90 真っ暗な塔の中で(3)
何度も、部屋の中を歩いた。
こんなに、落ち着かない時間を過ごしたのは、初めてではないだろうか。
それはいつもと同じ日なのに、小さなパピラターの心の中では、同じだなんて思えなかった。
本も碌に読めず、食事と行水の時間以外は、ただ、外の事を思った。
虫の図鑑……。
じっと、暗闇を眺めた。
そんな日が、何日か続いた。
もう誰も来ない一日の終わりに。
扉を開けては、閉める。
扉を開けては、閉める。
そして、何度目か、扉を開けた時。
ここから……出て……。
出たら………。
小さなパピラターの身体は震えた。
大丈夫。
世話係はこんな時間には来ない。
大丈夫。
大丈夫…………。
つま先を、扉の外へ出した。
出られる……。出られる……。
足を出す。
手を出す。
身体が扉から出ていく。
そしてすっかり、小さなパピラターは扉から出た。
で……出た……。
「……ハ……ッ……、ハ……ッ…………」
呼吸が荒くなる。
出ても大丈夫だったのかな……。
混乱しながらも、それでも、外へ出た開放感を感じることが出来た。
あたし……出られた…………。
周りを見渡す。
周りはパピラターの部屋と同様、真っ暗だった。
パピラターは、再度部屋の中に戻って、扉のそばにある燭台を手に取り、今度はさっきよりもあっさりと、部屋の外に出た。
といっても、部屋の外も真っ暗なので、まず、燭台をかざすことから始めるしかない。
前は……、すぐ近くに壁がある。どうやらそこは、廊下のようだ。
右へ。左へ。
ゆらゆら揺れる小さな炎をかざすと、左側に空間がある事がわかった。
そっと歩いていくと、下へ階段が続いている事がわかる。
下……?
パピラターは知らない。
今、自分が居る場所が、地上なのか地下なのかすら。
階段の下も真っ暗で、どれだけの段があるのかもわからない。
一段一段の高さすら、想像もつかない。
知らなければ、燭台一つの灯りでは、心許ないものだ。
「…………」
仕方なく、小さなパピラターはしゃがみ込み、探りながら階段を降りて行った。
窓もない階段。
その階段は、真っ直ぐではなく、どうやら左へ向かってカーブしているようだ。
隠れられそうな扉も、柱の一本すらない。
けれど幸いな事に、下の方は物音ひとつしない。
誰もいない。
大丈夫。
「…………?」
丸く降りて行く階段を、1周ほど降りたところで、パピラターは空気が変わった事に気が付いた。
空気……冷たい…………?
それに、息がしやすい…………。
不思議だった。
息がしづらいなんて、思ったことなんかないのに。
けれど、それはそうなのだ。
窓のない部屋など、空気が綺麗なわけがないのだから。
「…………あ」
風が、小さなパピラターの髪を撫でた。
「…………!」
ゆっくりと降りていくパピラターは、その時初めて、外から照らす光というものを見た。
石段を、うっすらとした明かりが照らしていた。
それに向かって降りて行くとそこには、窓があった。
それは、石造りの壁に、縦長に細く開いた穴だった。
パピラターは、記憶にある限り初めて、そこで外というものを見た。
「これ…………が……」
外には、広い森が見えた。
こんなにも広い場所を見るのは、初めてだった。
上には空が見えた。
天井がない場所を見るのは、初めてだった。
そして、大きな月が、小さなパピラターを照らした。
なんて…………。
なんて明るい光…………。
パピラターの瞳から、涙がこぼれ、それは止まらなくなった。
声を上げるでもなく、ただ、涙が流れた。
とうとう外へ出たちびパピラター。
初めての外で出会うのは一体……?




