96 真っ暗な塔の中で(9)
「ここが、図書館だ」
「…………」
ゴクリ、と喉が鳴る。
ポフが開いた扉を、パピラターはおずおずとくぐった。
「…………?」
部屋の中は明かりがついている。
この部屋は、灯りを消さないのかもしれない。
薄暗い部屋の中に、大きな棚がいくつも置いてある。
これは……?
近付いてみると分かる。
これは……。
「これ……全部本……?」
それは、パピラターが見たこともないほどの多くの本だった。
触ると分かる。
飾りなんかじゃない。
全部、紙でできている。
この中全てに、絵や文字が書かれているっていうの……?
「図鑑は、こっちだ」
先を歩くポフの後についていく。
周りよりも低い棚に辿り着くと、そこには、色々な図鑑が収められていた。
「星……図鑑、動物図鑑……」
え…………。
「本が……こんなにあるなんて」
震える手で、『虫図鑑』と書かれた本を手にする。
「その本?」
ポフが横から覗き込む。
「うん」
「じゃ、持って行け。見つかるわけにはいかないから、返す時も、人に会わないように」
「うん」
パピラターは、素直に頷いた。
そして、パピラターとポフは、静かにまた建物の外に出ると、真っ暗な部屋に窓のない塔の下までやってきた。
下から見れば、背が高く細いその塔。
一番てっぺんは、少し膨らんでいて、部屋があるということがわかる。
そして、その部屋のあたりは、窓のあるべき場所に窓枠のみがついている。
窓枠が付いていることで遠目にはわかりにくいが、窓のあるべき場所は石が積み重なり、実際には窓など何処にもない。
扉は、開ける両手に力を入れなくてはならないほど重い。
考えれば考えるほど、違和感ばかりが募る塔。
小さなパピラターが扉を開けると、そこにはやはり真っ暗なだけの空間があった。
傍に置いてあった蝋燭を点ける。
パピラターが塔の中に一歩入り、外を向く。
外は、月明かりが差しており、とても明るい。
塔の中にはいつだって、光ひとつもないのに。
それは、まるで、塔の中と外では、世界そのものが違うと言っているかのようだった。
「じゃあな」
思った以上にあっさりと、ポフは言って、扉を閉めた。
「…………」
また、真っ暗な塔の中、小さなパピラターは一人になった。
「じゃあ、ね」
まるで魔法が解けたように、また一人ぼっちになってしまった。
真っ暗な世界。
けれど、変わった事もある。
ささやかな蝋燭の灯りの中で、石の壁とパピラターが抱えている虫図鑑が仄かに照らし出される。
パピラターの手の中には、今、虫図鑑がある。
もうパピラターは、外の世界を知ってしまった。
もう、あの暗闇しか知らないパピラターではない。
あの町の景色を、また見られる日が来るだろうか。
あのお姉さんに、また会える日が来るだろうか。
姉というものがいたら、こんな感じなのだろうか。
その日の出来事を、パピラターは何度も反芻した。
この幸せな思い出が、思い出せなくならないように。
この唯一の思い出を。
パピラターは、また月明かりに照らされた窓の外を眺めながら、部屋へ続く塔の階段を登った。
過去話はここまでです。
次回からは、またパピラターとプルクラッタッター、二人の物語となります。




