8話 話し方
レイラに案内されて、街とエルフの里の間にある小屋へ向かう。
一部屋だけしかないような小屋に入ると、そこにはエルフが二人いた。老齢の女性と十代後半に見える女性だった。
「あなたたちが薬を融通してくれる方ですか?」
座るように促されて席に着くと、老齢の女性が口を開いた。
「はい。今日は実際に、薬をお持ちしました」
机の上に薬を置くと、彼女たちは検分するように薬を見る。
「たしかに、よく聖女様に処方される薬とよく似ています。ですが、どうしてあなた方がこれを用意するのでしょうか」
エルフたちの瞳は警戒の色が強い。おそらく、信用されていないのだろう。
「申し遅れました。私は魔術師団の団長をしております、ハロルドと申します。隣に座っている男性はうちの研究員で、その隣に座っているのが……」
ハロルドが何と言おうかと口をつぐんだ瞬間、アイリーンが口を開いた。
「アイリーンです。里長、シンシア」
その言葉にエルフの二人は目を大きく開いた。だが、より警戒の色を濃くする。
「あなたの姿はとてもアイリーンには見えません」
老齢の女性……里長のアラーナは観察するようにこちらに目を向けている。
「信じてもらえないことくらいわかっていました。でも、あなたたちに嘘を吐きたくなかったんです」
アイリーンは二人にニコリと笑みを浮かべた。
「あたしは本当なら聖女として、エルフの里に行く予定でした。ですが、いろいろあって、他人と魂と体を入れ替えられてしまいました……。みなさんの病を治せずにいることを申し訳ないと思っているのです」
エルフの二人は互いの顔を見合わせる。どのような反応をしたらよいのかと考えているのだろう。
「たしかに、聖女様は里に来ませんでした。それと関係があるということですか?」
「はい。あたしがアイリーンだから、彼女は聖女の力を使えなかったのです」
アラーナは考え込むように腕を組む。
「……申し訳ございませんが、とてもその話は信じられません。それに、もし入れ替わりが本当であるなら、自分の身に起きたことを解決することを優先するはずです」
アラーナの真剣な眼差しに、アイリーンは笑いながらうなずく。
「その通りですよ。あたしは自分にかけられた呪いを解くために、ここにいるのです」
その言葉を聞いて、シンシアが目を細める。
「どういうことかしら?」
「あたしの呪いを解くのに、エルフの粉が必要なのです。本当は聖女としてあなたたちの病を治して、その代わりにいただくつもりでした。……でも、今のあたしは聖女じゃないから」
アイリーンは視線を下げて小さく笑う。
「だから、少しでも症状を軽くしてあげたかったんです」
シンシアは俯いて黙り込む。そして、顔を上げるとこちらを見つめた。
「あなたがアイリーンだとしも、病も治せないとなると、エルフの粉を簡単には渡せません」
シンシアの言葉を補足するようにアラーナが口を開く。
「病に伏しているエルフたちが多い中、エルフの粉は品質が保てない状況にあります。だから、渡すことができないのです」
「エルフの粉は木々や花から力をもらって作ります。ですが、エルフたちが病になっていると、力をもらうことができないのです」
「ごめんね、アイリーン」
「……あたしのこと、信じてくれるの?」
シンシアはまっすぐとアイリーンを見ている。
「……あなたがアイリーンかどうかは私にはわからない。けれど、あなたが本当にアイリーンなら……私はあなたを信じたいと思ってる。でも、こればかりは助けになれないの。ごめんね」
そう言って、彼女は深く頭を下げた。
「謝らないで、シンシア。信じてくれただけで、嬉しいよ。ありがとう」
お礼を言うと、シンシアは眉を下げた。
「あなたが偽物だったなら、騙された私が馬鹿だったって話で終わるわ。でも、もしあなたが本物だったなら、大切な友達の言うことを信じれなかったって後悔することになるもの。だから、信じる」
その言葉に、目元が熱くなる。ボロボロと零れ出る涙に、シンシアが大きく目を開いた。
「何泣いてんのよ、もう!」
「ごめんね、つい……」
シンシアはポケットからハンカチを渡してくれる。それを受け取って涙を拭くと、彼女は困ったように笑った。
「アイリーン。助けになれなくてごめんね。あなたの呪いが解けることを祈っているわ」
彼女たちはそう言うと、薬を受け取らずに里へと戻っていった。何も返せないのに助けになるのは嫌だと言ったからだ。
「薬、無駄になっちゃいますね……」
残された薬を見て、アイリーンは顔を上げる。
「ハロルド、お願いがあります」
「何でしょうか」
「あたしに魔術の使い方を教えてください」
アイリーンの言葉にハロルドは驚いたように眉を上げる。
「あたしは聖女だからと恵まれた能力を持ち、恵まれた環境で育ってきました。力も気づけば使えるようになっていた……。だから、魔術の訓練をしたら、また力を使えるようになるかもしれません」
ハロルドは笑みを浮かべるとすぐにうなずいた。
「わかりました。あなたの力となりましょう」
宿に戻ると、ハロルドは魔術具を取り出した。丸い板のような形をした魔術具を机に置く。
「これは魔力の動きがわかる魔術具です。子どもが魔術の訓練をするときに使うものです。アイリーンは使ったことがありますか?」
「いいえ。初めて見ました」
「へえ、そうなのですね。では、窪みのあるところに手を置いていただけますか」
指示された通り、そっと手のひらを窪みのあるところに置く。ひんやりとした冷たさを感じた。
「そこに魔力を流してみてください」
手に集中して、魔力を流すイメージをする。だが、上手く魔力が流れていないのか、魔術具に変化はない。
それを見て、ハロルドは腕を組む。
「魔力自体が動いていないとなると、体と魔力が馴染んでいないのか、アイリーンとヴィオラでは、魔力の動き方が異なるのか、どちらかですね」
他人の体に入れ替わることはそうそうない。黒魔術くらいでしか、できないことだからだ。黒魔術が秘匿にされている以上、同じ症状に陥った人は多くないため、研究もできていない。
「ひとまず、魔力を動かす訓練を続けてください。大丈夫、私が一緒にいますから」
「はい」
その日は一日中、魔力を動かす訓練をしていた。だが、魔術具は何も反応せず、時間ばかり過ぎていく。
ハロルドは側にいてくれたが、ユーインは一度、魔術師団の研究棟へ戻っていった。ドワーフの鉱石以外の準備を進めてくれるらしい。
「ハロルドが教えてくれたのに、全然上手くいかないですね」
「仕方がないでしょう。魔力は魂から体を流れるもの。体が違えば、感覚も違いますからね。こればかりは、コツを掴むしかないのです」
「難しいですね。気づけば魔力が使えていたので、魔力の流れを意識したことがありませんでした」
むぅと眉を寄せると、ハロルドは少し驚いたような表情を浮かべた。
「最初から使えていたのは珍しいですね」
「そうなのですか? でも、たしかにエルヴィス様も魔力を扱うのを苦労していました。普通じゃないのですね」
「魔力の流れは使ってみないとわからないですからね。使うまでが一番難しいのです。聖女の魔力が特殊なのでしょうか?」
「どうなんでしょう。あたしも使うばかりで、聖女の力に関しての知識はないのです」
聖女の力についてはあまり解き明かされていない。魔術具を使わずに魔術を使うことができ、魔術具ではまだできないようなことができる。それくらいのことしか知らないのだ。
「でも、聖女の力によるものなら、納得しました」
「何をですか?」
「エルヴィス様が魔力を上手く扱えないのは、あたしより劣っているからではないかと落ち込んでいたことがあったのです。でも、聖女の魔力が特殊だったのなら、仕方がないのかなって思って……」
子どものころ、エルヴィスが一時期、口をきいてくれなかったことがあった。王子の自分が他人より劣っていることが気に入らなかったらしい。従者たちになだめられ、その場は仲直りしたが、彼の中では上手く消化できたのか、気になっていた。
「今なら、聖女の魔力のせいだよって言えるのに……」
聖女でなくなってしまい、エルヴィスとは物理的にも距離ができてしまった。
「エルヴィス様、元気にしているかな……好き嫌いなく食事を取ってるかしら……」
そんなことを呟くと、ハロルドが「ふふっ」と笑った。
「まるで母親のような台詞ですね」
「前も言いましたが、あたしとエルヴィス様は兄妹のような関係ですから。向こうもあたしのことを妹だと思っていますよ」
「どうでしょうか。私なら、あなたのような魅力的な女性がいたら、放っておかないですよ」
その場を和ませようとしてくれているのだろう。そう思って彼を見ると、彼と視線がぶつかった。優しい表情でこちらを見ており、その瞳には熱が帯びているように感じられた。
「どういう意味でしょうか」
そう言葉を絞り出せば、彼はくすりと笑った。
「……そういう意味ですよ」
どんな反応をしたら良いかと口をパクパクしてしると、彼は目を細めた。それ以上、そのことに言及することなく、腕を組んで話を変えた。
「ヴィオラは魔力を使うのが苦手だと聞いたことはありますか?」
「いいえ。特に苦手だとは聞いたことはないです」
「そうですか……」
彼は眉を寄せて、考え込む。時間をかけさせてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ハロルドもユーインも忙しいのに、巻き込んでしまってすみません」
「それは良いのですが……」
ハロルドは視線だけをこちらに向ける。じっと見られて首をかしげると、彼は一度口を開いて、閉じる。そして、少し視線を下げると、もう一度こちらを見た。
「アイリーンは……ユーインには敬語を使わないのですね」
「あ、はい。この前、ユーインに敬語をやめてほしいと言われて」
「私には敬語を使っているのに?」
彼は目を細める。その視線はこちらを責めているようにも見えた。
「でも、ハロルドは魔術師団長で……」
「私も敬語をやめてほしい」
真剣な眼差しにアイリーンは思わず視線をそらしてしまう。
「……はい」
何とか絞り出した返事に、ハロルドは不満そうだった。
「はい、じゃなくて?」
やり直しをさせられて、アイリーンは眉を下げる。
「仕方ないなぁ……わかったよ、ハロルド」
そう答えると、彼は嬉しそうに頬を緩ませる。
「ありがとう」
その表情が嬉しそうで……どこか落ち着かない気持ちになった。