85 北へ向かって(2)
威勢のいい顔とは裏腹に、パピラターは恐る恐る扉を叩いた。
「はーい」
思っていたよりも明るい声の返事が返って来る。
ガチャ、と音を立て開いた扉から出てきたのは、バンダナを巻いたお姉さんだった。
「ここは宿で間違いない?」
パピラターが意を決して顔をした。
お姉さんは変わらず、にこやかな態度だ。
「ええ。今夜はお客はいないから、お泊まりいただくこともできますよ」
後ろから背の高い男性が出てくる。
二人で経営しているような雰囲気だ。
二人とも、安心できる笑顔。
「じゃあ、よろしくお願いするわ」
パピラターはなんの迷いもなく言い、その日はそこに泊まることになった。
「夕食にもまだ早いですし、先にお風呂はどうですか?」
との言葉に、先にお風呂に入ることになった。
部屋のお風呂はどこかのホテルのような雰囲気で、真っ白な陶器の大きなお風呂だ。
「二人で入れそうなくらい大きいね」
プルクラッタッターがそう言うと、すかさず、
「入らないわよ」
という返事が帰ってきた。
「…………」
女王様気分でお風呂に入ったあとは、食堂に通された。
食堂には大きなテーブルが据え付けられており、豪華な料理が並べられている。
ステーキに魚のスープ、サラダにパンに、デザートも果物が数種類が並ぶ。
「すごい……」
プルクラッタッターとロケンローは感嘆の声を上げた。
食べてみれば、どれも美味しかった。
ただ、パピラターだけは、
「…………」
言葉をつぐんだ。
部屋も快適で、ふわふわとした大きなベッドが据えられていた。
夜もぐっすり眠れそうなベッドだ。
お腹もいっぱいでスッキリしたところで、プルクラッタッターはロケンローがまだ戻ってきていないことに気がついた。
そろそろ寝る時間だというのに、夜の散歩に出たきりだ。
「ちょっとロケンローを探してくるね」
そう言うと、何か考え事をしていたパピラターが、
「あたしも行くわ」
と立ち上がった。
外へ出るために、廊下を歩いているところだった。
キッチンから、静かな声が聞こえてくる。ここを経営している二人の声だった。
「……あの二人…………、人間…………。逃がさないように…………」
聞きたくなくても聞こえてくる。
……プルクラッタッターは心臓が跳ね上がったし、パピラターは少しだけ苦い顔をした。
プルクラッタッターは知っている。
こういう話。
旅人がまずお風呂に入らされたのは旅人を食べようとしていたからだった、だとか。
たらふく食べさせられて太ったところを食べられそうになる、だとか。
……夜中に旅人を調理するための包丁を研いでいる……、だとか。
プルクラッタッターはゾッとした。
だって、あのふたりに食べられてしまうかもしれないんだから!!
プルクラッタッター、大丈夫だよ!
そういう物語では、大抵主人公は死なない!




