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τ₋Low『黄金色の獣』  作者: ありおん〆
2/2

強襲

そのころ、幻術の森の北西では大小の影が交わっていた。


「くそっ!! 放しやがれっ! ブタ鼻しやがって! このブタ魔っ! ブタ魔っ!」


ブタ魔と呼ばれたその怪物は、釣り上がった鼻から生臭い息を吐きだしている。

頭頂にはゆがんだ角が一本あり、マダラに散らばる濃い紫が不気味であった。

怪物は、ひどく白濁(はくだく)した一つ目を見開くと、どす黒い皮膚を筋肉で盛り上げた———。


突き出された剛腕に、小さき体の獣が締め上げられている。

黄土色の毛並みは褐色に滲み始めた。


黄土の獣は、がむしゃらにそれを振り払おうと、怪物の丸太のごとき剛腕に何度も左右の手を打ち付け逃走を試みる。


「このっ! このっ! 大木いかれポンチっ!」


その様を見据えた丸太の持ち主は、内臓までも振るわせる怒声を放った。


「言えっ! お前の一族の生き残りは何匹だ? ついでに結界の秘密も教えてもらおうか?」


「知るかっ! そんなのっ!」


次の瞬間、ブタ鼻丸太の瞳孔が急縮した———。


「ぐわあぁぁぁっ!!」


締め上げる力に、黄土の獣は声までも奪われて行く。


(このままオイラは死ぬのか———?一発で言い……喰らわしてやりたい……。)


「終わりだガキ! お前の絶望のもっとも甘美な瞬間を食わせてくれっ。ぎゃっはっはっは」


(くうぅっ。もう声も……)


薄れゆく視界。

体の奥で激しく高鳴る鼓動が、現実との関りを急激に引き裂いてゆく。




次の瞬間——。


グシャっという音が小さき獣の全身に響いた。

その直後————。地面に身を打ち付ける感覚があった。


(死んだのか……)


朦朧(もうろう)とする小さき獣の目は、一筋の毛ほどのものへと閉じられていった。





それと同じ頃―—。


南西にもまた、ふたつの影があった。

ひとつは人間のそれであるが、一方は獣のそれである。


時おり響きわたる高笑いが、二人の関係を物語っていた。


「あの芯観(しんかん)が、ここまで頼もしくなるとはのぅ」


黒黄金の獣は、老齢らしい口ぶりで、威厳に満ちた風を漂わせながら人間と語らっていた。


「はははっ、拙者も日々修験に明け暮れておりますゆえ————。長老様こそ、まだまだご健在ではございませぬか」


そう言いながら、錫杖(しゃくじょう)を手にした僧らしき若者は、また高く笑い上げた。


「わっしゃっしゃっ。若い者の成長は、年寄りには楽しみじゃ————。時に、法師殿はご健在か?」


(しん)(かん)はその言葉に顔を曇らせ、一歩下がりながら膝まづくと、例を取りながら空気を改めた。


「長老さま。法師様はじきに引かれるお覚悟です。ですから……」


その先は聞くことも無いという風に長老が割ってはいる。


「われらに、都に上がれとでも言いたげじゃのぅ」


「はい——。法師様の霊力が尽きる前に、安全な場所へお越しくださいませ」


「法師殿には世話になった……。じゃが、それはできん事じゃわぃ」


「何故でございましょう……?」


「もとより、我らは人に仇なす性分——。院に入るとはゆえ危険すぎるのじゃ……。うぬ等にも……。わし等にも……」


ならばとばかりに、芯観(しんかん)は別の要件を切り出した。


「長老様。では、太聖の力を紡ぐ者は現れてございますか?」


「現れてはおる……。じゃが、まだまだ力量不足じゃ。自覚を持てば自ずと力量も増すじゃろうが……」


「やはり、雲将(うんしょう)殿でございましょうか?里で一番の剛の者でございますのに、自覚がおありにならないとは……」


長老はしばらく天を仰ぐと、静かに応えた。


「おぬしにも、雲将(うんしょう)と見えるか——?」


雲将(うんしょう)殿では無いと……!?ではどなたが……?」



そう言い終わる刹那——。


長老に殺気が宿ったのを、芯観(しんかん)は感じ取った。

手にした錫杖(しゃくじょう)を構え、長老が殺気を放つ方角へと構える。

長老は右の腕で芯観を後方に下げながら、虚空に向かって渇をいれた。


「姿を現せぃ」


「たいしたものだ——。」


それと同時に目の前の空間が歪みだし、2間(約3.6m)はあろうかという、巨大な人型が姿を現した。


見るほどにおぞましい姿であった。太く禍々しい角が2本見てとれる。

鎧を着ているかの如く頑丈そうな皮膚は、漆黒に染め上げられ幾重にも重なっているように見えるが、無駄な脂肪らしきものではない。鍛え上げられた体であることは一目で解った。

深紅に見開かれた2つの眼は、殺伐とした威圧を与えてくる。


「芯観よ…下がっておれ——。」


そこには、頭頂から背中までの黒黄金の毛を逆立たせ、両の足で立ち上がる長老の姿があった。


長老は、何やら呪句を唱えると、青白い陽炎を全身にまとわせた。


「お前は連れて行く」


漆黒魔は芯観にそう言い放つと、長老に視線を移した。


「お前は喰らってやる。その妖術はもらい受けてやるっ」



次の瞬間——。


鋭い爪を下から突き上げるように構えた漆黒魔が、地を揺るがす勢いで突進してきた。


長老は首のあたりから1本の毛を抜くと、囁くような声で念を込めた。

艶やかな毛は、刹那のうちに三日月刀へと変化を遂げる。


いよいよ鋭い爪が長老に襲い掛かろうとした時、背丈の半分ほどにも満たない長老は、その重い一撃を受け止めた。


激しく打ち合わさる金属音———。


漆黒の魔物はニヤリと笑みを浮かべた。


「老いたりと言えど妖猿の一族。楽しませてくれるわっ!ぐわっはっはっは」


「貴様ごときに笑われるとは、わしも歳を取ったのぅ。わっしゃっしゃっしゃ」


負けじと長老も笑い飛ばす。


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