5話 心強い仲間
「ハロルド、あそこ……」
アイリーンは後ろから追いかけてくるハロルドの方に振り返った。
「アイリーン、あなたって人は……」
ハロルドは頭を抱えながらも、アイリーンの隣に立つ。
「あんなところにいたのですね……」
黒い生き物はこちらに気づくと、「ウーッ」と唸って威嚇をしはじめた。まだ興奮状態が落ち着いていないようだ。
「えっと、君は……オーリィだっけ? こっちにおいで」
アイリーンはオーリィと視線を合わせるようにしゃがんで手を差し出した。だが、オーリィは警戒を解かず、毛を逆立てながら怯えたように一歩下がる。
その様子が自分と重なる。もし、ハロルドに助け出されなかったら……自分もこうやって周りを敵視して小さく震えていたかもしれない。
……この子を助けたい。
「大丈夫。あたしはあなたの味方だよ」
そう言いながら近づくが、オーリィは警戒したままだ。一歩、また一歩と下がり、ついに背を向けて走り出した。
「オーリィ!」
思わずその背中を追う。オーリィの足は速い。アイリーンは踵の高い靴を履いているにも関わらず、必死にその後を追いかけた。
「待って!」
あと少しで追いつくところで、足が宙を踏んだ。
「え」
続いているはずの地面がなく、体が宙へ投げ出される。アイリーンは同じように落ちていくオーリィの方に手を伸ばした。小さな体を守るように抱きしめ、一緒に落ちていく。
「アイリーン!」
ハロルドは杖に魔力を流すと、アイリーンの方へ掲げた。杖の先から強い風が起こり、アイリーンのもとへ向かっていく。
「わぁ……」
風はアイリーンを包み込む。落ちていく速度が和らぎ、ゆっくりと地面へと下ろしてくれる。両足を地面につけると、ハロルドが崖から降りてきた。
「無事ですか!?」
彼は駆けつけると、怪我をしていないか視線を巡らせる。あまりの必死さに目をぱちくりと瞬かせる。
「……焦っているハロルド、初めて見ました」
「そりゃ焦りますよ! あなたって人は本当に!」
「ごめんなさい」
素直に謝ると、彼は「まったく……」と息を漏らした。
「無事なら良いんです。私がいるのですから、頼ることを覚えてください」
そう言われて、思わず手を打った。
「たしかに! 心強い相棒がいるんだから、頼ればよかったんですね!」
「気づくのが遅いですよ……」
彼は頬の傷を見て、ぐっと眉を寄せる。
「……本当に、無事でよかった」
不安そうな表情を浮かべるハロルドに、アイリーンは笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。ハロルドが守ってくれましたから」
その言葉にハロルドは仕方なさそうに笑った。
オーリィを抱えたまま、研究棟の方へ歩いていくと、ユーインの姿を見つけた。彼はこちらに気づくと大きく目を開いた。
「団長……、それにアイリーン様。どうして……」
「ユーイン。オーリィ、いましたよ」
アイリーンはユーインにオーリィを手渡す。オーリィは彼の腕の中で安心したのか、落ち着いた様子を見せた。
「よかったです、見つかって」
アイリーンが笑って見せると、ユーインは驚いたように目を大きく開いた。
「怪我をしているじゃないですか」
アイリーンは自身の体を見る。ドレスは破れ、脚にはいくつもの傷がある。
「ヴィオラ様の体を傷つけてしまいました……。どうしましょう」
ハロルドは溜息を吐くと、アイリーンの額を小突いた。
「あとで治療室に行きましょう。それくらいの怪我なら、すぐに治ります」
ユーインは痛ましそうに顔を歪めると、こちらに向かって頭を下げた。
「オーリィを助けてくれてありがとうございました」
「いえ、無事でよかったです。オーリィもユーイン様と会えてよかったね」
オーリィは目をくりくりさせると、「ワンッ」と吠えた。
「オーリィは不思議な見た目をしていますが、もしかして犬なんですか?」
その言葉にユーインは目を伏せる。
「……はい。オーリィは黒魔術で姿を変えられた僕の大切な家族です」
ユーインは優しくオーリィの頭を撫でる。額のツノや紐のように細長い尻尾を見る限り、とても犬には見えない。
「僕の父親は黒魔術師です。自分がそうであったように、僕にも黒魔術師になるようにと言っていました。……ですが、僕はそんなもの興味がなかった。だから、父親の言うことを無視していたんです」
彼はそう言うと、悔しそうに手を握り締めた。
「そうしたら、父親はオーリィの姿かたちを変えて……。そして、僕の前から姿を消したのです。……皮肉なことに、僕はオーリィの呪いを解くために、黒魔術と向き合わなければならなくなったんです」
「そうだったのですね……」
魔術師団の研究員はオーリィのことを邪険に扱っているようだった。本当は可愛い犬だったとしても、呪いのかけられた生き物に違いない。彼らが警戒するのはもっともだ。だが、その姿が自分と重なった。自分もまた、ほかの人たちにとっては警戒対象なのだろうと。
「アイリーン様」
顔を上げると、ユーインが真剣な表情でこちらを見ていた。
「さっきも言った通り、僕の研究内容は黒魔術の呪いを解くこと。……アイリーン様、僕にあなたの呪いを解かせてくれませんか?」
「え?」
「オーリィを助けてくれたお礼に、僕もあなたを助けます」
突然のことに、アイリーンはポカンとしてしまう。だが、彼の言ったことを理解すると顔を赤らめて笑みを浮かべた。
「本当ですか!? わあ、嬉しい、嬉しすぎます!」
あまりの興奮っぷりにユーインの方が戸惑った様子を見せた。
「で、でも、魔術を解くには材料が必要ですし、材料集めは手伝ってもらうことになりますけど……」
「それでもかまいません! その気持ちが嬉しいんです」
今思えば、ユーインは最初から自分をアイリーンと呼んでくれていた。自分を信じてくれていた。
「ユーイン様、ありがとうございます!」
アイリーンは嬉しそうに微笑むと、ユーインはスススッと視線を避ける。
「いや、僕は別に……」
「それで」
その間を割り込むように、ハロルドが口を開いた。
「材料集めをするのでしょう? 何が必要なのですか?」
ユーインはハロルドの方を向くと、指を折りながら必要なものを挙げていく。
「大体のものは研究のために一通り集めています。ですが、一番重要なものが手に入っていなくて……」
「それは何ですか?」
「ドワーフの鉱山で採れる鉱石です」