1-4 長耳戦闘部族の集落
前方には人工的な扉があった。
魔素の流れも感じるので、結界のような仕掛けがあるのだろう。
警戒しながら扉を開くと木製の家や部屋がたくさんあった。
開けた場所では木刀や木の槍などで模擬戦をしている長耳族を目にした。
皆よそ者が現れたことに驚いたのかロウに視線が集まった。
「誰だ貴様、どこから来た」
「…誰…お前…何処…ああ…ええと…こうか?」
「何を言っている、わからんぞ」
「俺は、探索者、ロウ=ホラッド、ロウと呼んで、くれ」
長耳の一人、戦闘を行っていた者に声をかけられたが理解できなかった。
いや、その言語を知らないはずなのに記憶の中にあった。
徐々に言語を結びつけて行き、ある程度わかるようになったが多少のずれがまだあるようだ。
記憶上のこの言語から少し離れてしまっているのは時間の流れのせいだろう。
…何故そこまで理解できたのだろうか、こんな記憶知らないはずなのに…
「ロウか、それでどこから来た」
「この地下帝国の外から来た。
地面に穴ができ、落ちてきた」
そう言った途端、それぞれで話し始めてしまった。
「外からだって!?」
「地下帝国ってまさかあの!?」
「伝承の話のか?」
「なんだあの顔、見たことない種族だ」
その声を聞いて気が付いた。
この空間はかなり綺麗な空気が流れている。
よく観察するとこの空間の周囲を囲うようにあちこちに結界や通路を塞ぐように結界が張られている。
「というかお前、汚いな…」
「え」
よく自分の身体を見ると、装備が埃やキノコの胞子、所々返り血などでかなり汚れていた。
「すまない、ここにこんな場所あると知らなかった」
「…とりあえず一旦着いてこい」
「わかった」
通路側に小部屋があり、そこに案内される。
部屋に入ると汚れを洗い流すためのシャワーと服や装備を洗える場所があった。
「綺麗になったらこいつに言え、その間に長に聞いてくる」
「わかった」
さすがにすぐにぺらぺらとしゃべれるわけでもないし瞬時に聞いた言葉を理解できるわけでもない。
頑張って噛み砕いて誰のものかもわからない記憶と照らし合わせていく。
…正直かなり面倒だ。
「石鹸があるのか」
洗い場には石鹸があった。
上で見た街灯と似た仕組みとデザインのライトがあちこちにある。
ここも昔はファルネスト地下帝国の一部だったのだろうと思い洗濯が終わった後に聞いてみたのだが…
「いや、正確には条約を交わした仲だ。
だから帝国の物も昔流れてきた物もあるしいまだに技術もある程度は残っている。
書かれたものをいまだに残してあるからというのもあるがな」
よく見てみると、この空間だけでかなり多くの施設があることが見てわかる。
鍛冶場や先ほどの訓練所、研究施設らしきものなどもある。
しかし見たところ人数はそこまで多くなく、百人いるかいないかくらいだ。
戦闘を見る限りだと多くの者たちが幼くともかなり戦えている。
壁や建物すら利用したあの動きは見事な物だ。
「何故ここまで強くなった?」
「…本当に外から来たんだな」
「嘘は、言ってない」
一応、記憶の中に似た言語があってそれに照らし合わせているから間違えたら言ってくれと伝えたのだが、案外すぐに納得してくれた。
彼らが喋っているのはこのファぁルネスと帝国で一般的に扱われていた【ファルステッド語】と呼ばれる言語らしい。
「わかったわかった、っていうかいつまでそんなのつけてんだ?」
言われてみれば、長耳族のみんな普通に過ごしている。
ここの魔素はそこまで濃くないのかもしれない。
もしかしたら何らかの魔道具を利用しているのかもしれない。
「ああ…忘れていた、これも洗ってくる」
「早くしろ」
「すぐ戻る」
すっかり顔に馴染んだマスクを忘れていた。
洗い場に戻り、マスクを外す。
ぐらりとバランスを崩しそうになる。
頭が痛い。
「うっ…あがっ…」
その痛みも数秒後にはさっぱり消えていた。
「なんだ今のは…」
ここには鏡もある。
かなり古い物だが丁寧に扱っているようだ。
その鏡を見ると、そこには自分の顔がなかった。
そこにあったのはのっぺりとした骨のように白い仮面だった。
顔にぴっちりと着いていて取れない。
まるで人の頭蓋のような見た目のそれは左右を両耳の前まで、上下を額から鼻下まで。
目の位置に穴はあるが、肌も目も見えない。
まるで中身がないようにも見える。
恐る恐る、指を差し込んでみる。
何も、感じなかった。
剥がれない仮面の奥は虚無だった。
不気味で仕方がない。
とりあえず、これ以上待たせないために早く出よう。
マスクを洗い、拭き、小屋を出る。
「お前…そんなに顔見られたくないのか?」
「いやそういうわけでは…」
「まあ良い、長がお呼びだ。
着いてこい」
「…」
たどり着いたのはかなり背の高い椅子に腰掛ける長耳族四人の前だった。
緊張感がある空間で、ロウは道案内してくれた彼に習って礼をしてから部屋に入る。
「ほう、人がまだ残っていたか」
「もしやこちら側の人ではないか?」
「…」
「かなりの腕と見える」
大昔、ロウのいた街には耳の長い言葉の通じない種族が出たと言う記録が残っている。
残っている理由はその耳長族が残した影響によるもの。
彼は長年生き、その中で言語を習得し、魔素と魔力の知恵を与えた。
結果、この町とその周囲が魔素技術を発展させた。
それも大昔のことだが、記録に残るほどの功績を残していっている。
ただしどこからやってきたのか、故郷はどこなのか、記憶がなくなっているとされていた。
おそらく記憶喪失になったか、仲間の位置を隠したのか。
どちらにせよ、魔道具か魔導装置を使って出てきた穴を隠したのだろう。
でなければ見つかっていてもおかしくない。
そんなロウの考えは次の提案に止められる。
「一度手合わせでもしてみないか?」
「おお、それは良い」
「強き者を尊ぶのが我々だ」
「良いか、旅の方」
「構いませんが、どのようにしましょう」
彼らの顔を見ると、お互いを見つめあっていた。
「今回は俺が行こう」
「では拝見させてもらおう」
我々は広場に出て、注目を浴びながら対面した。
目の前の彼は髪を後ろに流して肩まで伸びている金髪をそのまま自然にしている。
手に持っているのは木製の棒だ。
戦闘では槍を持つのだろう。
自分も木剣を持ち、対面する。
「この石が落ちたら開始だ、ヴェイラ、投げてくれ」
「わかったわ」
注目の中、小石が落ちるのを視界の端で捉える。
カンッと落ちる音と共に木の棒の先端が顔面の目の前まで来ていた。
かなりの速さだが、横にずれることで回避する。
そのまま回転を利用して剣で棒を弾く。
そのまま懐に入り、首に剣を当てて終了。
「まいった」
「見事!」
「かっけえ」
「あやつの動きしっかり見ておけ、必ずお前の力となる」
「なんて速さだ」
その後、周囲ではどこまでできるのだろうかと話が聞こえてくるが、長たちは自分たちも相手をしたいと笑顔でやってきた。
そう、この長耳族たちは戦闘での強さをかなり重視する。
結果、最終的に長の全員に勝利したことでかなり受け入れられることになった。
「おいあいつだ、外から来ためっちゃ強いやつ」
「長を倒したってのは本当か!?」
「全員倒して見せただって!?」
あの場にいなかった連中にも噂は広がった。
しかし、宿や食べ物までどうぞどうぞと寄越してくれるのはどうなのだろう。
ロウはこの集落の長になるつもりもないのだが…
「受け取ってくれ、そしてこの先へ進むことも許可しよう。
知らぬようだから説明するが元々我々に認められるほどの実力がなければそもそもここを通すなとファルネスト帝国と契約を結んでな」
「なるほど」
「ここから先は蜘蛛人族の領域だ、無理に止めはしないし止めもできないが、行くならば気をつけろ」
「あやつらは個人差が激しい」
「会話が通じると思わぬことだ」
結局、少し休んでからロウは開かれた門の先へと進むことにした。
長たちの座が一番近くにあるのを不審に思いながら、門を通る。
地上に出る場所を探して彷徨っているが、徐々に地下に降りていっている。
しかし地下深くに進めば進むほどもっと深く、もっと奥へと進めと言われている気がした。
記憶が、自分の知るものでない記憶が語りかけてくる。
進み続けろと。
その奥に目指すべきナニカがあると。




