82 山を越える準備(4)
休日のような1日を過ごした。
のんびりした1日だった。
雲が青い空を流れていく。
二人と一匹は、それぞれのことをして過ごした。
パピラターは杖を磨いた。
杖磨きは、魔法を使う者にとっての基本的なことだ。
杖を磨いたからといって、魔法が強くなるとかそんなことはない。
けれど、手入れをすることで、その杖の存在を魔法使い本人に刻みつけることができる。
そうすることで、その杖を使えば魔法が使えると魔法使いが認識しやすくなるのだ。
杖磨きの他にも、アミュレットをたくさん付けそれを頼りにする方法や日々の素振りを日課にする方法を取る魔法使いもいる。
パピラターも、魔法は杖がないとうまく扱えない。
独り立ちしてからはあまり杖を磨くことはなかったけれど、今日だけは杖を磨いた。
プルクラッタッターは、その側で、本を読んでいた。
今でも、知らない文字を読むことで、頭の中に意味が流れ込んでくるのは違和感のある感覚だった。
けれど、文字を追うこと自体は、元の世界にいた頃からやっていたことだ。
その分、色々な事を考えることがなくなって落ち着いた。
本屋や図書館はあったけれど、本はなかなかの高級品だ。
子供向けの本は少ないけれど、物語の本は豊富にある。
中には、作者がドラゴンだという話のマリグナー・ドラグナーの本も並んでいた。
ぼんやりとパピラターの存在を確認しながら、マリグナー・ドラグナーの本を読んだ。
内容は、ドラゴンと人間の子供の交流の話。
死にかけた少年を、ドラゴンが好奇心で拾うところから、物語が始まる。
少年が自分の成長を感じながら、ドラゴンと声を合わせ、歌を歌おうとする場面は圧巻だ。
それは、もしかしたら実際にあったことを書いた本なのではと思えるような描写だった。
ロケンローは外に出ていた。
風を浴びながら、空を浮かぶのが、ロケンローにとっては一番心が安らぐ時間のようだった。
部屋の中にあるのは窓から差す光。
静かな部屋の中で、パピラターとプルクラッタッターは、ただその時間を共有していた。
「その本、あたしも昔読んだことあるよ」
突然、パピラターがプルクラッタッターに声をかけた。
念入りに杖を磨くのも、終わりにしようかと思ったのだ。
柄も石も、もうキラキラと輝いている。
プルクラッタッターが、ふいっと顔を上げ、嬉しそうな顔をした。
「面白い物語だね」
学術書や歴史書もいいけれど、こういった物語にこそ表現された、この世界特有の生活や感情があると感じる。
「そうなの。その物語を見つけてこっそり読んだときには、心臓がドキドキしたわ」
そうなのだ。
パピラターは覚えている。
まだ幼い頃、潜り込んだ小さな図書室の片隅に置かれていた物語の本。
ベッドまで持って帰って、こっそりと読んだっけ。
「崖の上で夕陽に照らされながら、向かい合うシーンが綺麗だね」
「そうそう。その物語、続編もあるんだけど、そのシーンの……ああ!だめだめ!ネタバレになっちゃう!」
パピラターがブンブンと頭を振った。
「続編もあるの?」
「そう。二人の続きの物語になってるわ」
「続きが読めるんだね!でも図書館にはなかったけど」
「貸出中なのかそもそもないのか。まあそのうち読めるわ」
「そうだね」
こんなひと時の中で、続きが読めればいい。
こんなひと時が、いつになるかわからないけれど。
また、こんな時間を過ごすことができたらいいと、二人はそれぞれに思った。
精神的にゆっくりする時間は、大事なんだよ!




