7話 薬作り
店主にお礼を言うと、アイリーンたちは近くの飲食店に入って会議をはじめた。
「とりあえず、薬草だけでも集めましょうか。その間に力が戻るかもしれません」
「どの薬草が必要なのですか?」
「街中で得られるものばかりですよ」
アイリーンがそう言うと、ハロルドは少し考える素振りを見せてからこちらを見た。
「二人は薬草を集めてていただけますか? 私は一度、研究棟に戻ります」
「どうして?」
「新たな情報が届いているかもしれません。一度、顔を出して情報を得てきます」
「ありがとうございます!」
ハロルドが先に出ていくのを見て、アイリーンはユーインの方を見た。
「では、あたしたちも行きましょうか」
アイリーンたちは薬草を買い集めながら街中を歩く。
「結構、高価なものが多いですね……」
ユーインは買い集めた薬草を見て、顔を引きつらせた。
「本来なら、城で購入するものですからね。もし、あたしがアイリーンだって上手く証明できたら、城に請求しましょう!」
アイリーンは腰に手を当ててニッコリと笑うのを見て、ユーインは小さく零した。
「さすがに聖女様は金の使い方が違うな……」
そんなユーインを背にアイリーンは薬草を見ながら、足らないものを思い出す。
「アイリーン様、荷物くらい僕が……」
「ユーイン様」
アイリーンはずいっとユーインの方を見た。
「な、なんですか」
「いつまで他人行儀なんでしょうか。あたしとハロルドも敬称無しで呼び合っています。ユーイン様もそろそろ敬称を外しては?」
「そうは言ったって、あなたは聖女様で……」
「アイリーン」
そう言って、アイリーンは腕を組む。
「アイリーン様……」
「アイリーンですよ」
ユーインは肩をすくめると、小さく息を吐いた。
「はいはい、わかりましたよ。アイリーン。それなら、僕のいうことも聞いてもらえますか?」
「何でしょう?」
「敬語をやめてください。様付けも」
「敬称はわかりますが……敬語も?」
「目上の人に丁寧な言葉で話されると、気持ち悪くて仕方がない」
その言葉にアイリーンは「なるほど」とうなずく。
「わかった。敬語をやめるね、ユーイン。そっちも敬語をやめてね」
「ええー……」
嫌そうな顔をするユーインに、アイリーンは顎を突き出す。
「目上の人の言うことが聞けないのかぁ!」
「権力怖ぁ……」
そう言いながらも、ユーインは「わかったから」と笑った。
ハロルドが合流したのは、薬草をすべて買い終わってからだった。
「ハロルド、どうでしたか?」
アイリーンの問いかけに、ハロルドは返事もせず、難しい顔をしている。
「どうしましたか?」
首をかしげて顔を覗き込むと、彼は少し驚いた表情を浮かべた。
「あっ、すみません。考え事をしていまして……。入れ替わりの手がかりになる情報はまだ届いていませんでした。ひとまず、呪いを解く魔術具を作る方を優先する必要があるでしょう」
「そうなのですね……。あたしがさっさと聖女の力を取り戻せれば、聖女だって証明しやすくなるんでしょうけど……」
そっと手のひらを見る。聖女の力はまだ使えない。そもそも、この体でその力が使えるのかもわからないのだ。
「ひとまず、薬草の調合が必要でしょう。聖女の力は薬の力を強めてくれるものです。聖女の力のこもっていない薬が全く効果のないわけではありません。気休め程度ですが、それをエルフに渡すことも考えましょう」
どこか宿を探し、そこで調合することにする。三人で歩きはじめると、誰かが咳をする音が聞こえた。
音のする方へ目を向けと、フードをかぶった小さな子どもが立っていた。
「あの、働かせてくれませんか」
子どもは咳をしながら、店にそう声をかけていた。フードの隙間から、わずかに長い耳が見える。
「ハロルド、あそこにいるの……」
声をかけると、ハロルドは視線の先に目を向ける。
「エルフでしょうか」
彼女は見られているのにも気づかず、懸命に店主に声をかける。
「少しの間でもかまいません。お金が必要なのです」
「そういったって、うちも風邪をひいている子なんて雇ったら、あとで何を言われるかわかったもんじゃない」
店主はそう言って、少女を追い払う。肩を下げて背を向けた少女をアイリーンは追いかけた。
「こんにちは」
突然声をかけられて、少女はビクリと肩を震わせる。
「えっと……」
戸惑った様子に、アイリーンはにこりと笑みを浮かべた。
「あたしたち、エルフの里に行きたいのですが……お詳しいですか?」
トントンと自分の耳を指さすと、彼女は慌てて両耳を隠した。
「私は、その……」
「あたしはあなたたちの力になれたらと思います。……お話、聞かせてくれますか?」
少女はアイリーンの真剣な表情を見て、少し視線を下げると小さくうなずいた。
「……わかりました」
アイリーンたちは飲食店で食べ物を買うと、小さな公園のベンチに座った。
「私の名前はレイラといいます」
レイラと名乗るエルフの少女はお腹を空かせていたようで、差し出された食べ物に顔を輝かせて食らいついていた。
「エルフの里は今、人が出入りできなくなっていると聞いています」
「はい。里長が決めました。今は人にうつる病気ではないですが、いつ変異するかはわかりませんから」
普段ならばエルフ風邪は、蔓延する前に聖女によって完治できる病だった。それが蔓延してしまった今、その風邪がどのように変わっていくのか、誰も想像ができないのだろう。
「では、レイラはどうして里を離れて街にいるのですか?」
「エルフの里には業者が来ます。食事はそれで賄うことができていたのですが……。お金が出ていくばかりで、稼ぐことができていません。ですから、一番症状が軽い私が稼ぎに出ようかと。大して稼げませんが、ないよりマシです……」
「そうなのですね……」
アイリーンは腕を組んで「うーん」と考えると、パッと顔を上げた。
「じゃあ、あたしたちがあなたを雇ってもいいのですね」
「それはありがたいが……どんなお仕事なのですか?」
レイラの表情には疑いの色がある。アイリーンは安心させるために、胸を張って優しい笑みを浮かべた。
「あたしは今、エルフたちの病を治す薬を作っています。出来たら、里に運んでいただけますか?」
「え、薬を……? でも、あなたは聖女様じゃないですよね?」
エルフの里にも頻繁に足を運んでいたため、アイリーンの顔が知れ渡っている。聖女でも医者でもない者がわざわざ薬を持ち込むことはないだろう。
「今は聖女じゃないですが、エルフたちの助けになりたいと思っています。……そうですね。シンシアに薬を渡していただけますか?」
レイラは不思議な顔をしながらも、仕事を請け負ってくれる。明日の昼ごろに薬を渡すと約束して、彼女は一旦、里まで帰っていった。
「いいの? 聖女の力が戻ってから尋ねた方がよかったんじゃないの?」
ユーインの言葉にアイリーンは笑って首をかしげる。
「戻るかわからない力に頼るより、今できることをしたかったの」
「ふうん」
「あ、でも、エルフの粉が欲しいって言うのを忘れちゃった」
「明日会えるなら、そのときに言えばいいんじゃない?」
「そうだね」
ユーインとそんなやりとりをしていると、ハロルドがじっとこちらを見ていた。
「ハロルド、どうしましたか?」
「……いえ、何も」
ハロルドは視線を逸らして何も言わなかった。
アイリーンは宿で薬を調合した。聖女の力を使ってみようとしたが、やはり力は発動されなかった。
「聖女の力、まだ使えないですね……」
溜息とともについ弱音を吐いてしまう。薬自体はちゃんとできた。だが、聖女の力がこもっていなければ、ただの薬だ。
「このまま、ずっと使えないのかな……」
自分の価値は聖女の力にあった。だから、国を挙げて大切にしてもらえ、エルヴィスの婚約者となった。
「自分から聖女の力を失くしてしまえば、何もないのに」
そう言うと、ユーインが嫌そうな顔を浮かべた。
「やめてよ。そんなこと言ったら、僕だって似たようなものだよ。何にも持ってない」
「ユーインには研究があるじゃない」
「まだ何も成果を出せていないんだから、何もないに等しいんだよ」
ユーインの言葉をハロルドが否定をする。
「ユーインはしっかり働いてくれていますよ。今が何もない状態なら、無から有を生み出そうとしているようなものなのですから、素晴らしい研究だと思います」
「……まあ、そうですけど」
ユーインは褒められてまんざらでもなさそうだった。その様子をハロルドは微笑ましそうに見ると、こちらに視線を向けた。
「私にも魔術しかありません。これがなくなってしまえば、私もまた、ただの人になるでしょう。でも、持っています。アイリーンも……聖女の力を持っているのです」
ハロルドはそっと胸元に手を当てる。
「前にも言った通り、聖女の力は魂に宿ります。あなたは失くしたわけではないのです。まだ使い方を知らないだけ。……また使えるようになりますよ」
「……はい」
ハロルドの励ましは嬉しかった。そっと胸元に手を当てる。
……聖女の力が眠っているのなら、早く目を覚ましてほしい。そう願いながら。
その日は出来上がった薬を瓶に詰めた。聖女の力がなくとも、多少は効果があるだろう。
昼になり、レイラは約束の場所に現れた。
「レイラ。来てくれてありがとう。薬を……」
薬を渡そうとすると、彼女は首を振った。
「……薬はまだ受け取れません」
「どうして?」
レイラは困ったような表情を浮かべる。
「えっと……街を出て、エルフの里への道の途中に小屋があります。そこへ一緒に行ってほしいのです」
「どうしてでしょう」
ハロルドの問いに、レイラは視線を彷徨わせる。
「私もよくわからないのですが……里長があなたたちにお会いしたいというのです」