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4話 怪しい生き物


「……さきほどの研究員の話を聞いた限りですと、あたしが無意識に黒魔術具に触れている可能性があるということですよね」


 そう尋ねると、ハロルドはうなずいた。


「その可能性はあります。今身に着けている装飾品と、ヴィオラの家にあるものも調べる必要があるでしょう」


 ハロルドは腕を組みながら視線を下げて考える。


「ヴィオラの家には、既に魔術師団たちを向かわせました。彼女の持ち物をすべて押収、調査することになっています。エルヴィス殿下にも許可を得ています」


 昨日のうちに、ヴィオラの家を訪問し彼女の持ち物を押収したという。それはすべて研究棟の保管庫に収納されているとのことだった。


「そこに召喚札があれば良いのですが……」

「召喚札とは何ですか?」


 アイリーンの問いにハロルドは顔を上げる。


「召喚札というのは、黒魔術師を呼び出すための札です。札に血判を押すことによって、黒魔術師を呼び出し、黒魔術具をもらうことができるのです」

「召喚札なんて……そんなもの、どうやって手に入れるのですか?」

「黒魔術師から、ですよ。彼らは黒魔術を欲する者の前に現れます。そして、召喚札を渡すのです。黒魔術が必要なときが来たら、血判を押すように、と」


 黒魔術に手を染めてしまう者は少なからずいる。彼らは何かに対して強い欲や悩みを抱いている。その心の隙間に入り込むように、黒魔術師は黒魔術具を渡すのだ。


「黒魔術師はそれをして、何がしたいのでしょうね」

「黒魔術師たちの考えていることは、私たちにもわかりません。人々が欲に溺れていく様を見るのを楽しんでいるのか、混乱を起きるのを見たいのか、それともほかに目的があってしているのか……。こればかりは、人の思想によるものですから、研究をしても簡単には掴めないのです」


 黒魔術について長いこと研究されているが、その実態は明らかになっていない。魔術の専門家である魔術師団が研究してもなお、わかることは限られているのだ。

 今更ながらに、とんでもないことに巻き込まれたのだと自覚する。


「ですが、解決しなくてはいけませんね」


 諦めてしまえば、このまま国外追放まっしぐらだ。アイリーンはハロルドに気づかれないように小さく溜息を吐いた。


「ひとまず、ヴィオラの持ち物を見に行きましょう。何か手がかりが見つかるかもしれません」


 ハロルドに手を引かれ、応接室を出ようとした。そのとき、扉の向こうで何かの鳴き声が聞こえた。従者が扉を開くと、その向こうにいたのは何か黒い生き物だった。犬や猫のように小さな体をしており、額には黒く輝くツノが生えて、紐のように細長い尻尾を持っている。


「この子は……?」


 アイリーンは思わずその生き物を抱き上げた。舌を出して「ハッハッ」と息を吐いている様子はまるで犬のように見えた。


「アイリーン、あなたは……」


 ハロルドは頭が痛そうに額に手を当てる。顔を上げて周りを見てみると、研究員たちが信じられないものを見るように、こちらを見ている。


「あの、何か……?」

「得体の知れない生き物に簡単に触れてはいけません。何か呪いを持っていたら、どうするつもりですか」


 研究員の一人がそう言いながら杖を持ち、警戒態勢に入る。今にも危害を加えそうな様子に、アイリーンは背でその生き物を庇うように立った。


「でも、可愛いですよ。犬みたいです」

「可愛いって……」


 そんな話をしていると、誰かが駆け寄るようにこちらに来た。目を向ければ、そこにはユーインがいた。


「オーリィ」


 ユーインがそう声をかけると、黒い生き物は耳をピクリとさせ、彼の方を向いて「ワンッ」と鳴き声を上げる。


「アイリーン様、その子を渡してください」


 そう言われ、アイリーンは素直に生き物を手渡した。

 彼は受け取ると、ホッとしたような表情をする。


「……この子をどうするつもりだったんですか」


 ユーインは警戒の色を帯びた視線を向けてくる。アイリーンは首をかしげてその問いに答える。


「保護しようかと。もし、飼い主がいるならば、探そうと思っていました」

「は?」


 彼は眉を寄せる。聞き取れなかったのかと思い、もう一度答える。


「だから、その子を保護して……」

「それはわかりました。……危険だと思わなかったのですか?」

「危険? どうして? そんなに可愛いのに」


 見た目はほかの生き物と違った。だが、獰猛さを持っておらず、こちらに危害を加えようとする意志を感じられなかった。とても警戒対象だとは思えない。


「あなたは……」


 ユーインは何か言いたそうに口を開いたが、すぐに閉ざした。


「……いや、やっぱいいです。この子は僕の研究対象です。気安く触らないようにしてください」

「はい、わかりました。触ってしまい、申し訳ございません」


 素直に謝ると、彼はそっぽを向く。


「……その、保護してくれて、ありがとうございました」


 ユーインはそれだけ言うと、背を向けて歩いて行ってしまった。その瞬間、研究員たちは肩の力が抜けたように息を吐く。


「いつの間に抜け出したんだ」

「どんな呪いを持っているかわかったもんじゃないからな」


 そんな話し声が聞こえてくる。どういうことなのか聞きたかったが、口を開かないようにした。


「アイリーン」


 ハロルドに呼びかけられてそちらを向くと、彼は仕方なさそうに笑っていた。


「……お願いですから、危険なことはしないでくださいね」

「ごめんなさい」


 その謝罪を聞いて、ハロルドはうなずく。そして、アイリーンの手を取ると、その手を引いて研究室を後にした。




 さきほどの生き物。不思議な見た目をしていたが、普通の動物のようだった。だが、周りにとっては不気味な生き物のように扱われていた。……それが自分と重なって見えた。周りには自分は異物のような存在なのだろう。それが少し寂しかった。


「ヴィオラの荷物は研究棟の保管庫に移動されています」


 研究棟の保管庫は研究室のある階の上に設置されているようで、階段を上がって保管庫に向かう。すれ違う研究員たちにチラチラと目を向けられながら、アイリーンは保管庫の中に入った。

 ヴィオラの持ち物を詰め込むために空けられた保管庫には、ぎっちりと彼女のもので埋め尽くされている。既に調査に駆り出されている研究員は、その多さにうんざりしているようだった。


「何か怪しいものは」


 研究員に声をかけるが、誰もが首を振る。


「一つずつ検査をしていますが、黒魔術具のようなものは発見されていません」

「召喚札は?」

「それも今のところ、見つけられておりません」


 その言葉に、アイリーンは小さく肩を落とした。ヴィオラが黒魔術に手を染めている証拠がなければ、入れ替わりの事実を証明できない。


「まだ調査している途中ですので、まだわからないこともありますが……わかりしだい、またご連絡差し上げます」


 ハロルドはうなずくと、保管庫を見渡した。彼女の持ち物はまだまだある。調査はしばらく続くだろう。


「調査が終わるまで、別のことをしましょう。もし、彼女の荷物から何も出て来なかった場合、次の手段を考えなければなりませんからね」

「次の手段とは?」

「彼女に共犯者がいた場合です。彼女の家族、友人、もしくは……アイリーン様自身が無意識に共犯者になっていた可能性もあります」


 魔術具は様々な形をしている。家具や装飾品、装身具のように用途に合わせて形を作り替え、使用することもあるのだ。


「知らないうちに、アイリーン様の身に着けていたものが魔術具にすり替わっていた可能性もあります」


 自分の持ち物が魔術具にすり替えられているということは、身の回りの世話をしてくれていた人間の中に共犯者がいる可能性もあるということだ。自分の周りには味方しかいないと思って生活してきたが、悪意が潜んでいるかもしれないという事実を、まだ受け止められない。


「ですが、今はそれを調べることができませんから、まずは彼女の周囲を調べる必要があります」


 二人は保管庫を出て、研究室のある階まで降りてくる。そのまま通り過ぎて出口に向かおうとすると、研究室の方からどこかざわついているように聞こえた。


「どうしたんでしょうか」


 アイリーンがそちらに目を向けると、ハロルドが通り過ぎた研究員に声をかけた。


「何かありましたか?」


 問いかけられた研究員が困った表情を浮かべる。


「ユーインの研究対象が脱走したとかで、総出で探しているのです」


 研究対象と言えば、さきほどの犬のような黒い生き物のことだろう。


「どうして脱走したのですか?」

「それが……」


 研究員は言い出しにくそうな表情で、口をもごもごとさせる。


「言いなさい」


 ハロルドにそう言われ、研究員は顔をしかめながら口を開いた。


「研究員の一人がちょっかいをかけたのです。それで、その生き物が興奮をしてしまって、研究員に噛みつきました。騒ぎになった中を、その生き物が駆けだしたのです」

「それはまた、愚かなことをしてくれましたね」


 ハロルドは静かに怒っているようだった。目を細めて研究員を見ると、落ち着いた声で言う。


「その研究員をあとで団長室に呼びなさい。研究員たちには、必ず見つけるようにと伝えなさい。魔術騎士も派遣して構いません。確実に確保しなさい」

「は、はいっ!」


 ハロルドの怒りに触れ、研究員は慌てたように飛び出していった。それを見届けて、彼はハア、と息を吐く。


「大丈夫でしょうか……」


 つい気になって、研究員たちの方をチラチラと見てしまう。研究員たちはバタバタと慌ただしそうにしていた。そんな彼らの横をすり抜け、研究棟の外へと歩いていく。


「これは魔術師団の問題です。アイリーンには関係のないことですから、あなたは……」


 ハロルドがそう言い終わる前に、アイリーンは顔を上げた。

 何かの鳴き声が聞こえる。寂しそうで、怯えたような声だった。あたりを見渡すが、姿が見えない。目を閉じて、声の場所だけを意識する。


「ハロルド、あっちから何か聞こえます! あたし、ちょっと見てきますね!」

「アイリーンッ!?」


 ハロルドの制止を聞かず、アイリーンは音のする方へと走り出す。

 ハロルドには助けられてばかりだ。何か手伝えることがあるなら、助けになりたい。そう思いながら、草木の中を走り抜けていく。ハロルドもその後ろを追うように走っていた。

 研究棟の近くの草木を抜けていくと、そこには木の下で小さく震えている黒い生き物がいた。


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