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影と歩く  作者: 洞門虚夜
影より深く
16/26

1-2 亡霊の巣

 俺の名前は【ロウ・ホラッド】、二十二歳の探索者だ。

 元々ファルネスト帝国の一番謎の多いダンジョンである【亡霊の巣】に一番近いケーヴェの町を活動拠点としていた。

 しかし、今現在俺の目の前には洞窟のような通路が見える。

 確か…


 そうだ、思い出した。

 確か広範囲の攻撃をしてきた魔物がいて…逃げ遅れた他の探索者を助けようとしたら巨大な大穴が真下にできた。

 そのままダンジョン内に落ちていったのを覚えている。

 結局他の人達も落ちていたが、近くにはいないようだ。

 しかし一体あの大穴はなんだったのか、大きな口のように開いたが…


「誰かいないか?」


 声をかけても返事はない。

 しかも落ちたであろう穴がすごく遠くに見える。

 流石にこの壁を登るのは危険が伴う。

 むしろあの高さから落ちたくせに死んでいないどころか四肢も平気なのは異常だ。

 何かがあったのだろうが確認する術もない。


 背中には両手でも片手でも扱える大物相手用のバスタードソードが一本、腰には対人戦によく使っている片手剣と使い勝手のいい短剣二本。

 数は少ないが牽制用の投げナイフに魔石ランタンなどのセットもある。

 応急処置キットもあるが生きていくのに必要な食料が無い。


 いったいどれだけ寝ていたのだろうか、振動も音も響いてこないことからおそらく戦闘はもう終わっているのだろうが穴も遠すぎて現状が把握できない。

 とりあえずこの洞窟を進むしかなさそうだ。

 穴から差し込む光がない洞窟は暗いと思っていたのだが、案外見えている。

 それどころか目を閉じても周りを把握できる。

 …こんなこと落ちる前はできなかったはずだが…

 一応目を閉じても魔力の動きに釣られて動く空気中の魔素をぼんやりと方向だけ把握することはできたが、それでもここまでくっきりと生えている草や壁の位置まで把握なんてできなかった。


 やはり気絶している間にこの身体に何かが起きたのだろう。

 一応特殊な光る魔草やキノコ類は見られるがそれでも肉眼では見辛い。


 しばらく歩くと何かの羽音が聞こえた。

 警戒しながら進むと少し開けた空洞に人の三割ほどの大きさの空飛ぶ蜂に似た虫が三匹いた。

 しかもそれぞれが魔力を多く持っている。

 つまり奴らは魔物だ。

 だが今まで見たことのない魔物だ。


 元から一人で隠密行動をとり、隠密が必須の依頼もこなしていた。

 そのこともあって足音を立てずに歩いていたが、おかげでまだ気づかれていないようだ。

 先手必勝とばかりにこちらに向いていない蜂型魔物へと片手剣を持って跳躍一つで突っ込む。

 足に魔力を多く集めることで早く移動したり、跳躍力を増すことができる。

 そのまま切り裂きながら振り向き、現状を確認する。


 上下に両断された虫が落ちると同時に落ちた体液が地面を少し溶かした。

 そこから湯気のように煙が上がる。

 あの体液に当たると剣がダメになりそうだ。


 他二体の蜂型魔物の内一体が突進、もう片方が腹部を膨らませてこちらに尾を向けている。

 突進するタイミングに合わせて横に体をずらし、すれ違う時に縦に斬る。

 タイミング良く斬ることで下腹部の体液に当たらずに殺せる。


 その直後、頭上から体液を噴射してくるので跳んで避ける。

 見た限りではかなり直線的に射出されるようだ。

 考え事をしていたら魔力の流れを感じた。

 すると体液を出して細くなっていた下腹部がまた徐々に膨らんでいた。


「面倒な…」


 近づくのは危険と判断して高いところから一方的に射出してきた。

 しかも器用に一度に全部は出さず、連射しながら狙ってきた。

 走りながら避けるが、逃げるだけでは倒せない。


 魔力を軽く投げナイフに込め、頭部めがけて投げた。

 簡単に避けられるがその一瞬で十分だ。

 脚に魔力を込めて跳躍、そしてしっかり狙って両断。

 もっと多かったら厄介だったが偵察部隊だったのだろうか。

 少なくともこちらとしては三体で助かった。


 落ちた投げナイフを回収し、先へ進む。

 背丈が膝下まであるダンゴムシのような、ゲジゲジの足を短くしたようなのそのそ動く虫型魔物がいた。

 警戒はしていたが、特にこちらに興味はなく、近くにあった魔草をむしゃむしゃと食べ始めた。

 温厚な魔物のようだが、怒らせたら凶暴になるタイプかもしれないので警戒しつつも素通りした。


 それに群れてないと言うことはそれだけ個として強いか、多くの攻撃に耐性を持つほど硬くなったかだ。

 どちらにしても厄介極まりないのでここはスルーだ。




 そこからさらに進むと、洞窟の中だと言うのにまるで整備された道のように石畳や壊れた街灯などが目に入る。

 警戒をさらに強めながら前を向く。

 行き止まりかと思いきや、魔石から作られたかなり大きな石扉だった。

 手をかざすと円形の模様が光り出した。


 光はすぐに消え、ゴゴゴと音を立てながら扉が徐々に開き始める。

 まず視界に入るのは規則正しく並んだ魔素で動く街灯、しかし複数壊れて光る蛾の巣になっている。

 信じられないのが、ものすごく古いのにまだ動いていることだ。


 魔導街灯は魔石を入れることで魔石から魔素を吸い取り、そのエネルギーを光に変える魔道具だ。

 こんな非効率なものを使っているのかと少し考えたが、良く見たら魔石を入れる場所もなければ見たことのあるデザインではない。

 それもそのはずで、ここがもし本当に亡霊の巣であれば、大昔の地下帝国があるはずだ。

 つまり何世代も昔のものだ。


「これは…魔石を粉にしたものを再度形成して作った線を繋げて作られた電灯…いや魔石街灯…うぐっ」


 突如、頭痛に見舞われる。

 景色が歪む。

 記憶が歪む。

 まるで複数の映像を見ているかのように。


「なん…だ、これ…」


 俺は意識を手放した。






 違和感は確かにあった。

 人間では到底生きられない高さから落ちても怪我がない。

 他にも一緒に落ちたはずなのにその死体すらない。

 物を溶かせる体液を射出する魔物なんて見た覚えがないのに、驚くより先に面倒だと思った自分。


 そして最もおかしいのは記憶の内容だ。

 今ならわかる。

 そもそもファルネスト帝国の真下にあるのは亡霊の巣だとわかっているはずなのに過去に地下帝国があったと自分自身の記憶が言っている。

 俺の記憶では亡霊の巣は大昔にゾンビが多く現れたが全員軍によって一斉に掃討され、それ以来増えなかった。

 しかも狭い洞窟で、確かに奥には謎の多い精霊のゴーストが現れるだけのはずだ。


【精霊】と呼ばれるのは魔素の多い場所で感情や意志に大きく揺さぶられた塊がその感情や意志の元で動き出し、遂には自身の意識まで持つようになった存在のこと。

 その中でも【ゴースト】と呼ばれるのは死者の魂を取り込み、記憶も保持しているためその記憶に行動が左右されることが多い。

 魔力の塊であるため、分解させられたらすぐに消えてしまう。

 肉体の体が無いため魔力をかなり遠くまで伸ばせるので、奇妙な現象を起こして生者を驚かせる場面も目撃されている。

 実態がないためか、保持している記憶上の姿に自然となるとかないとか言う説もある。

 他にも聖者に取り憑いて体を乗っ取ったりするらしいが、亡霊の巣ではその名の通り、ゴーストは誰かを乗っ取るでもなくただただ居座り続けている。

 さらに強力になり魔力を多く蓄えるとまるで実体のように魔力でできた体を作れるようになり、【レイス】などと呼ばれるようになる。


 この洞窟で起きた時、自分はそこで行き止まりであるはずなのにも関わらず、もっと奥があると確信を持っていた。

 意識を失っている間に記憶がおかしくなっている。






「はっ」


 目が覚めた。

 周りを観察すると洞窟の中のままだったが、ベンチの上に寝かされていたようだ。

 …ベンチ?


 近くには光がついている丸めの家があった。

 …ここは地下だ、なぜ家がある?

 周りを見るとまるで町のようだ。

 しかもかなりの数の建物がある。

 だが人の気配がほぼしない。

 生きていた形跡が少し残っているがかなり古いものだ。


 …いや、この景色を知っている。

 ここは地下帝国の一番上の層だ。

 一番端にあるが故に地上と交渉や交易もし、活発であった。

 …もう記憶がぐちゃぐちゃで混乱している。


「おや起きたのかい」


 声をかけられ、ふと背後を見る。

 そこには古そうなフード付きの全身を覆うマントを着た老人がいた。

 少し離れた位置に明かりのついた家があったが、あれが老人の家だろうか。


「どこからきたのか知らないけれど、この大空洞の中ならばまだ安全だ、みんなが魔石を拾ってきたものをまばらに街灯に使っているから暗すぎたりもしないよ」


「ありがとう、ございます」


 自身の体を見ると、布がかけられていた。


「あ、この布もありがとうございます」


 そう言って畳んだ布を返そうとするが、


「ああいいよいいよ、持っておきな、見たところ持ってなさそうだしね」


「…ではお言葉に甘えて」


 確かに今現在の荷物は最低限しかなく、寝る時の不安もあったためありがたく頂戴する。

 それに布は色々と役に立つ。


「それではおじいさん、助けてくださりありがとうございます、俺はこれで」


「おお、気をつけるんじゃよ」


 そこでふと違和感に気がつく。

 …なんでじいさんはこんな魔素の濃い場所で魔素マスクも付けずに住み慣れた場所のような態度だったんだ?






 去っていく彼の背中を眺めるじいさんの瞳は懐かしいものでも見るかのようだった。


「それにしても人が入り込むなんて久しぶりじゃ…何年振りの客人かのぉ…」


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