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影と歩く  作者: 洞門虚夜
影より深く
17/25

1-3 ファルネスト地下帝国跡

 昔の遺跡にでも来ている感覚で人気のない町を歩く。

 まばらについている街灯で薄暗くもしっかり見えている。

 この大空洞はかなり広く、おそらく町一つ丸々収まっているだけでなく、ある程度周囲にスペースが空いている。


 ドーム状のこの空間が地下にあったにも関わらず、今まで何年も気が付かれていなかったなんて奇妙だ。

 そう思い、ここに辿り着いた時に開いた石扉の他に魔道具らしきものはないか探してみた。

 すると中心部らしき場所には巨大な塔があった。

 今は何も感じないが、俺のものではない記憶は魔導回路が使われている代物だと言っている。

 一応魔力や魔素に動きがあると、周りの魔素もそれに反応してある程度感知できるはずだが、それを感じないと言うことは機能していないと言うことだ。




 しばらく歩き回っていると、町はずれに墓地があった。

 特に気になることはないのに、何故か惹きつけられる。

 おそらく俺のものではない記憶が、この場所に何か思いがあるのかもしれない。

 とりあえず全ての墓の前に行き、片膝立ちになり、右手を左胸にグーの形で当て、目を閉じて少し頭を下げる。

 昔の人に通用するかはわからないが、少なくとも俺が知っている祈りの捧げ方だ。

 神を信じていたり何らかの信仰があるわけではないが、形式だけでも何か礼儀としてした方がいいと思った。


「おお、礼儀を示してくれて感謝するよ」


 いつのまにか、背後から気配を感じていた。

 先ほどの爺さんがそこにいた。


「彼らは大災厄に巻き込まれたこの国を守るために最後まで戦った英雄たちの一握りじゃよ」


 おそらくこの大災厄とはこの地下帝国が滅んだ原因だろう。

 何年前のことかはわからないが、かなり昔の出来事だ。


「お主に言い忘れてたことがあった」


「なんでしょうか」


「もし精神だけになっても囚われの身のままの奴らがいたら解放してやってくれんかのう」


「それは…」


「全員とは言わん、依頼ではないし報酬も君の欲するものはないだろう。

 ただ、ここまで礼儀を尽くせる君になら、たくせると思っての」


「もし遭遇したらできるだけはします」


「感謝するよ」


 お別れする直前に何か思い出したようにあっと口にする。


「もし我が娘と出会ったらよろしく頼む」


「えっ、待っ」


 返答を待たず、そのまま足元から徐々に頭までサラサラと粒のように、風に吹かれて流されるように形を崩して飛んでいってしまった。

 瞬きをした時一瞬だけ、今の服装と違い、まるでどこかの王様のような見た目になった老人を見た気がした。


 老人はゴーストだったのだろう。

 …いや、あそこまではっきりとした意識、多分レイスだ。

 初めて見たが、ここまではっきりとした意識を持つものなのか。




 墓地から少し離れた壁際に斜め下に向かう道があった。

 ここから先は魔物の気配もする。

 一度、深呼吸をする。


「よし」


 道への警戒をしながら一歩踏み出す。






--------------------






 しばらく進んだが、かなり温厚に過ごしている魔物が多い。

 ある程度進むと体を丸めて転がってくる人の半分ほどの大きさのコロガリムシがいた。

 名前は知らないから勝手に命名した。

 奴らは柔らかいが筋肉がしっかりとした内側を丸めて硬くて棘の生えた外骨格で相手を轢き潰す。

 探索者になりたての頃に実際にその餌食になった死体を見たが、一直線に棘の跡であろう穴と弾かれた時の骨折などがひどかった。

 遺体回収という依頼をたまに受けていたから死体にもかなり慣れていたがあの死に方は嫌だと正直思った。


 コロガリムシの弱点は転がった後の隙がでかいこと、つまり避けれるならば問題はないが、かなりの速度で転がってくる上に個体によってタイミングや動き方も違えば棘の部分で急に跳ね上がる。

 家族連れだった時は安全第一でないと、跳ね回る棘付きの球があちこち転がったり跳ねたりすることになる。

 洞窟の中だと場合によっては狭すぎて避けられなくなる。

 対処方法を知っていなければ難しい相手だが、このような魔物があちこちで生息しているのがこの洞窟らしい。


 他にも町にたどり着く前に遭遇した蜂のような魔物にも複数遭遇したが、近くに生えていた野生の花に夢中だった。

 おそらくあの花も魔草の類だろう。


 やはりというか、地下帝国というだけはある。

 この魔物の巣と化している場所も昔は帝国の人の通る通路の一部だったのだろう。

 人工的な段差やベンチをたまに目にする。

 石材で作られた部屋らしきものもあるが、何も残っていない。


 地上に戻る道を探しているが、どこへいっても行き止まりがある。

 三次元に空間を把握しなくてはいけないこの地下帝国跡だが、来た道を覚えていないとすぐ迷子になりそうだ。

 壁や地面に自分にわかる目印を残してはいるが、気を抜いて忘れたら目も当てられない。




 そんな地道な作業を続けて数時間経過しただろうか。

 目の前には開けた空間、奥にはどう進化したのかわからない後ろ足で立つカブトムシのような魔物が背を向けて何かをしている。

 背丈は人の倍以上あり、足の太さも比例して大きいが、前足が腕のように変化しており、器用にものを掴めるようになっている。 その手に持っているのはコロガリムシの殻と長めの鉄の棒を利用して作られた武器。

 しかもしっかりと綺麗にしているらしい。


 少し近づけば食事中だとわかる。

 ならばと即座に撤退しようかと考えたのだが、


「シャアアア」


 退路を別のコロガリムシに塞がれてしまった。

 即座に飛び退いてそのままコロガリムシの突進を見守る。

 食事中だった魔物の背中に突っ込み、跳ね返って止まった。

 わかりづらいので立っているカブトムシ型の魔物をスタンディングビートルと呼ぶことにする。

 スタンディングビートルが振り向きざまに大槌を一振りし、コロガリムシを壁まで吹き飛ばし、そのまま命を奪う。


 その瞬間を狙って、死角から回り込み上段からの斬撃で首を落とそうとしたが、ギリギリで避けられてしまった。

 しかし完璧には避けきれなかったようで前足と中足の片方を切り落とした。

 そのまま斜めの斬撃から体を捻りながら横への斬撃へと繋げる。

 すると飛び退いたスタンディングビートルの腹側から綺麗に関節部分を切り裂いた。


「一体どこでこんな武器の扱い方なんて学んだんだ…」


 前足で武器を操っていた姿は見事なものだった。

 鍛錬をしていなければあの体型で扱えるようなものではなかった。

 もしかすると他にも似たような種族が存在するかもしれない。

 今回は不意打ちが決まったからいいものの、毎回そうとは限らない。

 もっと気をつけなければいけない。




 しばらく探索していると、明らかに違う環境を見つけた。

 先ほどまで石材の洞窟のようだったが、目の前に広がるのは一面の緑。

 この地もいずれ我々のものだと言わんばかりに植物たちは伸びている。

 奥に進めば進むほど環境が変わったことがわかる。


 所々酸の雨が降っていたりするのだが、上を見てみると洞窟の天井に多くの植物が住んでいる。

 そこから落ちてきているのをみるに、ここの植物はかなり危険かもしれない。

 他にも嘴から突風と共に獲物へ突っ込んでいく鳥や酸の中を泳いでいる魚もいる。

 見たことのない生態系が生まれていた。

 壊れた街灯の中には虫や鳥の巣ができている。






 ここにきて一つ気がついたことがある。

 腹が減っていない。

 鳥を見て思い出したが、腹も減っていなければ喉も乾いていない。

 そのくせ動き辛くなったり息切れしたりもしていない。

 異常だ。

 自分の身体に対する疑念や不安、疑問も増えた。

 それに上へ向かう道も未だに見つかっていない。





 またしばらく潜り続けた。

 深くいくにつれて様々な環境に分かれていることがわかった。

 この迷路のように広がっている洞窟はものすごく広い。


 まず最初に見つけた上層にあった地上との繋がりがあったであろう町。

 次にその真下に続く灰色の地面、壁、そして天井。

 ある程度進むと複数の道に枝分かれしている。


 まず横に進めば緑の多い植物と酸のエリア。

 地下に長いこといて東西南北はわからないがその真逆方向におそらく【へラック山】がある。

 なぜそう考えたかといえば魔素結晶や魔石、多くの鉱物を発見できるエリアが真逆にあったからだ。

 元々過ごしていた地上の町も亡霊の巣というダンジョンも、へラック山の麓に位置している。

 このエリアには動く屍が少数いたが、周りにしっかりとした採掘場用の施設や道具もあったにも関わらず何も考えていないかのようにボロボロの鶴嘴で採掘を続けている。

 少しだけ…いやポッケや小袋に入れられるだけ入れて帰った。


 緑と酸のエリアはかなり広く、思っていたより植物たちは周りへ侵食しているのだろう。

 ここに来るまでにかなりの時間が経っている。

 

 もっと深くへ行くと空気を濁らせるほど胞子が飛んでいる菌類のエリアがあった。

 マスクがなければ発作でも起こしてしまいそうなほど空気が悪い。

 大小さまざまなキノコが生えており、正直言って早くこのエリアを通り抜けてどこかできれいにしたい。

 埋め尽くすようにあちこちからキノコ類が生えているにも関わらず生えていない道が存在する。

 この中に道があるということは頻繁に通っている存在がいるということだ。


 マスク越しに見える景色はかなり濁っている。

 足音が聞こえたので巨大なキノコたちの裏に隠れてみると、二足歩行のつぶらな瞳を持ったキノコが先ほどの道をのっそのっそと歩いていた。

 ここに来るまでファルネスト地下帝国の元国民であろう動く死体をあちこち散見したが、ここにもちらほら現れている。

 そのままキノコ人間を観察していると、まるで会話するように道端に生えているキノコたちと向き合って頷いていた。

 その後、動く屍を壁に叩きつけるキノコ人間という知らない人に言ったら夢の話かと思われそうな場面を目の当たりにした。


 とりあえずできる限りキノコたちに危害を加えずに動く死体のみを攻撃して動いていた。

 すると、次に遭遇したキノコ人間にお辞儀をされた。

 彼らなりの感謝の示し方なのだろうか。




 それからさらに数日かけて進めば、生えているキノコ達が少し小さくなっているように感じた。

 その理由はすぐにわかった。

 人ほどの大きさのカマキリが黙々とキノコを食べていた。

 先の方を少し覗いてみると、木製の枠組みや部屋が現存している。

 それどころか、最近まで誰か使っていたかのような生活感すら感じる。


 そんなことを考えていると、食べ終わったのかこちらに気が付いたのか、鎌を構えてこちらを見る大型カマキリと対面した。

 無言だった。

 片手剣を構え、カマキリと同時に前進。

 横に回転しながら剣を振り抜く。カマキリはそのまま両断された状態で倒れ伏す。


 衝突の瞬間は一瞬だった。

 片方の鎌をフェイントに使い、本命で綺麗に殺すつもりだったのだろう、そのまま回転で避けてその勢いのまま胴を切り裂いた。


「にしても人間味のある魔物だったな」


 先ほどのカマキリはこちらに気が付いていながら奇襲をせず、鎌を構えてこちらが準備するのを待っているように見えた。

 どう動くのか判断するために少しわざとらしく隙を見せたのだが、それこそ真剣勝負しようと言わんばかりの行動。

 その上両鎌とも器用に扱い、フェイントまで入れてきた。

 対人戦になれているように感じた。


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