12話 恋という感情
「ハロルド、なぜお前がここに……」
エルヴィスの言葉に、ハロルドはにこりと微笑んだ。
「もちろん、無罪を証明することができたからですよ」
ハロルドは王の方へと視線を向けた。今まで黙って見ていた王が立ち上がり、エルヴィスの方を向いた。
「今回の件はエルヴィスがすべてを担うと聞いていたから、私は成り行きを見守っていた。だが、事を荒立てるばかりで、きちんとした解決に向かいそうもない。だから、私も口を出すことにした」
王は従者を呼ぶ。従者に何かを手渡され、王はそれを掲げた。
黒い小さな紙だった。そこには何かがにじんでいる。
「これは、黒魔術師を呼ぶ召喚札だ。血判も押されている。これがどこから出てきたかわかるか?」
その言葉に顔を青ざめたのはエルヴィスだった。
「……なぜ、それがここに」
「エルヴィスの部屋を調査させてもらった。私もお前の無実を証明したくて行ったが……残念だよ」
王は兵士に目を向ける。兵士はエルヴィスを取り押さえると、杖を取り上げた。
「父様……」
「おまえはそのまま、話を聞いていなさい。ハロルド、頼む」
ハロルドは微笑むと、懐から何かを取り出した。それは先ほど王が掲げたものと同じものだった。
「ここにも実は召喚札があります。これは、私が以前に黒魔術師から受け取ったものになります。ですが、これは未使用です。今、ここで証言者を呼ぶことにしましょう」
ハロルドはナイフで指を切ると、血を召喚札に押した。召喚札は煙を吐き、宙へ浮かぶ。煙が周りに広がると、影が落ちた。そこには黒いローブを着た男性が立っていた。
「おやおや。こんな大勢で。人の多いところで呼び出されたのは初めてですね」
背の高い男性は顔に白い面をつけており、表情が見えない。唯一見える口元は笑っているように見える。
「ハロルド様。やっと呼び出してくださいましたね。待ちくたびれましたよ。さあ、どんな魔術具をお求めで?」
黒魔術師はハロルドに向かって、ゆるりと頭を下げる。ハロルドは微笑んで首を横に振る。
「私が欲しいものは魔術具ではありません。あなたの証言です」
「それはまた、面白いことを」
黒魔術師は周りを見渡した。そして、口元を緩ませると素直にうなずいた。
「私の知ることでしたら、お答えしましょう」
彼の返事を聞き、ハロルドは王の方を見た。王は黒魔術師の方を見て口を開く。
「では、質問をしよう。お前はエルヴィス、もしくはヴィオラに黒魔術具を渡したことはあるか?」
「はい、ございます。お二人に魔術具をお渡ししました」
「それは、どのような黒魔術具だ?」
黒魔術師は口端をキュッとつりあげる。
「ヴィオラ様には猫になる魔術具を。猫になって、会いたい人がいたようですね。そして、エルヴィス様には人と人の中身が入れ替わる魔術具をお渡ししました」
「つまり、ヴィオラは猫になって、エルヴィスと接触をし、交流を深めた。そして、二人は協力し、アイリーンとヴィオラの入れ替わりを果たしたということか?」
王の問いに対して、エルヴィスは何も言わない。もう諦めているようだった。その様子を見たヴィオラがしびれを切らしたように口を開く。
「そんなの……黒魔術師の発言ではありませんか! わたくしが入れ替わっている証拠にはならないですわ!」
「ならば、試してみればいい」
王は兵士に目を向ける。
「エルヴィスの首飾りをこちらに」
兵士はエルヴィスが抵抗できないように手をおさえる。だが、エルヴィスは抵抗もせず、首を下げて、素直に首飾りを差し出した。
「ユーインと言ったか。これをその魔術具に当てなさい」
ユーインは兵士から首飾りを受け取ると、持ってきた魔術具を当てた。
「痛っ……」
アイリーンがそう言うと同時に、ヴィオラも同じように頭を押さえている。脈を打つような強い痛み。頭が割れてしまいそうだ。
目がかすみ、意識が朦朧としはじめる。両目をぎゅっと閉じ、痛みに耐えると……一瞬意識が飛んだ。
「――あれ」
頭の痛みがなくなった。ゆっくりと目を開ければ、さきほどいた場所とは別のところにいた。自分はエルヴィスの隣にいて、目の前にヴィオラがいる。
「体が……もとに戻りました」
そう呟くと、同じように元の体に戻ったヴィオラが恨めしそうにこちらを見ている。
「そこにアイリーンがそのような発言をするということは……入れ替わりは本当だったということだな」
「どうして。どうして、突然魔術が解けるのよ……」
ヴィオラの言葉に答えるように、黒魔術師が口を開いた。
「ほお、ドワーフの鉱石か。よく手に入れましたな」
黒魔術師の視線の先にはユーインがいる。彼は黒魔術師を睨んでいた。憎んでいるよな表情を見て、目の前にいる黒魔術師がユーインの父親だということがわかった。
「僕だって、ただ指をくわえていただけじゃない。研究したんだ。……大切なものを取り戻すために」
ユーインは大切な家族であるオーリィに呪いをかけられた。呪いをかけた父親は、満足そうに笑みを浮かべている。
「息子が育ってくれて、親として嬉しいよ」
見れば、黒魔術師に対して兵士たちが剣を向けている。黒魔術師は動揺の色を見せず、仕方なさそうに肩をすくめる。
「おやおや。血の気の多い者たちばかりだ」
「用事は済んだ。だが、お前を逃がすわけにはいかない」
王の言葉に黒魔術師はニヤリと笑う。杖を持った手を掲げ、ゆっくりと振った。
「用事が済んだのでしたら、退散させていただきましょう」
その言葉と同時に煙が立ち込める。深い煙に黒魔術師の姿は見えなくなっていった。
「逃がすか……!」
ハロルドが魔術で風を起こす。だが、煙が晴れると、そこには誰もいなかった。
「逃げたか……」
王は疲れたように息を吐く。そして、目の前の惨状に肩をすくめた。
「エルヴィス」
王はエルヴィスの方に目を向ける。呼びかけられても、エルヴィスは顔を上げなかった。
「どうして、このようなことをした」
「…………すべて、アイリーンのせいだ」
エルヴィスはこちらを睨む。
「アイリーンはいつも特別だった。魔力を使うのが誰よりも得意で、人に好かれ、私よりも先に進んでいく。それが私にとって屈辱だということを、お前は気づきもしなかった」
その言葉に、アイリーンは大きく目を開く。そのように思われていたことを、自分は少しも気づかなかった。
「お前は婚約者のはずだ。私に寄り添うはずの存在だ。だが、お前は自分が目立つことばかりを率先して行なった。それを眺めるだけだった私の気持ちを……お前は少しでも考えたことはあったか」
負けず嫌いなところがあることは知っていた。だが、彼が陥れたいほど憎んでいるなんて、考えたこともなかった。
「……私はあなたの隣に立っていられるように、いつも努力をしていました。聖女として、ふさわしい行動に心がけていたつもりでした。……でも、その行動があなたを傷つけていたのですね」
自分は聖女の子だ。だから、その立場を奪われないように努力をしなければならなかった。魔力も勉強も、周りの人たちの交流も、すべて自分の立場を維持するために必要だった。
もちろん、周りの人たちは優しかった。だが、それに甘えていては、誰かにその居場所を奪われてしまう。……認めてもらうために、自分は努力をしてきた。
ヴィオラはエルヴィスの言葉を補うように言った。
「地位も名誉も国民の気持ちも……すべてを手に入れていたあなたにはわからないでしょうね。持たない者の気持ちが」
そして、こちらを強く睨む。
「アイリーン。あなたは自分のことしか考えていない。傲慢で気持ち悪い聖女よ」
何も言えなかった。
ヴィオラだけがそう思っているのだと考えていた。だが、その言葉はエルヴィスの気持ちを代弁しているのであれば……。
「…………」
謝った方がいいのだろうか。だが、謝るということは、今までの努力を自分で否定することだ。……ここでためらうこと自体、自分のことしか考えていないのだろう。
自分を否定して、彼らの気持ちに寄り添うのが、聖女の役目なのだろうか。
何も言えずに唇を噛む。すると、ハロルドがゆっくりとこちらに歩いてきているのが見えた。
「あなたたちにはそう見えるのですね。ですが、私にとって、アイリーンは周りの人たちを大切にする優しい聖女様ですよ」
ハロルドはアイリーンのそばに立つと、こちらに目線を合わせた。
「あなたは誰かのためにいつも無茶をする。自分のことを大切にしてください」
彼はそう言うと、エルヴィスたちの方に向き合った。
「あなたたちがそれぞれ苦しんでいたことはわかりました。ですが、そのためにアイリーンを害するのはおかしいとは思いませんか?」
エルヴィスとヴィオラは何も言わない。だが、その目は憎しみで満たされており、何が言いたいのかは伝わってくる。……アイリーンがいなければよかったのだと。
それを見て、ハロルドは眉を下げて首を横に振る。
「私には偉そうなことは言えません。ですが、もし私があなたたちと同じ立場だったのなら……他者を羨んでばかりの人生は選ばないでしょう。だって、これは私の人生なのですから」
王はその言葉にうなずくと、エルヴィスの方を見た。
「……私の教育不足だったとはいえ、残念なことになった」
エルヴィスはグッと歯を食いしばる。その姿を見て王は目を細めた。
「……エルヴィスは塔へ、ヴィオラは牢獄へ幽閉せよ」
王の言葉に兵たちは動き出す。
「エルヴィス様……」
アイリーンは声をかけたが、彼はもうこちらを振り向かなかった。
エルヴィスとヴィオラは兵に連れていかれる。部屋の外へと出ていくと、扉が閉まった。
「…………」
視線を下げ、唇を噛む。
今回の出来事は防げたはずだ。もっと、エルヴィスに寄り添うことができていたら、彼が黒魔術に手を出すことはなかった。自分がもっと彼のことを見ていれば……彼はこれ以上傷つくことはなかった。
「アイリーン」
王に呼びかけられ、アイリーンは顔を上げる。王は優しい眼差しでこちらを見ていた。
「君は優しい子だ。エルヴィスたちが言っていたとおり、今回の件を自分のせいだと思っているだろう。でも、違う。そんなことはない。君は何も悪くないんだ」
「ですが、私がもっとしっかりしていれば……」
「君は十分頑張ってくれていた。今回の件は私の監督不行き届きだ。君のせいじゃない。
「でも……」
「アイリーン。君は私にとって、娘も同然だ。私は君のことも守ってあげるべきだった」
王は目を細める。その目はエルヴィスに向かっていたものと同じで……温かいものだった。
「守ってあげられなくて、悪かったね」
「陛下……」
涙がボロボロと流れる。それを必死に拭った。陛下の御前だ。泣いてはいけない。それでも涙は止まらない。それを王は優しい目で見ていた。
「……君は全てを背負う必要はない。君だけのせいではないのだから。一緒に背負おう」
「はい……」
王は優しく微笑みながらうなずくと、ハロルドに目を向けた。ハロルドは礼の姿勢を取り、王の方へ頭を下げていた。
「ハロルド。今回の件を解決したら、ほしいものをもらう約束をしていただろう」
「はい」
「ほしいものとはなんだ」
ハロルドはちらりとアイリーンの方に目を向ける。そして、はっきりとした口調で言った。
「アイリーン様への求婚する権利が欲しいです」
その言葉に涙が止まった。
「え……?」
状況が読めなくて、首をかしげる。その様子を見てハロルドは小さく笑った。
「アイリーンとの婚約ではなくていいのか」
王の言葉にハロルドはうなずく。
「はい。アイリーン様はまだ、エルヴィス殿下とのことで傷心しておられます。そこに私との婚約が決まってしまうのは、あまりにも酷でしょう。……私は求婚する権利をいただければいいのです。……今まではそれすら叶わなかったのですから」
「そうか……。かまわん。どうせ、エルヴィスとの婚約は破棄されるのだからな」
王の言葉にハロルドは深く頭を下げる。そして、アイリーンの方を向いた。
「アイリーン。あなたは誰にでも優しく、私はその中の一人なのでしょう。ですが、私はあなたの特別でありたいです。……あなたの隣にいることを許してくれますか?」
ハロルドの気持ちは嬉しかった。でも、わからなかった。
「……どうして、私なの。私は……あなたの思っているような人じゃない」
「あなたが自分のことをどう思っているかはわかりません。ですが、どうか殻に籠らないでください。エルヴィス殿下やヴィオラが見ていた姿だけがあなたではありません」
ハロルドは口元を緩める。目を細め、優しい眼差しをこちらに向けている。
「私にとってのあなたは、温かい人だ。他者の罪をまるで自分の罪のように背負い、これ以上その人が傷つかないようにと祈れる人なのです。……私はそんなあなたに恋をしました」
ハロルドは懐から小さな箱を取り出す。その蓋が開かれ、そこには指輪が収まっていた。
「もし、私の気持ちを受け入れてくださるのであれば……この指輪を受け取っていただけますか」
ハロルドの言葉はじわりと心に染みていく。私は彼の気持ちに応えていいのだろうか。
「アイリーン。あなたの心のままに」
自分はハロルドのことをどう思っているのだろうか。
心強い味方。一緒に目的を遂行するための相棒。……そして、一緒にいて心地の良い人。
恋というものがどういうものかわからない。でも、恋をするというものが人によって決まっていないのなら……私はこの感情がいい。
ゆっくり彼のもとに歩みより、彼の手を両手で包み込む。
「……ハロルド、私もまた、あなたに恋をしていました。こんな私でも……受け入れてくれますか?」
ハロルドは大きく目を開く。そして優しく笑みを浮かべた。
「喜んで。今のあなたも、未来のあなたも……ずっと、大切にいたしましょう」
彼は箱から指輪を取ると、アイリーンの手を取った。そして、その薬指に指輪を着ける。
「……ありがとう、ハロルド」
自分はきっと、罪を背負い続けるだろう。けれど、ハロルドといればきっと……いつか乗り越えられるかもしれない。そう思って。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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☆1つでもかまいません。あなたの評価をお待ちしております。
次回作は来年5月~6月頃の公開となります!
完結を目指して、書いております。
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