6話 魔術具を作る素材
アイリーンたちは研究室の一部屋を確保して、そこで話し合うことにした。
「それで、ドワーフの鉱山で採れる鉱石というのは、どういうものなのでしょうか?」
アイリーンの問いにユーインは「えっと」と言いながら、短剣を机に置いた。
「ドワーフたちが造っている武器に使われているものです。武器の強度を増すために混ぜられているもので、加工して使うのが一般的なんです」
騎士や戦士たちが使う武器はドワーフによって作られていることは知っていた。だが、どのように造られていたのかまで知らず、アイリーンはうなずきながら話を聞く。
「実は、黒魔術具でもある鉱石を使用しています。その鉱石はどこから入手するものかまでは知りません。ただその鉱石は、ドワーフの鉱山が採れる鉱石に強い影響を受けるらしく、ドワーフの鉱山付近では黒魔術が使えないと言われているんです」
「では、その鉱石があれば、黒魔術の力が弱くなるということですね!」
「はい。ですが、この鉱石は武器に加工することで効力が弱まってしまうみたいで……なので、可能なら原石を手に入れたいんですが、入手するのが難しくて困ってるんです」
「どうしてでしょう?」
アイリーンが首をかしげると、ユーインが眉を下げて教えてくれた。
「ドワーフたちは自分たちの仕事に誇りを持っています。だから、仕事道具を他人に触られることを極度に嫌がるんです」
ユーインはハロルドの方に視線を向ける。彼もまた難しい顔をしていた。
「団長は何か伝手はありますか?」
「ドワーフに一人、顔見知りがいます。ですが、ユーインの言う通り、誇り高い種族のため、仕事道具を譲ってくれるかは交渉次第でしょうね」
アイリーンも難しい顔をしてみたが、何も良い案が浮かばずに立ち上がる。
「とりあえず、交渉してみましょう! 相手が何を条件に出すかなんて、相手のことを知らなければわからないですし!」
その言葉にユーインもうなずく。
「そうですね。とりあえず向かいましょうか」
ドワーフの鉱山は街からずいぶんと離れた北の端にある。だが、ドワーフたちは人が足を踏み入れることを嫌うため、近づくことができない。下手に近づけば、武器を売ってくれなくなるからだ。
アイリーンたちは街の武器屋に向かう。店内に入れば、いくつもの武器が立てかけられた奥に椅子に座ったドワーフがいた。
「こんにちは。ドンゴさん」
ハロルドの呼びかけに、そのドワーフがこちらを向く。黒い肌に白い髪を持った老人といった風貌をしていた。おそらく、武器造りの現役を退いたドワーフなのだろう。
「珍しいな、ハロルドがここに来るとは。何の武器が欲しいんだ?」
ドンゴはゆっくりと立ち上がり、のっしりとした足取りでこちらに歩いてくる。
「実は、今日はお願いがあってきたのです」
「武器屋は何でも屋じゃねえぞ」
「お話だけでも聞いていただけませんか?」
「……何だ」
ドンゴはムスッとした顔をしながらも、話は聞いてくれるようだ。ハロルドがうなずくのを見て、ユーインが口を開く。
「今、僕たちは黒魔術を解く研究をしています。そのために、武器に使う鉱石が必要なのです。……譲っていただくことはできませんか?」
「鉱石だぁ? うちは素材屋じゃねえぞ」
口では文句を言いながらも、ドンゴは腕を組んで考えてくれる。
「これは俺がどうこうできる話じゃねえ。ここは武器屋だ。武器しか入って来ない。素材を手に入れるなら、それなりのものが必要になってくる」
「それなりのものとは?」
ドンゴはガリガリと頭を掻く。
「あいつらが欲しがっていたものは何だったかな……最近手に入らなくなったもの……。あぁ、エルフの粉とかいいんじゃないか?」
「エルフの粉か……」
ドンゴの答えにユーインは顔を引きつらせる。
「エルフの粉って、エルフの里の特産品ですよね?」
アイリーンの質問にハロルドが答えてくれる。
「そうですね。エルフの粉はエルフの使う魔法でできた粉です。色々な属性を付与してくれたり、能力を強化してくれたりするものです。武器にも使用されることがあるんですよ」
「今は手に入りにくいんですか?」
「エルフの間で病が流行っていて、それどころじゃないらしいのです」
その話を聞いて思い出す。あの断罪を終えたあとに、エルフの里に向かう予定があったはずだ。たしかに病を治す用事だった。だが、入れ替わりが発生してしまったせいで、行くことはかなわなかった。ヴィオラが代わりに行ったのだろうか。
「聖女様がエルフたちの病を治すはずだったが、体調不良で行けなくなったと聞いた。しばらく武器が造れないと職人たちが騒いでいたはずだ」
アイリーンたちは顔を見合わせる。おそらくヴィオラは聖女の力を使うことができなかったのだろう。
「エルフの粉を手に入れられたら、鉱石を融通していただけますか?」
アイリーンがそう申し出ると、ドンゴはフンッと鼻を鳴らした。
「エルフの粉が手に入るのなら、話を通してやってもいい。だが、エルフの里は種族の違う者の出入りを禁止している。簡単に手に入ると思うなよ」
ドンゴにお礼を言って、アイリーンたちは武器屋を出る。外に出た瞬間、ユーインが疲れたように息を吐いた。
「さあ、どうすっかなぁ……。アイリーン様、今は聖女の力が使えるんですか?」
「今はまだ……」
「そうですか……」
意気消沈している二人に、ハロルドが励ますように声をかける。
「ヴィオラが使えないということでしたら、使えるようになる可能性もあるかと思います。少なくとも、アイリーンは病の治し方を知っているのですよね?」
「はい。いくつかの薬草が必要となります。でも、病の様子を見ないと何とも……」
「聖女の力でババッと治すもんじゃないんですか?」
ユーインの問いにアイリーンは眉を下げて笑う。
「ババッと治せたらかっこいいんですけど、医学の知識も必要となってくるんですよ」
「へえ、聖女様も大変なんですね」
エルフたちがどのような病にかかっているかわからない。実際に見に行ってみたいが、中に入れないとなると、診察もできないだろう。
「まずは、エルフの里の近くに行ってみましょうか。あたし、何人かエルフの友達がいるのです! 彼らに話が聞けるかもしれません!」
アイリーンがそう言うと、ハロルドが困った顔になった。
「今はヴィオラの恰好をしていますよ。大丈夫ですか?」
そう言われて、アイリーンはハッとした顔で自分の体を見た。だが、ブンブンと頭を振り、顔を輝かせる。
「もしかすると、ハロルドやユーイン様のように信じてくれる人がいるかもしれません! とりあえず行ってみましょう!」
エルフの里は街の南側にある。そこではエルフたちがさまざまな素材を作って暮らしている。アイリーンたちは馬車で近くの街まで向かう。その街は人とエルフが入り混じって生活をしていた。だが、今はエルフの姿が街にない。
「あの」
アイリーンは店の店主に声をかけた。この街で店をやっている人ならば、情報が得やすい立場だろう。
「最近、エルフたちの間で病が流行っていると聞きました。ご存じですか?」
店主はその質問に辛そうな表情を見せた。
「病だろう? 可哀想だよな。何人か亡くなっているエルフもいるみたいだ。ここのエルフたちも病にかかって、里帰りしている者が多い」
「街の人たちは普通に生活をしているようですけど、人間にはかからないのですか?」
「幸い、人間にはかからないらしい。だが、エルフの里はかなりのやつらが病で倒れている。いつもなら、聖女様が治してくれるんだが……今回は助けてもらえなかったらしい」
それを聞いて、アイリーンは病が何かわかった。
「エルフ風邪でしょうか?」
「そうだ。よくあるエルフ風邪だ。聖女様が助けてくれんだけで、これほどのことになるとは誰も想定していなかったようだ」
エルフ風邪ならば、聖女の力ですぐに治る。だが、ほかの魔術や薬で治そうとすると、時間がかかってしまう。感染力も強いため、すぐに広まってしまうのだ。
「聖女様はいったいどうしたんだか……」
その言葉に思わず視線を下げる。自分がヴィオラと入れ替わることがなかったら、エルフたちの病はすぐに治っていたはずだ。
聖女の力はまだ使えそうもない。この力があれば、誰かを救うことができる。
入れ替わりによって、自分の立場は失われた。そればかり悲しんでいたが、本当に悲しむべきなのは、聖女の力が失われたことじゃないのか。自分は何もできないまま、事を見ていることしかできない。どうしたら使えるようになるのかもわからない。
……自分は無力だ。
聖女の力がなければ、何もできない。誰も助けられない。
使うことのできない力を持ち腐れている現状にアイリーンは唇を噛んだ。