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君が笑う、その世界でまた  作者: 星乃いーふ
歌の魔法
5/10

シロ

 ……どういうことだったんだろう。

 心の中に残るモヤモヤが一日経っても取り切れなかった。

 ……えーっとつまり、あの図書室にはほとんど人が来てなかったってこと?

 それはおかしいだろう。その優しい男の子と私以外誰も来てなかったなど。

 先輩なども来ていない、ということなのだ。

 考えがまとまらなかった私は、とりあえずひかりに聞いてみることにした。


「ねえ、ひかり。図書室行ったことある?」


 もしかしたら、蜂須川さんが間違えていたのかもしれない。

 私はそんな思いを抱えてひかりに聞く。一方、ひかりは不思議そうに首を傾けた。


「トショシツ……?」

「え?」


 ひかりは私に問いたようだが、私が逆に首を傾ける番となった。


「え? 図書室だよ?」

「ごめん、もう一回言ってくれる?」

「図書室、だけど」

「やっぱりトショシツ? ごめん、聞いたことないや」


 ……何かの冗談?

 図書室を知らないことなんてあるのだろうか。しかも、ひかりが言った図書室は、発音が悪い。これと言ったら何なのだが。

 何というか、片言だった。


「そっ……か」


 結局曖昧な答えだけを残して、私は「ありがとう」と言ってこの場を去る。


 ……行ってみるか。


 私は、あの場所に向かった。特別に気になるわけでもなかったが、何となく行った方が良い気がした。


「あのー、蜂須川さんいますか?」

 

 扉をそーっと開けて周りを見渡す。


「あら、いらっしゃい」


 私は声の主を確かめる為に後ろを向いた。目の前では、蜂須川さんがにこりと笑っていた。

 後ろから来られると、どうにも心臓が飛び上がる。その理由は、さっきまでは後ろにいなかったから、だ。


「蜂須川さんは後ろから来るのがお好きなんですね」

「ふふっ、別にそういうわけじゃないわ。貴方が前しか見ていないからよ。後ろを見なくちゃ」

「後ろを見ても、さっきまではいなかったと思いますけど」

「そう?」


 蜂須川さんは意味深に笑みを深めた。この人は、何を考えているのか分からない。


「それでどうしたの? 本をお探しかしら」

「いえ、いや、はい。本も借ります。でもその前に、質問させてもらってもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

「図書室に、二人しか来ていないのはなぜですか? それと、私の友達は図書室のことをよく知らないみたいでした。何か理由があるんですか?」

「ふふっ、そんなに気になることが? いえ、そんな数でもないわね」


 蜂須川さんは苦笑しながら、目だけは真剣にするという面白いことをやってみせた。


「そうね。お友達が知らないのは、言ってしまえば、ここは存在していない、かしら」

「存在しない……ですか」


 全く意味が分からない。ここ、というのは図書室だろうが、そうなると図書室が存在しないことになる。


「深く考えなくていいのよ。そのままの意味。ただ、ここが存在しないというだけ」


 蜂須川さんは、私ではなく、まるで他の人と話しているような素振りをみせて微笑んだ。


「存在は……してると思うんですけど」

「今はそれでいいと思うわ。直に分かる」


 今度は、寂しそうに笑った。


「そうですか。……あの、それで二人しか来ていないのは」

「それも、ここが存在していないから。存在していないものに行くのは不可能でしょう」

「じゃあ、なんで私とその男の子は行けるんですか?」


 蜂須川さんは人差し指を口元に当てる。


「それは秘密。全てを知っても面白くないじゃない」

「いえ、別にいいんです。教えてください。じゃないと勉強も頭に入りません」

「そのことなら大丈夫よ。この世界にはテストや成績などというものはないわ」


 ……は?

 ますます分からなくなる。


「テストとか成績はあると思うんですけど……」

「ふふっ」


 蜂須川さんは私の質問に答えずに笑って本棚の方に行った。


「シロさん、いるんでしょう? 来ていいのよ」

「やっぱり見つかっていましたか」


 ……シロ?


 不思議な呼び名に私は声のする方を探した。確か、蜂須川さんが言っていた男の子だっただろうか。

 ……きれい。

 最初に思ったのはそれだった。

 サラサラの銀髪が耳元まで切りそろえられていて、瞳は深海のような深い青をしていた。

 表情は柔らかくて蜂須川さんの言う通り、優しそうだった。

 きれいな二重で鼻筋はするりと通っている。

 

「新しい方ですか?」


 自分が呼ばれていることに気付かず、男の子の方をじっと見つめた。

 声は滑らかで心地がいいものだった。


「こんにちは、僕はシロ。気軽にシロと呼んでください」

「は、はい……。えっと、私の名前は詩川宙良、です。よろしくお願いします」


 なにがよろしくなのかも分からないが、恒例の挨拶として彼に返す。

 シロの美しさに、私は蜂須川さんに質問をしていたことを忘れてしまう。全てが吹き飛ぶくらい、彼は綺麗だった。

 ……この匂い……藤の花?

 突然、藤の花の匂いがした。きっと、彼からの匂いだろう。

 なんだか、最近、この匂いを嗅いだ気がした。

 藤の花など見ていないのに。なぜだろうか。


「ふふっ、シロさん。この子、可愛いでしょう?」


 蜂須川さんの爆弾発言に私は心臓がバクバクしていた。きっと、彼は困るだろう。いきなりそんなことを聞かれても。それなのに、彼は、迷うことなく、一息で言い切った。


「はい。とっても可愛いですね」

「え……?」


 顔から火が出そうになる。先程よりも何倍か、心臓バックバクである。そんな私をからかうように、蜂須川さんは口を開いた。


「……ちなみに、どんなところが?」

 

 それは聞いてほしくない。私は心の中で絶叫した。

 次こそは絶対に困る。彼も恥ずかしいだろう。

 

「えっと……」


 ……ほら、やっぱり。困ってるじゃないですか!


 内心で蜂須川に怒る。


「何だろう。こう、全部可愛いな。姿勢とか言葉遣いがしっかりしてるし、良い子なんだろうね。笑ったら、もっと可愛いと思うなぁ」


 シロは恥ずかしがることなく、にっこりと笑った。

 私は一人で悶える。恥ずかしすぎる。

 信じられないほどに、心臓が速く動いている。よくそんな言葉を恥ずかしがらずに言えるな、私はそう思った。

 

 私は蜂須川さんのニヤニヤした顔と、彼のにっこりした顔を最後に、意識をなくした。

 もしかしたら、変な顔で倒れてしまったかも。


 ……何だろう。あったかい。

 温もりを感じる。

 できればずっとこのままでいたい。そう思ったとき、私は目を覚ました。


「大丈夫? どこも痛くない……?」


 心配そうに言う声の主は……。


「シロっ! ……さん」


 さんを付けたらいいのか、くんを付けたらいいのか迷って、結局さんにする。シロは美しい微笑を浮かべた。


「シロでいいよ。……ごめんね。あんなこと言って。気に障っちゃったかな?」


 不安そうに見つめてくるシロに、私は大変な罪悪感を得た。


「ぜ、全然! その、むしろ……嬉しかった。は、恥ずかしかったけど!」

「ふふっ、そっか。……ありがとう」


 ありがとうはこっちのセリフだよ、と喉先まで出かかった言葉を慌てて閉じ込める。少し馴れ馴れしいと思った。

 そして私は、気を紛らわせるようにして周りを見る。 

 ……あれ。なんかいつもと目線違う?

 なんだか目線が高い気がする。

 しかも、驚くことに、シロが私の顔に一センチほどしか間を作らず、くっつきそうなほどに近づいていた。

 心臓が高鳴る。これはお姫様だっこ、というものだろうか。私はその雰囲気に耐えられなくなって、口を開いた。


「あ、あの、すみません!」


 突き放すようにして腕から離れる。


「……ごめん」


 その瞬間、失敗したと思った。シロを悲しませてしまった。初対面で、会ったこともない人だけど、シロにこんな表情をさせてしまった。

 シロは、寂しそうな、悲しそうな顔をした。

 苦しそうな声だった。悲しそうな瞳だった。

 そうじゃない。ただ、恥ずかしかっただけ。そう言いたいのに、言葉が喉を通らなかった。私は、こんな情けない言葉しか言えなかった。


「……ううん。……ごめん。ごめんなさい……」


 そう言ってしまうと、後はただただ空気が重くて、言葉を発することもままならない。

 それなのに、優しい彼はは嬉しそうに微笑んだ。


「……ありがとう。僕は嬉しいよ」


 瞳に涙が溜まる。その優しい声で、泣きそうになる。

 ……私ってこんなに泣き虫だっけ?

 でも、いっか、と思った。しょうがない。だって、泣いてしまうのだ。自然に涙が出てきてしまう。この衝動を抑えることはできない。

 自己紹介をしようと思った。寂しそうな君に送る、私の最初のメッセージ。私が悲しませてしまったシロへの。

 私は泣きながら口元を動かした。


「詩川宙良です。これからよろしくね。……本当にごめんなさい」


 彼は驚いたように口を開いた。でも、とても嬉しそうだった。


「うん、こちらこそよろしくね。図書室仲間として」


 彼は手をこちらに伸ばす。

 ……握手、ってことかな?

 私も笑う。嬉しかった。


「名前は、シロ、って呼んだ方がいいよね」


 彼は少し迷ったような素振りをする。

 言いたくないことなのかもしれない。強制するつもりはない。


「あっ、ごめんね。言いたくなかったら、いいよ」


 そんな私を見て、彼は「ごめんね」と言う。また、謝らせてしまった。


「シロって呼んでくれるかな?」


 不思議な名前だ。苗字ではなく名前でも、あまり聞かない名前。

 たぶん、あだ名。自分の名前を言うのが嫌なんだろう。

 だから私はそのことに深く踏み込まずに笑顔で名前を言った。

「シロ、よろしくね」

 シロは嬉しそうな顔をした。その笑顔は、人を笑顔にする。私も嬉しい。


 しかし、私は知ってしまう。

「シロ」と言う名前の意味を。それは、とても辛く、悲しい物語だった。

 そして、私に、大きく関係していた。



星乃いーふです。

呼んでくださり、ありがとうございます(*^^*)

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