ただそれだけ
私がシロを好きだと自覚し、それに対して蓋をしようと決めた日から早一週間。
そこで私はふと気づいた。
「あれ……? 実技のテストって、やってないよね…?」
おかしい。最初に図書室に来た時にあと五日後だったはずだ。それで、二回目に図書室に来た時は三日後。それから数回来て、数日が過ぎ、そして好きを自覚する。自覚した日から一週間も経っている。
それなのに実技のテストがやってきていない。
もしかしたら、カレンダーの読み違いかもしれない。
いや、本当にそうだろうか。
おそらく合計すると私は二週間ほど経っている。
さすがに二週間も見間違えないだろう。
「じゃあ、なんで……」
ひかりに聞いてみようかな。
そう考えたところで頭がズキリと痛んだ。
ズキっ、ズキ、ズキ。
頭が破裂しそうなほど、痛い。
私はその場に座り込んだ。
「あっ……ああ……」
まともな声も出せずに、はあはあ、と息を吐く。
「っ大丈夫!?」
とたんに男の人の声がした。
「し……シロ……?」
柔らかい銀髪が見えて私は声を出す。
すると、まるで頭の中に入った悪魔が抜けていくように、頭の痛さがなくなった。
「大丈夫?」
「う、うん」
……き、気まずい……。
さっきまでは本当に頭が痛かったから弁解のしようがあるものの、今、私は完全な異常者だ。
絶対、変だと思われた。
……好きだって自覚したらこれ? 神様、私に恋愛は似合わないって言いたいんですか!?
「なら良かった。図書室に用があるんだよね。さ、入ろ」
「う……うん」
……あれ? なんか対応が……いつもと違う?
いや、これまでが変だったのだろう。
私みたいな平凡で歌の魔法しか持ってない、むしろ下の人間が、シロみたいな素敵な人と一緒に話せるわけがなかったんだ。
これまではきっと夢だったのだろう。
なんて素敵な夢だったろう。
私はシロに会うという正夢を見たのだろうか。
だったら凄いことだ。
夢だったとしたら、私は今タメ口を易易と使っていた。
敬語に切り替えなければ。
「あの、ごめんなさい。急に座り込んだりしてて」
「ん? ああ、全然大丈夫だよ。それこそ君、大丈夫だった? 頭がまだ痛いようなら保健室に連れて行くけど……」
「う、ううん! 全然、全然! 大丈夫だか……ですから!」
「そう? ならいいんだけど」
私はなんてことをしてしまったんだ。
ちらりと横を見ると、シロは何も気にしていないというように机に向かっていた。
……私も本、取りに行こうっと。
「…………やっぱり君は……すごく素直だね」
ぼそぼそとシロは何かを言った。
私はそれに気づかなかった。
ぱら、ぱら。
カリカリ、カリカリ。
本をめくる音と、文字を書く音が交差する。
……やっぱり、本当に夢だったんだ。
シロは話しかけてこないし、先程も初めて会ったような反応だった。
……でも、ちょっと、気になる。
「あ、あの!」
シロは書いていた手を止めた。
「どうかした?」
「えっと、あの。邪魔してごめんなさい」
「あはは、大丈夫だよ」
優しく目を細め笑うシロ。
「私、昨日までとかシロに勉強とか教えてもらってたんだけど……っていう夢を見てたんだけど、正夢っぽくて。シロは……私のこと……分かる?」
「…………」
シロは意味深に黙った。
私は心臓をドキドキさせながらシロの答えを待つ。
「……ごめん、分かんないな」
「そっ……か」
やっぱり夢だったのだ。
私はその事実に、少しの悲しみを心に残した。
……なんで? 別に悲しくはないでしょ。
なぜ、私は。
こんなにも心が苦しくなっているのだろう。
なんで、なんで。
「君、大丈夫?」
「え……」
シロは心配そうにこちらを見てくる。
ひどい顔をしているのだろう。なぜだか分からないが、今は悲しくて、哀しくてたまらない。
無理矢理顔を笑わせる。
「大丈夫です。全然……大丈夫です」
「本当に?」
シロは手をのばし……私の頬を触った。
「えっ、あ、あの」
「……大丈夫?」
私の方がそれを聞きたい。
なぜ、シロは私の顔を触っているの。
何かゴミでもついていたの?
——なぜ私は……泣いてるの?
「……何か辛いことがあったんだね。良ければ話を聞くよ」
「ぜんっぜん……大丈夫ですって……」
優しい言葉をかけてくるシロが今だけ少し、憎らしかった。
……今、君のせいで泣いてるんだよ。
ねえ、そうだよね?
私は、夢を見ていたんだよね?
そうだよね?
無かったことになんか、してないよね?
私が情けないから?
私が、平凡で、特に秀でてるところがないから?
私の心はもう、夢ではないと気づいているようだった。
でも、頭が理解しようとしない。
理解したくない。
だって——。
それはまるで、私を傷つけようとしたような……。
違う、そんなことシロがするわけがない。
優しく微笑んでくれるシロが、そんなこと……。
「……『大丈夫っていう人は大丈夫じゃない。誰かに助けを求めているんだよ』……僕、この言葉好きじゃないんだ」
突然シロは言った。
いや、突然ではないか。
「……なんで」
私の口から小さい言葉が出てくる。
「……だって、それじゃあ優しさで言った『大丈夫』も、助けを求めているみたいだ」
「優しさで……? シロがってこと?」
もう敬語は解けていた。
「僕は、違う。助けを求めてもいないけど、優しさで出してる言葉じゃない。でも、君は違う……ような気がする。君は、優しいから『大丈夫』って言うんじゃないかな?」
「……違うと、思うよ。私は優しくなんかない」
「ううん、君は、優しい」
なぜかシロは悲しそうに言う。
「君は、ってやめて。シロも、でしょ」
「違うよ。僕は優しくなんかない」
「そんなことない!」
私は久しぶりに声を荒げた。
「そんなこと、ないよ。優しくなかったら、勉強教えてくれないよ。人が泣いたときに、そうやって励ましの言葉はくれないよ。というかそれ以前に……優しさとかどうでもいいから……!! シロ、私と図書室でここ最近会ったこと覚えてるでしょ?」
「……なんでそう思うの?」
「さっきから、バレバレだよ。初めて会った人のこと、そんなに知るわけないじゃん。……ほら。優しい。私が泣いたから、焦って、励ましの言葉探してくれたんだよね。やっぱり優しいよ、シロ。……何か、理由があるんでしょ」
「あるって言ったら?」
「さっき私のこと覚えてない振りしたの忘れる」
なんか上から目線かな、と思いつつも言葉を続ける。
「そっか。じゃあ、言っちゃおうかな」
シロはごめんね、と呟く。
「僕、君のこと忘れた振りした。本当にごめんね。ごめん……理由は、まだ言えない」
「そっか」
言えないと言われたけど、なんだかすっきりした。
きっと、まだ踏み込んじゃいけないんだろう。
私たちはただ、一週間ほど図書室で会話を交わし、勉強を教えてもらう仲になっただけなのだから。
読んでくださりありがとうございます!