86 北へ向かって(3)
「パ、ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ、パピラター……」
プルクラッタッターが困ったようにパピラターを振り向く。
ガタッ、とバランスを崩したプルクラッタッターの足音が響いた。
「…………!」
キッチンの中の会話が止まり、早足でこちらへ来る気配がした。
がしっとパピラターが、プルクラッタッターを庇うように後ろへ追いやると、男女二人の前に立ち塞がる。
バンダナの女性と、背の高い男性が、キッチンから顔を出した。
それぞれに青い顔をしている。
……本当に、聞かれたくない話だったようだ。
聞かれたくない話なら、そんな所で話さないで欲しい!
顔を見合わせ、戦おうか困ったような感じで、今にも飛び掛かってきそうな男女二人と、パピラターが対峙する。
そして、パピラターが叫んだ。
「あなた達に戦う意思がないのなら、あたし達も手は出さないわ」
「…………っ!」
沈黙の中、先に口を開いたのは、バンダナの女性の方だった。
「わ、わかりました……。私達も、手は出しません」
そしてまた顔を見合わせ、二人ともしゅんとしてしまった。
「…………」
パピラターの表情が翳る。
「あなた達は……、魔族なの?」
パピラターの声は、静かだった。
「そうです。私達は、魔族です。けど、何か悪事を働こうとしてるわけじゃない」
「そう……」
パピラターは、気付いていた。
夕食が、どれも山脈の向こう側の料理だったからだ。
確かに、この二人は悪事を働こうとする魔族ではなかった。
ただ、人間の国で働き、お金を稼ぎ、物や食料を買っていく。
それだけが目的だ。
「幸い、人間と魔族では、見た目だけでは見分けはつかない。人間達の中には、魔族の事を悪魔のような見た目だと思っている人も多いです。なので、この見張りの少ない道から国に入ってしまえば、簡単に働けるので……」
「じゃあ、こちらに移住を?」
パピラターは終始重い顔をしていた。
プルクラッタッターは黙りこんだままだ。
「いいえ。私達は、国を見捨てたりしません。国のために稼ぎに来たんです。私達は、必ず国に帰ります。……この宿だって……」
少しだけ言い淀み、女性が口を開く。
「この宿だって、この国に出稼ぎに来た魔族を応援するために作ったものなんです。山脈を越えこれから旅立つ魔族達に、『いってらっしゃい』を言うために」
それは、魔族は悪人ばかりではないという事実だった。
プルクラッタッターも、今までの経験とイメージで、魔族や魔物は怪物か何かのように感じてしまっていた。
けれど、魔族も、一枚岩なわけではなくて。
こんな普通に生活している人も、いて……。
戦わなければならない時ももちろんあるけれど。
魔族を全て倒せばいいわけじゃないんだ。
妙な感覚に襲われる。
「あなた達は、町の方からいらっしゃった。人間、なのですか?」
背の高い男性が、まっすぐ二人の方を向いた。
「…………そうだとしたら?」
「こんな場所にいるのは、山脈に関係がある者だけです。魔族でないなら、何のご用ですか?国境警備のようでも、山脈の向こうに帰るわけでもないように見える。それなら……」
と、男性は、一枚の紙を手にした。
「……魔女が、魔王様の命を狙っているようだという噂があります。……それなら……私達は、足留めをしなければならない」
「…………」
パピラターが、スンとした目で男女を眺めた。
「あなた達では、あたしには勝てないわ」
魔王は数代前に国として宣言していますが、人間達からは国として認められていません。




