図書室
私はあれ以来、折野さ……いや、ひかりと仲良くなった。
過ごした日々は少ないけど、ひかりは、私の人生で一番大切な親友だと思う。
私が「ひかり」と呼ぶことになったのはひかりが、「あの、詩川さん。名前呼びしない?」
と、言ったからだった。もちろん私は同意した。
……ひかり、か。本当に光だよなぁ。
私がうんうんと一人で頷いていると、私を横から見つめてくる視線に気がついた。
「そーらっ! 一人で頷いてどうしたの?」
「わっ! 頷いてるの見てたの!? というか、私、頷いてた?」
「うん。一人でどっかの世界に飛んでた」
……恥ずかしすぎる……。
一人で頷いているなんて、なんて怖い現場だろう。
ても確かに私は一人言をよく言っていたから、気づかれていたら変な人だと思われていただろう。
「やっぱし宙良は面白いね」
ひかりは笑ってこちらを見る。
「ひかりってさ、美女だよね……」
「えっ!? な、なに、突然……。照れちゃうな」
「だって、顔ちっちゃいし、目大きいし、睫毛長い。鼻もめっちゃちっちゃいし、なんかもう全部のパーツ揃ってる。スタイルもいいし。モデルさんかと思ったよ」
本当にひかりは美人だ。でも、可愛い、ではなく、美しい、カッコイイ系の美人だ。
ひかりは頬を染め上げた。
「宙良ったら。褒めても何にも返ってこないぞ〜? あと、さ。モデルって、なに?」
ひかりは笑いながらライオンのポーズをする。
可愛い、と思った後に、衝撃がきた。
……モデルを……知らない?
そんなことがあるのだろうか。でも確かに、モデルという存在を知らないのが当然の国などもあるのだろう。
……ひかりは、日本人だと思ったけどな。
いや、絶対日本人だ。でも、日本人だけど別の国で生まれました、という可能性もあるだろう。深く踏み込む必要はない。
これはジョークかもしれない。
「モデルっていうのは、服を着飾って写真撮ったりしてるのを仕事にしてる人たちだよ。雑誌によく写ってるでしょ?」
「そうなんだ、ありがとう! ……ザッシ……?」
ひかりはお礼の後に何かを小さく呟いたが、私は聞こえなかった。ひかりは困惑していたが。
「それにしても、休み時間も勉強してるなんて、すごいね」
「あはは、暇なだけだよ……」
そう、暇だから勉強をする。一番効率的だと思うし、苦ではなかった。
それに、私は全然すごくなんかない。
今、少しでも実技で点数が取れるように勉強してるところだ。もう実技のテストが五日後に迫っている。
これで、私がひかりよりも点数が低かったら、きっと、馬鹿にされる。まぁ、その可能性がすごく高いが。歌の魔法を得てしまったからにはしょうがない。
……ポジティブ大事だよね!
「私さ、実技の点数、0点に近いと思うから。暇っていうのもあるけど、勉強しないとまずい、っていうところかな。取得した魔法、歌の魔法だったんだよ? 最悪……」
私は軽く言ったつもりだったが、その反対に、ひかりはすごく真剣そうに私を見つめた。
「歌の……魔法? うそ…」
「ううん。嘘じゃないよ」
やっぱり、歌の魔法は誰が聞いても驚くようだ。
ひかりは、眉をひそめて……いなかった。笑っていた。見下したのだろうか。私を。当然だ、と思った。むしろこれで、すごい!という方がどうかしている。……少し悲しかった。
でもやっぱり、ひかりは私の予想を超えてくる。ひかりはニコッと笑った。とても嬉しそうに。
「やった!! やっぱり、宙良には歌の才能があるんだね! 魔法に選ばれるくらいに!」
驚いた。そんな希望的言葉を言われることは想像していなかった。再び、ひかりは口を開いた。
「私、歌の魔法については詳しくないけど、ひとつだけ言えることがあるんだ! それは、歌は元気を与えるってこと」
最初は言っている意味が分からなかった。でも、その思いはすぐに潰された。
「確かに、歌の魔法は8つの魔法の中で最弱とは言われてるけど、それは違うよ。物理的な魔法や計略的な魔法じゃない。歌の魔法は……ううん、歌は」
彼女は言葉を一区切り置いてから、微笑んだ。
「……心の魔法だよ。私ね、昔、歌を聞いて涙がでた。すごい、心に染みたんだ。乾いてた私の心を、潤してくれた。だから、私、歌、好きだよ。元気になれる! 宙良はどんな歌を歌ってくれるのかなぁ」
ひかりは優しく笑って首を傾けた。
またもや涙がこぼれそうになる。でも、必死に止める。
少しだけ、かっこ悪いと思ったからだ。毎回、ひかりのその、温かい言葉に動かされてしまったら。私は、勢いで涙が出ないように注意しながら、口を開いた。
「ひかりは毎回、私に温かさをくれるね」
でも、やっぱり涙が出てしまった。この衝動を堪えるのは無理だ。
「……ありがとう。ひかり。私、ちょっと歌の魔法で頑張ってみる!」
彼女も涙を流した。
「私がそういう言葉を言えるのは、宙良が温かくて、優しくて、強いから。こちらこそ、ありがとう……。宙良」
お互いのおでこでコツンとする。それは、私たちの友情の証であると、話しているようだった。
「あはは。毎回、泣いてちゃ、強くなれないね」
「うん。こういうことで泣くのは、もう、これっきりね!」
私たちは、強く、頷き合った。
図書室
私は翌日、図書室に向かった。今まで存在を忘れていたが、魔法について調べるのは図書室が一番だ。
かなり遠い図書室にようやく着き、ドアを開けた。
そうすると、本の歴史を感じる本独特のにおいが一気に流れ込んできた。
「……いらっしゃい」
反射的に体が震えた。後に気づくが声の正体は普通に司書さんなのだが、突然声をかけられるとびっくりするものだ。
「今年、図書室にきた生徒の人数はあなたで二人目よ。おめでとう」
その瞬間、あれ?っと思った。何故か、カウンターにいる司書さんではなく、後ろから声がすることに気づいたからだ。おかしい。カウンターにいる司書さんが口を開いているというのに。
「あら? 詩川さん、前を見て、どうしたの? 何か気になるものでもあった?」
「えっ?」
私はすぐさま後ろを向く。背筋が冷たくなった。
「あ、ごめんなさい。そういえば解除しとくの忘れてたわ。そんなに怖い顔しないで?」
そう言って、女性は私よりも前にでてきた。そして、こう呟いた。
「リペア」
驚きで目が離せない。なんと、カウンターにいたはずの司書さんは消えてしまった。少し、「怖い」という感情を覚えた。そんな私の心情を見透かしたように、彼女は話し始めた。
「怖がることはないわ。これは、魔法だもの」
……あ……。
「まだ一年生は習っていないわよね。ごめんなさい?」
……あっ、そうだった。
久しぶりにそのことを思い出す。この世界に魔法があることを忘れていた。一年生は魔法に触れないからろうか。
目の前の司書さんは十代後半に見えた。だから、あまり魔法への差が感じられなかった。つまり、とても若く見える。しかも、めっちゃ美人。おしゃれに敏感そう。彼女はにっこり笑った。
「これはね、『分身魔法』」
……そうなんだ……。
そんな魔法があるのか、と自然に感動した。
「あ、あの、聞きたいことがあって……。その失礼なんですけど,実年齢何歳ですか…?」
「………………」
……失敗した! てゆうか、聞き方失敗した!
司書さん、めっちゃ無言。無の圧感じる。
怒られると思ったが、彼女は言葉をつなげてくれた。
「んーと、どういうことかしら?」
私はそこでなんとか第一印象を練り曲げようと努力する。
「えっと、その、すごく若く見えるので、どんな魔法つかってるのかなーって思って……。すみません。聞き方間違えました」
すると、彼女はとても嬉しそうな顔をした。
「あら、分かっちゃったっ!? 若く見える? 嬉しい! あ、でもこれ、魔法じゃないの。メイクよ、メイク。私は今、三十歳。名前は蜂須川未鳥よ。あ、嬉しかったから、言っちゃったっ!」
……メ、メイクかぁ。
すっごくキラキラしていた。
私はその方法も聞きたかったが、それよりも聞きたいことがあった。私はふぅ、と息を吐いた。
「すごいですね。メイクで、そこまで。……あの、すみません。もう一つ、聞きたいことがあって……。さっき、ここの図書室にきたの、私含めて二人って言ってましたよね? そんなに少ないんですか…?」
本当に聞きたいことだった。彼女は答えた。
「ふふっ。その瞳からすると、そっちの方が本命ね。あぁ、悲しいわ。私、あんなに嬉しかったのに」
彼女は悲しそうに目を伏せた。そうすると、彼女の長いまつ毛が一層目立ち、美しさを表現していた。
「あっ、あのっ! メイクに興味がないわけじゃなくて……」
私は急いで言う。そんな私に彼女はペロッと口を出した。
「ごめんなさい? ちょっとからかっただけよ。そんな本気になんないで」
彼女は、真っ赤に染まる唇を軽く吊り上げた。
「私、このラブール魔法学校の司書になるのは初めてだから……去年はどうだったのか、分からなくて……これが普通ではないのかもしれないわ」
司書になるのは初めて……ということは他の先生にもなったことがあるのだろうか。少し気になったが、私はそれよりも気になることがあったので、それはすぐに忘れてしまった。
「あっ、あのっ! ちなみにもう一人来ている子って、どんな子なんですか?」
たくさんの生徒がいる中で、二ヶ月間図書室にくる人が私含めて二人なのだから、そのもう一人というのも気になってくる。図書室に来ることが変なのかもしれない、私はそう考えた。相手が普通だったら嬉しい。安心する。
「ん〜そうね……。個人情報じゃないし、教えても問題ないかしら。……え〜と、第一印象として、優しい男の子かな?」
……男の子……。男の子か。
「ちなみに、性格とか、成績とかはどうなんですか?」
私はまっすぐ、蜂須川さんの瞳を見た。
蜂須川さんは目をぱちくりさせ、驚きながらも答えてくれた。
「ごめんなさいね。成績は教えてあげられないの。個人情報に値するから。でも、性格なら、答えられるわ。さっきも言ったけど、やっぱり、優しい、のよね。……んー、なんていうか、絵本に出てくる王子様みたいな感じ。顔もめっちゃ綺麗だしね」
……超美女で親切な蜂須川さんがベタ褒めなのだから、よっぽどイケメンで、優しいんだろう。
たぶん、普通じゃない。
でも、さすがに超イケメンで、優しくても、何千人いる中の一人は言い過ぎではないだろうか。この学校にはそういう子も結構いるだろうし……。
二ヶ月間、誰もこない理由にはならない。よっぽど本が少ないのだろうか? でも、ここから見る限り、かなりの量がある。私は他の理由も考えたが、全て、あり得ないことだった。
「あれ? どうしたの、詩川さん。ぼーっとして」
そんなことを考えていたら、蜂須川さんに声をかけられてしまった。
「なっ、なんでもないです! すみません」
そう言って、私は立ち上がった。
「あの、また来てもいいですか? 今日、ちょっと楽しくなっちゃて……本も借りれなかったので。もう遅いので、失礼します」
「ええ、もちろん。またいらして」
蜂須川さんが微笑んだことに安心して、私はドアを開けた。
そして私が扉を閉めた後。彼女はこう呟いた。
「詩川宙良。あなたが何故ここに?」
蜂須川さんのような大人っぽい人好きです。(完全に私事です、無視してください)
これからもよろしくお願いします。