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影と歩く  作者: 洞門虚夜
影より深く
19/26

1-5 暗闇通路

 門の先はまた薄暗い洞窟の続きだ。

 並ぶように突き刺さる槍や剣などの武器を見るに、ここは墓場でもあるのかもしれない。


 ここから先は光源も少ない。

 いや、ほぼ無い。

 別れ際に長耳族から情報を聞いていたが、これは時間をかけて安全に進む方がいいかもしれない。


 もらったランタン型魔道具に魔石を入れ、魔素を取り込ませる。

 この魔石は光石とか光る火の石と書いてこうかせき、他にも遠くから見ると浮いている幽霊のように見えたことから幽霊石など、種族や地域によって呼び名も多いらしい。

 王都では幽霊石と一般で呼ばれて、採掘や整備、技術者たちは光火石と呼んでいたと言う。

 確かに、腰に下げたランタンが歩くと揺れていた。




 腰から放たれる青白い光に照らされた通路を進む。

 ここにくるまでに実は何らかの気配を感じていた。

 緑の区域から何かに見られている気がしたのだが、一向に襲って来る事もない。

 しかもすぐに隠れてしまい、気配を辿り辛い。

 一応大体の位置は把握しているが、敵対する時を考えてずっと基本からズレた戦法は見せずにいる。

 面倒だが、逃げ足が速いので面倒臭い。


 一度緑のエリアで捕まえようと追ってみたが、その時は酸の溜まった通路を一直線にすっ飛んでいってしまった。

 その時は赤い布で全身を覆っている事と仮面らしきものをつけていることはわかったが、それ以外はあまりわからなかった。

 おそらく糸状の何かを利用してあの移動を可能にしていることはわかるがそれだけだ。

 目的もこちらを度々観察しに来る理由も分からないままだ。


 今回も、見に来たらしい。

 気がつけば背後の方からついてきていた。

 長耳族の集落を通ってきてるなら門を開けてもらっていると言う事だろうが、いつまで続ける気だろうか。

 …巻いてみるか。


 次の瞬間一息入れてロウは駆け出した。

 暗い洞窟の中、青白く揺らめく光が高速で移動していた。

 しかし数秒後にロウの足は止まる。


「…ここから先はついてこないのか?」


 何故か追って来る気配が無い。

 だが気にしたところでコンタクトを取りに来ないので、ロウはもう気にせず前に進むことにした。




 暗がりの中をワームたちが道を作る。

 新たな獲物が現れたと突っ込んでくる。

 嗅覚なのだろうか、窓の変化を察知しているのだろうか、かなり正確に位置を把握しているようだ。

 それを迎撃しながら潜り続けてかなり時間が経つ。

 半日は経ったのではないだろうか、時計を持ってはいるが最初にこの洞窟に落ちた時から動いていない。


 時間は定かではないが、これだけ動いているのに疲れを感じない。

 今までにこんな経験はしたことがない。

 意識していなかったが息切れもしていない。

 不気味なはずなのに、冷静にこの事実を受け入れられている自分がいる。


 腰にぶら下がっているランタンの魔石を確認しても周囲の魔素が濃すぎてまだ交換する必要はなさそうだ。

 魔素マスクを外したのにも関わらず体調不良にもなっておらず、この魔素の濃さにも一切息苦しさも感じていない。

 むしろ心地よさすら感じる。

 ロウは自分自身がもうすでに一般的な人間ではないのだろうと察している。

 違和感を持ちながらロウはワームたちが作った迷路のような道を歩く。


「これは…」


 ロウは広い通路に出た。

 ワーム達が作ったこの迷路にはかなり広い筋道がある。

 他と比べても八、九倍くらい広いのではないだろうか。

 しかもかなり古いのか、すでにこの通路内に光る魔草がところどころ生えている。

 かなり暗いはずなのに問題なく見えている。

 人間の視界では見えないはずなのに。


 道の端には何か丸いものが落ちている。

 近づいて拾い上げてみると、二つの穴が空いた白い骨のようにも見える仮面だった。


「これは…」


 まるで自分の顔について外れない仮面と同じ素材に見える。

 どこか惹かれる何かを感じる。

 ロウはそれを袋に入れ、先へ進む。




 ゆっくりと歩いていると、この大きな通路に人工物があった。

 よく見ると、レールもあり、トラムの残骸もある。

 街灯もあり、建物の古びた骨組みだけが残っている。

 このエリアに何か作ろうとして途中で断念したかのようだ。

 何があったかは奥に行けばわかるのだろう。

 封鎖するように巨大な円の形をした仕掛けと人が通れる小さな扉があった。

 円形の壁は動かし方がわからず、扉は鍵が閉まっている。

 しかし端の方で洞窟自体の方が脆くなったか摩耗したか、小さな穴ができていた。


 屈んで通った穴の先には暗い通路がまた続いていた。

 しかし、今までの通路と違うことがはっきりわかる点がある。

 端に、蜘蛛の巣があった。

 少し、いや記憶にある蜘蛛の巣から考えてもかなり大きい。

 進むにつれて蜘蛛の巣が多くなる。


 どこかから、視線を感じる。

 どこかから、殺気を感じる。

 手を出してこないならばそれでいいと思っていたのだが…

 目の前から、徐々に左右に広がるように注目が集まるのを感じる。

 一定の距離を保ち続ける多くの殺意を一身に受ける。

 先程までまばらだった殺意が集まった。

 お互いを攻撃していたナニカ達がこちらに意識を向ける。


 ロウが目にしたのは八本の脚を持つ不気味な魔物だった。

 不規則な配置の体の部位や複数の口や頭部を埋め尽くさんばかりの大量の目、発達しすぎた前足を持つ奴もいれば人の部位と蜘蛛の部位がごちゃごちゃに混ざった奴もいる。

 遺伝子に何があったのかと聞きたくなるが、その全てがロウに向けて目を光らせる。

 上、横、前、後ろ、どの方向を見ても彼らはいた。

 ワームをちょうど食べていた奴もいるが、食べるのを中断してでもロウを見ていた。


「まっず…!」


 一匹に見つかれば他の連中にも情報が行き渡っているようだった。

 蜘蛛の糸を通して振動か他の知らない方法で連絡をとっているように見える。

 そして次の瞬間、一斉にロウ目掛けて飛びかかる。

 巨大な鎌のような前足で一気に首を狙いにくる奴もいる。


 ロウは体を低くし、来た道を急いで戻る。

 背後には蜘蛛人達の悲鳴のような声が聞こえてくる。

 聞いていて気分の悪くなる音だ。

 通れないのは分かっているが、それでも近くの壁の瓦礫を積み上げてしまう。


 蜘蛛と言ったら巣を張ってそこに捕まった獲物を食べるものだと思っていたのだが、先ほど奴らは自分たちの巣を、糸を、まるでばねのようにしならせてロウに跳びかかった。

 そのしなりを利用した動きは速く、見極めるのが大変だ。




 蜘蛛人族に関しても知らない記憶の中にある程度情報があった。

 彼らは他の種族同様に実験で生まれたが、適合がうまくいかずに多くの者達が亡くなったとされているが…ロウが元々持っている知識と少し違う。


「別の道を探すか…」


 ロウはできる限り戦闘は避ける探索者だ。

 理由は複数ある。

 まず戦闘を一回行うだけでも集中力が必要になる。

 相手も殺されたくはないので、抗うし死に物狂いで生を掴むか相手の命を奪いに行く。

 そして連戦を繰り返せば集中力は落ちる。

 精神的な疲れも出るし本当に疲れるほど戦闘をすれば隙が生まれる。

 もしも多くの魔物や野生動物が生息する場所で少しでも隙を晒せば下手したら命の危機に陥る。

 また、戦闘を繰り返すと装備が摩耗する。

 それこそ、肉を切り続けていただけだとしても切れ味は徐々に落ちていくもの。

 できる限りそういう面倒を減らしたいという思いからロウは拾った武器を使ったり使い捨て出来るボロボロのものを扱ったりして、強敵の時のために地震の武器は使わずにいる。




 結局トラムの走らなくなった整備されていた道を歩いていくことにした。

 天井には通路を照らす魔導ライトがあるようだが魔素が流れておらず、この暗闇を照らしてくれない。


 しばらく歩き続けると、何もない通路で流石に飽きてきた。

 むしろなぜこんなにも魔物や野生動物もいないのか。

 たまに虫が飛んでいたりするが、奴らの巣は壊れた天井のライトにあり、それに近づきさえしなければ特に何かされるようなこともなかった。

 途中、他の道と合流した。

 進むにつれて合流する線路も増えた。

 地下帝国のあちこちに繋がっているのだろう。

 もしまだ稼働可能なトラムが残っていれば乗ってみるのも悪くないかもしれない。


 駅に到着した。

 線路の数を見るにかなりの使用率だったのかもしれない。

 駅もかなり広く、壁に描いてあった地図を見ても数回迷いそうになった。

 一体何があったらこんなにも広い帝国が滅びるのだろう。


 駅から出ようと思い角を曲がると今までで一番広い空間が目の前に広がった。

 カーブした窓が一面を覆っている。

 その窓から街並みを見下ろすことができる。

 この街は縦にも広く、かなり独特な作りになっていた。

 恐らく地下にあるが故の作りなのだろう。

 そして窓の前のベンチに座っている人物がいた。


「おや珍しい、旅人かな?」


 穏やかな声で言うのは笠を被っている白髪のお爺さんだった。

 腰には長さの違う刀が二本、恐らく二刀流。


「其方もこの綺麗な街を見に来たのかい?」


「俺は…」


「ん?

 面白い魔力の流れをしているね」


「…」


「おっと、これは失敬。

 すまんなぁ、長いこと他人と喋っておらんかったのでのぉ」


「いえ…」


「ここは初めてかい?

 お詫びと言っては何だがこの【帝都ファルウェイル】を案内してやっても良いんだが…おっと、自己紹介もしておらんかったな」


 爺さんはよっこいしょと腰を上げ、こちらに向き直る。


「わしはサイゾウ、【アキヅキ=サイゾウ】。

 この遺跡に関してはちぃっとばかり詳しいぞ」


「ロウ=ホラッドだ、よろしく頼む」


 ロウが挨拶を返すくせに警戒を一切崩さない姿を見た老人は、


「こんな場所に来るのも限られた人しかおらんし少しは信用してくれても良いと思うんだが」


「…」


「そのうち信用できる関係になるだろう。

 多くの旅人を魅了した神秘を見にきたもの同士、よろしく頼むよ」


「よろしく頼む」




 それから二人は駅を出て街を散策した。

 暗いはずの地下で、視界は良好だった。

 理由は街灯にある。

 街灯がしっかりと光を発している。

 整備している者がいるのだろうか。

 もしそうならどのように生活しているのだろう。


 サイゾウは店だったのだろう建物や公園らしき空間、いまだにしっかり動いている下水道など、色々な場所を案内した。

 それでもロウは警戒を怠ることはなかった。

 そして出会った。


「…魔物…?」


「おお待て待て、そいつらは攻撃して来ない」


「…?」


 実際、止まって見ていると彼らは何も言わずたまに唸るだけでヨロヨロと歩き続けていた。

 よく見ると、皆穏やかな顔をしている。

 しかも違う場所ではゆっくりだが、魔導街灯を点検しているような動きをしている。


「まさか…」


「そうなんだ、彼らは命も服も肉体もなくしたのに、魂が残った骨だけの体を魔力で動かし、この街で生きている」


 ロウは剣を戻し、サイゾウの後について行く。


「彼らは元々この国の民だったそうだ」


「…そうだ?」


「ああ、これは聞いた話なんだ、今その人のところに向かっている」




 たどり着いたのは古びた石造りの家だった。

 家…というより小屋だろうか。

 扉はついているが外壁に沿って作られていてこぢんまりとしている。

 サイゾウがドアを開くと、ベルの音と共に光が目に入る。


「おや、サイゾウか」


「やあ魔法使い、また来たよ」


「全く…私は研究者だと言っているだろう」


「今日は客人を連れてきた」


「何だって?

 珍しいね」


 そこにいたのは店の中で服を着ていて、しかも生きている耳長族の人だった。

 黄色い髪は背中まで伸びていて、目は他の耳長族同様に緑。

 違いがあるとすれば頭の角だろうか。


「君は…」


 魔族はロウの顔を見て少しびっくりした顔をした。


「俺の顔に何か?」


「ああいや、昔見たことがあるような気がしただけだ、気を悪くしたならすまない。

 私は【エルヴィス=ノーティカ】、先ほども言ったが研究者だ」


「ロウ、探索者だ」


「よろしく頼むよ、それで今回は何を?」


「街の案内だよ、この亡霊の街はアンデッドだらけだ、下手すれば全員魂すら消されてしまう」


「なるほど、そこは感謝しておくよ。

 ここで最後かい?」


「いやまだ途中だ」


「ならロウ、あとでここに来てくれ、話がある」


「わかった」


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