表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影と歩く  作者: 洞門虚夜
アルマガルの火
14/15

0-14 アルマガルの火

 嘘だ。

 嘘だ。

 嘘だ嘘だ嘘だ。


 解放されてから数時間が経った。

 こちらの人員もかなり減った。

 バーバラに遠方から指示を受けながらペイルハンマーの残ったメンバーで混乱状態の軍事施設に乗り込んだ。

 そうしないとすぐに殺されるからだ。

 皆で協力して相手の混乱を悪化させ続けなければ私たちは一瞬で捕まる。

 だから司令塔であるバーバラの指示に従いここまで来た。


「ああぁぁ…そこにいるのは五一九か…?」


 やけにくぐもった声で目の前の【魔物】は尋ねてくる。

 何故何も相談してくれなかったのか。

 何故一人で行ってしまったのか。

 …いや一人で向かってくれたのは人員の少ない状態で私を早く見つけるための時間稼ぎだ。

 それでも感情というにはすぐに納得してくれないようだった。


「無事で…良かった…」


「ステ…イル」


「ああ、五一九…次の任務だ…」


 体は変色し、あちこちから結晶化した魔素が生えている。

 目の色も変わり、肌もあちこちパサパサしている。

 ここまで魔素中毒が進行しているのは見たことがないが、これではもう助からないだろう。

 見たところ意識を保っているのがやっとのようだ。

 それでもステイルは片手で自身の胸を押さえ、もう片方の手で自身の頭を指してこちらをまっすぐ見ていた。

 彼は自身の状態を理解していた。


「…っ…了解」


 一瞬、ためらった。

 躊躇したことを後悔した。

 何故ならばその一瞬の間にあの狂った博士の助手が得体の知れない注射をステイルに刺し、思いっきり内容物を流し込んだからだ。

 気がついた時にはもう遅く、助手を切り倒した時点で手遅れだった。


 直ぐにステイルも何か変化が起きてしまう前に斬り殺そうとしたが、十人以上の役漬けされた研究者達が邪魔してきた。

 注射の効果は早かった。


「うぐっ…ぐぉぉぉおおおお!!」


「ステイル!」


 残りの研究者も一人以外殺した。

 駆けつけようとしたその瞬間、ステイルを中心に魔力の高まりを感じた。

 身体中に生えていた魔素結晶も成長し、見た目も変わり、人型の魔物が出来上がった。


「ハハッ、遂に、遂に完成しましたぞぉ!

 人工人形魔物の誕生ですぞぉ!」


「アァ…アア…」


 最後の一人も首を切り、ステイルを見る。

 角のように鋭い魔素結晶が肩や背中から生え、肉体そのものが物質から変わっているようだ。

 硬そうな皮膚、原型を崩して巨大化する腕の先端。


 ああ、魔物だ。

 しかも今までにない人為的に作られた完璧な薬だ。

 特に魔素を多く保有する魔物だ。

 変形していく中で見えた胸に埋め込んであった装置が魔素を魔力に変換して身体中に送っていたのだろう。

 この魔物は魔素だけでなく魔力すら持っている。


 ふと、魔物が私ではなく地上を見た。

 一体何を見ているのかと思えば、顔であろう場所からレーザーが


「アア…ゴォイチキュウ…」


「…っ」


 剣を抜き、魔力を練る。

 あれは魔物だ。

 あれはもう人ではない。


 歩幅を広げ、右手に細身の長剣を構える。

 この剣は私の糸や魔力による加速に合わせて使いやすいように考えたステイルとリチャードが鍛冶屋に頼んで作ってもらった剣だ。

 持ち手の先には糸を通せる穴もある。

 ステイルからもらった最後の贈り物だ。

 動こうとした、その時だった。


「っ!?」


「ラアアッ!!」


 凄まじい勢いで腕を振り抜いてきた。

 いつの間にか接近していた。

 魔力を扱えるようになったからだろう。


 しかしいくらなんでも硬すぎる。

 剣で防いだのはいいものの、明らかに人の皮膚ではない。

 まるで鉄の塊、それも魔素の溜まった間鉄とも呼ばれるような素材。

 ステイルの体そのものが変化している。


「アア…アアア…」


 意味を持たない声を漏らしながら襲ってくる。

 それも昔から持っている剣術や体術の要領で動かしている。

 空いている左手で拳銃を発砲してみたが体に当たると拳銃くらいの威力では弾かれてしまうようだ。

 スナイパーほどの威力があってやっと有効打になるかも知れないが、それでも正直不安だ。

 銃を撃つ際に魔力を込めればある程度威力は増すかも知れないが自身から遠ざかるにつれて魔力が届かなくなるから結局無駄になる。


 ならばと特製手榴弾を三個投げてみたが全て腕の一振りでその場で爆発した。

 その影響はあまりみられなかった。


 まだ練習中だけれど、雲人族としての糸なら使えるだろうか。

 遠すぎなければある程度までは魔力で動かせる。

 今度は私から一気に接近し、剣を振りながら糸を放出する。

 フェイントを入れ、腕を振り抜いたその瞬間頭の高さに跳ぶ。


「はぁっ!!」


 魔力の通っている糸を無数に操り、魔物にいくつもの傷を作る。

 弾力が強い糸を背後に一本設置し、空中から突進する。


 一瞬だった。

 魔物の心臓を一突き、まるで弾けるように身体中の結晶が消え失せ、先ほどまでの動きが嘘かのように静止した。


「アア…」


「ごめん…ありがとう、お義父さん」


「アア…アアア…」


「おやすみなさい…」


「ニンム…ゴク、ロウ…」


 それだけ言って、ステイルの体はボロボロと崩壊した。

 壊れた石像のように。


「…」


 ステイルは体が崩れ去る寸前にジャケットの内ポケットから資料を出した。

 このまま屋根の上にいても直ぐに軍が来てしまう。

 早く行かなきゃ。


「…さようなら」




 追手を振り払いながら軍の施設を進む。別方向からペイルハンマーとブルーウィングスのメンバーが襲撃してくれているおかげでこちらに回される人員も少なく済んでいる。

 ステイルが残してくれた資料は彼に埋め込まれた魔道具の説明と、私を救い出す前に作ったのであろう侵入経路の地図。

 あちこちに潜入しては撃たれながらも爆破していったようだ。

 まだ魔力を使い始めて数週間だというのに無茶をしたものだ。

 しかしこれはもともと私がやるはずだったこと。

 捕まったことで遅れてしまった作戦を進めてくれたのだ。


 今回の任務はアルマガル王国を裏から操り、多くの被害者を出した罪深き連中を始末すること、もしくは公に出して他国にこの真実を知らしめること。

 …だけど、ステイル同様、今の私も奴らを許せそうにない。


 ここから先は私がどうにかしなければいけない。

 軍の施設から奥に研究施設が広がっていた。

 見張りを確実に仕留めて進むしかないが、糸を操れることがここにきてとても有利に働いた。


 施設内部でも厳重に鍵もカメラも警備も配置されている場所は極力避けていたが、やはり目当てのものが見つからない。

 ここから先はバレることを前提にしたうえで進まなくてはならない。


 考えていても仕方がない。

 先手必勝、位置の把握しているカメラに糸を射出して引きちぎる。

 こちらに気がついた見回りと怪しい実験室の前を守っている門番がこちらに向かってくる。

 一、ニ、三、とリズム良く順番に首を切りながら進む。


 室内に突入すると、そこは大きな部屋だった。

 中央に見たことのない巨大な装置があり、研究者達が忙しそうに動き回っていた。

 装置からは大量の魔素が循環しているのが感じられた。

 私を認識した彼らはその場で動きを止め、自衛用であろう魔素銃を向けてくる。

 だが彼らは魔力を扱う者との戦闘どころかまともに戦闘もできない根っからの研究者達だった。




 おかしい。

 手薄すぎる。

 ここまで楽に来れるのはおかしい。

 一瞬で片付いてしまった。

 まさかと思い、バーバラに連絡を取る。


「赤鬼、今ど」


 無線の向こう側から聞こえるのは何かを連射する音と豪快な鬼の声だった。


「ハハッ、悪いねミラージュ!

 今回は私とステイルの問題なんだ、あんたも必要な資料を集めたら五分以内に逃げるんだよ!

 でないとここ一帯が消え失せるからね!」


「な、何を言っ」


「喋ってる暇もないほど忙しくてねぇ、これだけは言っておく。

 ステイルは君へのメッセージを残していった。

 知りたきゃリチャードに聞いとくれ!

 それじゃ、頑張るんだよ」


「待っ…」


 ブチッ。


「…ははっ、カッコつけすぎかねぇ?

 最後くらい、許してもらいたいねぇ!」


 言い切る前に、

 最後の一言だけ、とても優しい声だった。


 なんで?

 なんで置いていくの?

 まだ何も返せていないのに…






 施設から出て十数秒後、背後で大爆発が起こった。

 私の手元には白き影教団の研究資料と過去の記録だけが残った。

 わかったことは、ステイルもバーバラも私に隠していた繋がりがしっかり役に立ったということ。

 同時に複数の位置から爆発が確認できた。

 どこの誰がこんな任務に賛同して参加するのか。


 …いや、自分もステイルに求められたら喜んで参加しただろう。

 私の知らない犠牲も多く出ているのだろう。

 ただ一言言ってくれれば、私も一緒に…


 …私を求めてはくれなかった。

 ステイルも私がどう動くかなんて把握している。

 だからだろう、回りくどくても私を遠ざけた。

 だからなのだろう、昔馴染みや同じ思想を持つ同士と一緒に消えていった。


 どのような者達が手を貸していたかは想像がついた。

 同じ孤児院出身の同じ復讐者や、多くの犠牲を出し続けるであろうこの施設を許せない者達。

 大量殺戮になってもこの施設を破壊しなくてはならないと信じた者達。

 おそらくバーバラ経由で集まったのだろう。


 「お義父さん…」


 その声に応える者はいなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ