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君が笑う、その世界でまた  作者: 星乃いーふ
歌の魔法
9/10

ただそれだけ

 私がシロを好きだと自覚し、それに対して蓋をしようと決めた日から早一週間。

 そこで私はふと気づいた。


「あれ……? 実技のテストって、やってないよね…?」


 おかしい。最初に図書室に来た時にあと五日後だったはずだ。それで、二回目に図書室に来た時は三日後。それから数回来て、数日が過ぎ、そして好きを自覚する。自覚した日から一週間も経っている。

 それなのに実技のテストがやってきていない。

 もしかしたら、カレンダーの読み違いかもしれない。

 いや、本当にそうだろうか。

 おそらく合計すると私は二週間ほど経っている。

 さすがに二週間も見間違えないだろう。


「じゃあ、なんで……」


 ひかりに聞いてみようかな。

 そう考えたところで頭がズキリと痛んだ。

 ズキっ、ズキ、ズキ。

 頭が破裂しそうなほど、痛い。

 私はその場に座り込んだ。


「あっ……ああ……」


 まともな声も出せずに、はあはあ、と息を吐く。


「っ大丈夫!?」


 とたんに男の人の声がした。


「し……シロ……?」


 柔らかい銀髪が見えて私は声を出す。

 すると、まるで頭の中に入った悪魔が抜けていくように、頭の痛さがなくなった。


「大丈夫?」

「う、うん」


 ……き、気まずい……。

 さっきまでは本当に頭が痛かったから弁解のしようがあるものの、今、私は完全な異常者だ。

 絶対、変だと思われた。

 ……好きだって自覚したらこれ? 神様、私に恋愛は似合わないって言いたいんですか!?

 

「なら良かった。図書室に用があるんだよね。さ、入ろ」

「う……うん」


 ……あれ? なんか対応が……いつもと違う?

 いや、これまでが変だったのだろう。

 私みたいな平凡で歌の魔法しか持ってない、むしろ下の人間が、シロみたいな素敵な人と一緒に話せるわけがなかったんだ。

 これまではきっと夢だったのだろう。

 なんて素敵な夢だったろう。

 私はシロに会うという正夢を見たのだろうか。

 だったら凄いことだ。

 夢だったとしたら、私は今タメ口を易易と使っていた。

 敬語に切り替えなければ。


「あの、ごめんなさい。急に座り込んだりしてて」

「ん? ああ、全然大丈夫だよ。それこそ君、大丈夫だった? 頭がまだ痛いようなら保健室に連れて行くけど……」

「う、ううん! 全然、全然! 大丈夫だか……ですから!」

「そう? ならいいんだけど」


 私はなんてことをしてしまったんだ。

 ちらりと横を見ると、シロは何も気にしていないというように机に向かっていた。

 ……私も本、取りに行こうっと。


「…………やっぱり君は……すごく素直だね」


 ぼそぼそとシロは何かを言った。

 私はそれに気づかなかった。



 ぱら、ぱら。

 カリカリ、カリカリ。

 本をめくる音と、文字を書く音が交差する。

 

 ……やっぱり、本当に夢だったんだ。

 シロは話しかけてこないし、先程も初めて会ったような反応だった。

 ……でも、ちょっと、気になる。


「あ、あの!」


 シロは書いていた手を止めた。


「どうかした?」

「えっと、あの。邪魔してごめんなさい」

「あはは、大丈夫だよ」


 優しく目を細め笑うシロ。


「私、昨日までとかシロに勉強とか教えてもらってたんだけど……っていう夢を見てたんだけど、正夢っぽくて。シロは……私のこと……分かる?」

「…………」


 シロは意味深に黙った。

 私は心臓をドキドキさせながらシロの答えを待つ。


「……ごめん、分かんないな」

「そっ……か」


 やっぱり夢だったのだ。

 私はその事実に、少しの悲しみを心に残した。

 ……なんで? 別に悲しくはないでしょ。

 なぜ、私は。

 こんなにも心が苦しくなっているのだろう。

 なんで、なんで。


「君、大丈夫?」

「え……」


 シロは心配そうにこちらを見てくる。

 ひどい顔をしているのだろう。なぜだか分からないが、今は悲しくて、哀しくてたまらない。

 無理矢理顔を笑わせる。


「大丈夫です。全然……大丈夫です」

「本当に?」


 シロは手をのばし……私の頬を触った。

 

「えっ、あ、あの」

「……大丈夫?」

 

 私の方がそれを聞きたい。


 なぜ、シロは私の顔を触っているの。

 何かゴミでもついていたの?


 ——なぜ私は……泣いてるの?


「……何か辛いことがあったんだね。良ければ話を聞くよ」

「ぜんっぜん……大丈夫ですって……」


 優しい言葉をかけてくるシロが今だけ少し、憎らしかった。

 ……今、君のせいで泣いてるんだよ。

 ねえ、そうだよね?

 私は、夢を見ていたんだよね? 

 そうだよね?

 無かったことになんか、してないよね?

 私が情けないから?

 私が、平凡で、特に秀でてるところがないから?

 私の心はもう、夢ではないと気づいているようだった。

 でも、頭が理解しようとしない。

 理解したくない。

 だって——。

 それはまるで、私を傷つけようとしたような……。

 

 違う、そんなことシロがするわけがない。

 優しく微笑んでくれるシロが、そんなこと……。


「……『大丈夫っていう人は大丈夫じゃない。誰かに助けを求めているんだよ』……僕、この言葉好きじゃないんだ」


 突然シロは言った。

 いや、突然ではないか。


「……なんで」


 私の口から小さい言葉が出てくる。


「……だって、それじゃあ優しさで言った『大丈夫』も、助けを求めているみたいだ」

「優しさで……? シロがってこと?」


 もう敬語は解けていた。


「僕は、違う。助けを求めてもいないけど、優しさで出してる言葉じゃない。でも、君は違う……ような気がする。君は、優しいから『大丈夫』って言うんじゃないかな?」

「……違うと、思うよ。私は優しくなんかない」

「ううん、君は、優しい」


 なぜかシロは悲しそうに言う。

 

「君は、ってやめて。シロも、でしょ」

「違うよ。僕は優しくなんかない」

「そんなことない!」


 私は久しぶりに声を荒げた。


「そんなこと、ないよ。優しくなかったら、勉強教えてくれないよ。人が泣いたときに、そうやって励ましの言葉はくれないよ。というかそれ以前に……優しさとかどうでもいいから……!! シロ、私と図書室でここ最近会ったこと覚えてるでしょ?」

「……なんでそう思うの?」

「さっきから、バレバレだよ。初めて会った人のこと、そんなに知るわけないじゃん。……ほら。優しい。私が泣いたから、焦って、励ましの言葉探してくれたんだよね。やっぱり優しいよ、シロ。……何か、理由があるんでしょ」

「あるって言ったら?」

「さっき私のこと覚えてない振りしたの忘れる」


 なんか上から目線かな、と思いつつも言葉を続ける。


「そっか。じゃあ、言っちゃおうかな」


 シロはごめんね、と呟く。


「僕、君のこと忘れた振りした。本当にごめんね。ごめん……理由は、まだ言えない」

「そっか」


 言えないと言われたけど、なんだかすっきりした。

 きっと、まだ踏み込んじゃいけないんだろう。


 私たちはただ、一週間ほど図書室で会話を交わし、勉強を教えてもらう仲になっただけなのだから。


読んでくださりありがとうございます!

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