95 真っ暗な塔の中で(8)
「あれ、いいな」
ポフが、何を見つけたのか、一つの屋台の方へ引き寄せられるように歩いていく。
小さなパピラターは、黙ってその屋台とポフとのやりとりを見ていた。
それが売買の一連の流れだと気付くのに、しばらくの時間を要した。
そして、パピラターの顔に押し付けられるように何かが渡された。
なんとか両手に持つと、それは薄い皮にクリームや果物が入った、所謂クレープだった。
「食べ……もの……?」
「そ」
言いながら、ポフもかぶりつくようにクレープを頬張った。
「初めて食べたー!」
と明るい声だ。
パピラターは、今まで、ベーコンやパサパサのパンがメインの食事だった。
野菜も食べるけれど、それもどう見ても余ってしまった野菜を切り刻んだだけのもので、ニンジンやキャベツ以外はそれほど美味しいものでもない。
これが……食べ物……。
「は……むっ」
口の中に、味が広がる。
これが……食べ物???
柔らかい。
柔らかくて、甘い。
……ニンジンより、甘い……。
こんな食べ物が、この世界にあったなんて。
……こんなに食べていいのかな。
クレープを食べながら、町を歩いた。
多くの人が着けているお面は、色々な店で売っているようだった。
狐、猫、兎……。色々な動物を模したお面だ。
不思議な騒めきと、不思議な煌めき。
それから程なくして、
「じゃあ、帰ろうか」
とポフが言ったので、
「うん」
と小さなパピラターは答えた。
名残惜しいのはもちろんだけれど。
すっかり遅い時間。
パピラターは、ポフの後をついて、元の道を戻った。
パピラターは、戻ればまた閉じ込められるだけだという事がわからない。
例え分かっていても、世界を知らないパピラターが、外に一人、生きていけるものでもないだろう。
世界を垣間見ても、パピラターには戻るしかなかった。
それがどんな場所でも、居場所はあの部屋にしかなかった。
あっさりと、また、パピラターは塔の前に戻ってきた。
「あっち」
「…………?」
「図書館はあっちだ」
ポフが指を差す。
「図書館……!」
そしてパピラターは、再度ポフに付いて行った。
向かったのは、塔の隣にある大きな建物だ。
ポフが案内したのは、その裏口のような扉だった。
小さなパピラターは、尻込みする。
「ここ…………入っていいの?」
「ああ」
その言葉を信じて、そっと足を踏み入れる。
中は、人の気配もなく、壁に設置されている薄暗い蝋燭の炎だけが、辺りを照らした。
足音が響きそうな石造りの床。
けれど、パピラターが居た塔のような、ただ石で作っただけの雰囲気とは違う。
ちゃんと磨かれた、ツヤツヤした石だ。
パピラターは、奥へ奥へと入っていく。
確かにそこは興味深い場所ではあったけれど、奥へ入るごとに、不安は増してくる。
大丈夫かな大丈夫かな大丈夫かな大丈夫かな。
不安が最高潮のなった時、ポフが一つの扉を示した。
そんなわけで、パピラターの初めての冒険も終わろうとしています。
この過去話も次回まで、くらいかな。




