間を通ってくることがある。

 それに巻き込まれないように、狭間が発見された時には安定するまで住民を避難させる。


 どれだけ安全策を取っても危険なものは危険で、どこもかしこも人員不足だ。

 そこで役に立つのが腕に覚えのある傭兵だ。

 傭兵は報酬さえもらえるなら自分に合った仕事を受ける。

 ミラージュもそんな連中の一人だ。


「ミラージュ、到着」


「おいおい、アイツも呼んだのか」


「また俺らの報酬を奪いに来たのか」


 周りから小言が聞こえる。


『気にするな、ああいう連中はどこにでもいる』


「わかってる」


『なら良い』


 この場に集まった人たちは皆とある依頼のために集まった別々の傭兵だ。

 ほとんどが傭兵団などの集団で動くが、ミラージュはステイルと一緒ならばそれで良いと考えていて、ステイルは現段階で集団に所属する気はない。

 そのため一人で功績を上げ続けているミラージュという名前が有名になっている。

 多くの人がその強さを不思議がっているが、他の誰も知らないことをステイルは知っている。


 ミラージュはこの世界で生まれていない。

 この世界では魔道具にエネルギーとして流し込んだり通したりして利用しているが、彼女は時折違う方法で使用するのだ。

 それは明らかに違うとわかる時があり、物理法則を無視した動きをしたりまるで魔法のようなものも見られる。

 ステイルは情報を公にしないようにミラージュにできる限り隠すようにと伝えている。

 そのためか戦果を挙げ続ける彼女をだれも止めることはできない。

 違和感のないように動き、功績を上げ、知名度を上げることで依頼されやすくする。


 今回もそのおかげか特別な役割をもらっている。

 依頼してきた国から特大パイルバンカーのような武器を任された。

 他の連中が隙を作り、今回の討伐対象である巨大なダンゴムシのような殻を持つ魔物の殻の隙間に捩じ込んで射出するためのものだ。




『まぁ、こうなるよな』


 ほとんど一人で巨大ダンゴムシの群れの七割を討伐してしまった。


「あいつ…」


「いいじゃねぇか、俺らだって報酬はもらえるんだから」


「だからってあれは…」


「…」


 ミラージュは批判や心配の声を全て無視して去っていく。

 優秀だと知られればそれだけ高額の依頼が来る。

 それだけステイルに恩返しができる。




 大型魔物を討伐して帰還したミラージュに休みを与え、その間にバーバラが長を務めている様々な魔道具の整備を生業をしている集団、【ペイル・ハンマー】にミラージュが使う武具の整備を頼む。

 特に戦闘を得意としているミラージュは主に発見された魔物の調査や討伐を依頼される。

 そのため整備も多くなるのでペイル・ハンマーと契約を結んで点検や整備諸々を任せている。

 代わりに、ミラージュが手に入れた魔物素材や拾い物をペイル・ハンマーに安く売っている。

 その間にバーバラとの情報交換をして、計画を進める。


「また大物を討伐してきたな」


「ミラージュが優秀なんだ」


「その優秀なミラージュちゃんを少しだけ借りて良いかい?」


「…どんな依頼だ」


「話が早くて助かるよ」


「その前に、お前何か隠してないか?」


「…特に無いが」


「お前、周りのみんなに協力を募って脅威に立ち向かうためにこの兵器の量が必要なのか?」


「…あぁ」


「…言いたく無いなら今言わなくて良いけれどな、こっちも協力してるんだ、少しくらいは私達に背負わせてくれ」


「…」


「そうかい、まぁ何か重要な情報を掴んでしまったんだろうなと分かっただけで今回はよしとするか」


「…いつも感謝している」


 その言葉と共にステイルはテーブルの上に今ではほぼ使われない差し込み型情報媒体を置いていった。


「ご馳走様、美味かった」


 そう言い残してステイルは帰って行った。




 後日、ステイルの残して行った記憶媒体の中身を誰にも見られない環境で開封した。

 その中身を見て、バーバラは言葉を失った。

 ソルデイル国で生まれ、育ち、そして今生活しているバーバラ達ペイル・ハンマーは自分たちで客を決め、多くの傭兵の役に立ってきた。

 だからこそこの【アルマガル王国】がよく狭間からやってくる物事に積極的にかかわってきていたのも知っていたし、いいことだと思ってきた。

 しかし、ステイルの持ってきた情報でその考えは否定された。


 魔法使いと呼ばれる存在がいる。

 魔法使いと呼ばれている存在は複数いるが、それはこの新たなエネルギーを魔力と呼ぶようになった原因でもあるが、エネルギーをただ電力や魔道具の動力としてではなく、自身の体内に溜め、自由に操ることができる存在のこと。

 魔物も狭間からやって来た存在でなければほとんどが魔力を吸収して取り込んだことで変異してしまった生物がほとんどだ。


 傭兵団シルバーファングのトップは元々アルマガル王国の軍に所属し、狭間の研究や出てきた魔物の討伐などを任されていた。

 そのおかげで電力にも燃料にもなる摩訶不思議なエネルギーを発見したし、初めて出会った魔法使いとも仲良くなって今ではその魔法使いも一緒に狭間の研究をしている。

 …少なくとも公ではそうなっていた。


 実際魔法使いと呼ばれる存在が生身単身で魔物の群れを一瞬で壊滅させる場面が映像にも残されている。

 しかし、その時の魔法使いはもう自我なんて残っていなかったそうだ。

 ただの操り人形になり、まるで魔道具の延長線の部品のように動いていたのだ。

 それを見て嫌になり、元軍人が軍を辞めて傭兵団を作った。

 それを上層部は許してくれなかった。


 国には各地から傭兵や情報を持っている人を探すために傭兵団を作ると伝え、新たな部隊を編成した。

 新たな魔法使いや情報を集めるための偽装傭兵団ならば許可が降りると考えたからだ。

 そして裏ではいつか実験に利用されたまだ生きている実験体を救うために仲間を集めた。

 それがシルバーファングだった。


 少しでも関わってしまったことを罪だと思っているのか、情報を残して行ったらしい。

 それだけでなく、アルマガル国のこれからの方針まで記録してあった。

 そこには無理やり狭間からエネルギーを吸い取ることで膨大な利益を得ようとしていることが記されてあった。

 そのために魔法を使える人を、狭間からやって来た人や狭間が発見されてから現れ始めたこの世界でも魔法を使える者達を道具のように消費するつもりだ。

 その被害者を一人でも多く保護するのがシルバーファングの秘密裏に行われていた行動だ。


 結構有名になっており、多くの関係者もいた。

 国の内外に施設を複数所持していた。

 それなのにシルバーファングを一瞬で壊滅させ、何人生き残っているかもわからないがほとんどを葬り去れる力を持つ団体は限られる。

 それこそ国の軍か、多くの後ろ盾のある傭兵団が複数で協力でもしない限りは無理だ。

 出回っている情報では突如とした魔物の大量発生に対抗するために自ら狭間に干渉し、所持していた魔素を全て消費して自爆したことになっている。


 息を呑んだ。

 これが本当ならばこの国は非人道的な行いに加え、過去の過ちである大災害を引き起こすことになる。

 三百年前に起きた大災害は新たなエネルギー源として狭間からもっと魔素を吸い取ろうとした研究者が引き起こしたことだ。

 魔法を使う人間を発見した国がじっくり研究して魔素の運用方法を入手したのが始まりであり、その国は失敗した。

 大量の魔素を吸い出すことに成功はしたが、環境を一変させて今では危険すぎて誰も近づこうとしない封鎖された区域になっている。


 大量の魔素を吸収した原生生物が急激に影響を受けているのもあるが、狭間を通ってきた危険な存在も多く発見されている。

 失敗すれば、この範囲が増えるということになる。

 それでもやるからには自信があるのだろう。

 助けが必要な人を助ける前に、全てが消える可能性がある。

 ステイルはそれが気がかりなのだろう。


 技術と知識が足りていれば良いが、そうでなければ狭間なんて不安定なものは触れないほうがいいとバーバラは考えている。

 過去の研究記録の一部も持ち出していたらしく、狭間の反対側からも働きかければ可能性はあると記されていた。

 しかし反対側がどうなっているのかすら分かっていない。

 アルマガル王国がこれからすることは魔素を取り込んで魔力として自身のエネルギーを操作する能力を持つ魔法使いに無理やり狭間から魔素を引っ張り出してもらい、一度に多く入手すること。

 下手したら今までに無い範囲に被害が出る。

 それを止めるために、ステイルは重い腰を上げた。


「ステイル…お前…」


 逃げてもいいはずだ。

 国を見捨ててもやっていける。

 他国に行けばいいだけだ。


 しかし、ステイルは知ってしまった。

 見てしまった。

 軍に所属し、シルバーファングの団員が裏で各地から優秀な研究者や実験体になり得る魔法使いを捕まえて来ては研究者に流しているのを。

 裏を探るために独断でシルバーファングの一員になり、調査を続け、実験体になった物達を部下として扱い、傭兵として働かせた。

 代わりに実験体達の声を聞き、情報を集め、探り続けた。

 結果として、ステイルは真実に辿り着き、どうすればいいか迷ってしまった。

 アルマガル王国を実質乗っ取っている教団の存在を知った。

 シルバーファングの団員にまでその手は伸びていた。

 だが調査対象であった団長達が死んだ今、ステイルはその後を継ぐと決めた。


 分かってはいる。

 情報が漏れる可能性も、関係がバレる危険性も知っている。

 それでもバーバラは言葉にせずにはいられなかった。


「友人にくらいもっと早めに教えてくれよ」


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