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9話 聖女の力


「魔術師団を呼べ!」


 お昼ごろ、アイリーンが魔術を流す訓練をしているとき、外が騒がしくなった。


「何でしょうか」


 ハロルドと一緒に宿を出て、外へと出る。


「どうしたのですか」


 騒いでいた男性は、ハロルドの恰好を見ると、ガッと腕を掴んだ。


「魔術師団の人か? エルフの里が大変なんだ!」

「落ち着いて。何が起こったのです?」


 男性は、ゆっくりと息を吐くと、視線をエルフの里のある方へ向けた。


「魔獣がエルフの里を襲っている。今、エルフたちは自分たちの身を守る手段を持っていない。助けてやってくれ」


 アイリーンとハロルドは顔を見合わせる。二人は馬に乗り、すぐにエルフの里へ向かった。

 エルフの里では、門の外にも兵がいた。魔物たちをこれ以上入れないために戦っているようだ。だが、エルフたちが魔物たちに対抗すべく、戦っていた。だが、動ける人数が限られているようで、苦戦しているように見える。


「魔術師団の者です!」


 そう言って魔術師団の証明書を見せれば、門番の兵たちは自分たちを入れてくれた。普段ならば、病が広がらないように外部から人を入れないようにしていたが、そうもいっていられないのだろう。


「シンシア!」


 中で戦っていたシンシアに声をかける。彼女は目を大きく見開くと、里の中に入れてくれた。


「アイリーン、どうしてこんなところに……」

「あなたたちを助けに!」


 ハロルドが鈴の付いた杖をシャンと鳴らす。鈴にはいくつもの魔石がついており、そこに向かって魔力を流していく。


「ハァッ!」


 杖の先から大きな火が噴き、それに焼かれた魔物たちは姿も残らない。


「なんだ、あの火力……」

「化け物じゃないのか……」

 その威力にエルフたちは驚きながら、こちらを見ている。ハロルドは彼らの方を見ると、にこりと微笑んだ。


「既に応援要請を魔術師団に送っています。ここを一緒に持ちこたえましょう」


 ハロルドが味方だとわかるとすぐに、エルフたちは心強い加勢にやる気を取り戻していく。

 ハロルドはアイリーンの方を見る。


「アイリーンは避難している人たちのもとに向かってくれますか?」


 そう言われ、アイリーンはうなずく。聖女の力を使えない今は、戦場にいても迷惑がかかるだけだ。ならば、避難している人たちの心の支えになりたい。


「わかった」


 アイリーンはヒールの靴で駆けだして、戦えないエルフが避難している里長の家へと向かう。


「里長、全員避難することはできましたか?」


 里長は驚きの表情を見せながらもすぐに返事をしてくれる。


「無事に避難できています。あなたもここで待機してください」


 アイリーンは里長の家に入ると、そこには横に伏して動けなくなっている者たちが何人もいた。その光景を見て、アイリーンは青ざめる。


「こんなにも多くの人が……?」

「エルフ風邪は治療しなければ、すぐに広まってしまう病です。治りも遅く、場合によっては亡くなってしまうこともあります」


 その話は知っていた。だが、いつもすぐに治せてしまうため、実際にこのようなことになっているのを見たのは初めてだった。


「私が、力を使えていれば……」


 唇を噛むと里長がそっと背中に触れた。


「聖女様にもやむを得ない事情があるのは、十分理解しています。あなたがそのように気を落とされる必要はありません」

「ですが……」

「今ここでできることをしましょう。一緒に彼らの看病をしてくれますか?」


 里長に言われ、アイリーンはうなずく。苦しむ人をなだめたり、水を用意したり、冷えたタオルを額に置いたりと、彼らの看病をしていく。

 それでも、気休めにしかならず、歯がゆい気持ちになる。


「里長! ここの近くにも魔獣が!」


 飛び込んできたエルフに里長は顔を上げた。


「とうとうここまで来ましたか」


 里長は杖を持って立ち上がる。そして外を出ていく。アイリーンもその背を追って外に出た。

 周りには動けるエルフが戦っているが、いつこの家に危害が加わるかわからない。里長は杖を構え、避難場所を守ろうとしている。

 一体の魔獣が大きな目でギョロリとこちらを見た。里長は杖に魔力を流していく。杖の先から水が発射された。


「ぐえっ」


 魔獣はうめき声をあげて、遠ざかる。だが、狙いを定めたようで、こちらを睨んだ。


「里長」


 アイリーンが声をかけると、彼女は息を切らしていた。


「私も病にかかっています。どこまで戦えるかはわかりません。ですが、伏している者たちを移動させることも難しいでしょう。今は耐えるしかありません」


 エルフたちは必死になって戦っている。病にかかっていなければ、魔獣たちに襲われることもなかったかもしれない。


「あたしは無力だ……」


 怒りで体が熱くなる。泣き出したいのを堪えるように唇を噛む。

 ……助けになりたかった。聖女の力さえあれば、ここにいる人たちを救えたはずだ。聖女と呼ばれ生きてきた。たくさんの人たちを助けて過ごしてきた。……そうして生きていこうと決めたのに、このざまは何だ。

 ぐつぐつと沸騰するように、怒りが煮えて体中を巡っていく。

 無力で何もできないとうずくまっていたくない。……聖女の力は眠ってて良いものではない。早く起きなさい……っ!

 魔獣がこちらに目を向けた。目が合った瞬間、魔獣が口を開け、大きな炎を口の中に作り出す。


「アイリーンッ!」


 里長がそう呼びかけを聞きながら、アイリーンは両手を前に出した。

 体が熱い。何かが全身を巡っているようだ。その熱を吐き出すように手に力を籠める。


「ハアァァッ!」


 その瞬間、手から光の弾のようなものが発された。こちらに襲い掛かる炎の玉にぶつかり、お互いを打ち消し合う。


「これは……」


 里長が驚きの表情を浮かべる。アイリーンは自身の手のひらを眺めた。


「里長。あたし、力使えました!」


 アイリーンが感動したように笑うと、里長は目を細める。


「……よかった、アイリーン。聖女の力が使えるようになったのね」


 里長はそう言うと、目の前の魔獣を捉えた。


「では、一緒に戦ってくれる?」

「はい!」


 アイリーンは里長と共に避難場所を守り続けた。その後、魔術師団が現れ、魔獣たちを倒してくれた。だが、そのほとんどは既にハロルドによって倒されていたという。

 後の処理を魔術師団に預け、アイリーンはエルフたちの治療にあたる。

 エルフたちの病や魔獣との戦いによる怪我を治していくと、彼らに笑顔が戻っていった。


「アイリーン」


 ハロルドは手が空いたのか、こちらに顔を出してくれた。治療をしている様子を見て、ホッと笑みを浮かべる。


「力を取り戻したのですね」

「ハロルドのおかげだよ。ありがとう!」


 ハロルドは目を合わせるようにしゃがむと、まっすぐとこちらを見た。その表情は優しく、目元は眩しいものでも見ているかのように細められた。


「アイリーンが諦めずに戦った結果ですよ。素敵でした」


 ハロルドはそう言うと、また自身のやることに戻っていく。アイリーンは治療に意識を向けようとしたが、隣にいたシンシアが首をかしげた。


「アイリーン。顔が赤いわよ。どうしたの?」


 アイリーンは熱くなった顔を両手で隠す。


「大丈夫、気にしないで!」


 口ではそう言いながらも、ハロルドのことが気になって仕方がなかった。




 エルフたちの病を治し、報酬としてエルフの粉をもらう。それを手にドワーフの経営する武器屋に向かえば、ドンゴは唸った。


「まさか本当に持ってくるとは……。仕方ねえ。約束は約束だ。話を通してやるよ」

「本当ですか?」

「ドワーフに二言はないからな」


 ドンゴはそう言っていてくれた通り、二日後にドワーフの鉱山で採れる鉱石の原石を持ってきてくれた。


「やっと研究に集中できますね」


 ユーインは安心したように顔を綻ばせる。黒魔術に対抗する魔術具の作成に集中したいという彼の要望に応えて、アイリーンとハロルドは彼の研究室を出た。


「あの魔術具を完成させたら、あたしたちが入れ替わっていることを証明できる?」


 アイリーンの問いかけにハロルドは難しい顔をした。


「入れ替わっていることを証明できても、誰が犯人かまでは証明できないでしょう。普通に考えればヴィオラですが、証拠がなければ、罪にも問えませんし……」

「そうなんだ……。ヴィオラ様の荷物からは何も出て来なかったの?」

「いえ、出てくるには出てきました。ですが、入れ替わりの黒魔術具ではなかったのです」

「どんな魔術具だったの?」

「……猫になる黒魔術具だったのです」


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