80 山を越える準備(2)
入ってみれば、なんてことはない。
少し薄暗いけれど、小さな窓から光が入る、よくある雑貨屋のような店だった。
魔法がかかっているらしき、身につけるものや日常を便利にするグッズが所狭しと並んでいる。
店の奥に、フードを被った店員さんらしき人が、じっとしているのが見えた。
どうやらこちらを窺っているらしい。
パピラターが店を一周し、目当てのところに辿り着いた。
店の奥の方に、アウトドア関連のものが少ないながらも積んである。
テントや、小さな椅子、外で使うための調理器具まで。
時間をかけて物色し、レインコートと寝袋、テントを買った。
「……お客さん、山に行くの?」
話しかけてきた店員さんは、思ったよりも若い声で話した。
声の年齢や性別を変える魔道具なんかもあるのかな。
なんて、プルクラッタッターは思う。
「そう。暖かくなってきたから、魔物狩りにね」
パピラターが警戒しながら答えた。
「気をつけて。雪はないけれど、危険な生物の気配が高い」
少し気を付けて聞いてみても、女の子だか男の子だかわからない声で、店員さんが言う。
「ありがとう」
パピラターが、そっけない声で返事をした。
魔道具を買うのはそこだけでは足りなくて、他にも店舗をまわる必要があった。
「次はここ」
パピラターが示したのは、建物に囲まれた狭い路地だった。
目の前にはまた5階建てのビルが建っている。
「今度も入口がないね」
ちょっと面白くなってきたプルクラッタッターが言う。
「ここは、1階にはどこにも入り口がないらしいわ。入り口は、屋上にあるの」
「え!?」
プルクラッタッターがびっくりして声を上げた。
ここを!!?
何メートルもあるこの垂直な壁を登るの!?
煉瓦造りだから指や足を引っ掛けるところが……ある???
……引っ掛かるようには見えないけど…………。
もしかして、パピラターは魔女だから、壁を歩く魔法も使えるってこと???
そう思いながら、プルクラッタッターは、想像上の忍者のように壁を真っ直ぐに歩くパピラターを思い描く。
そう。
パピラターならできるのかもしれない。
パピラターなら…………。
プルクラッタッターの、驚愕の顔を見て、何を考えているのか察したパピラターは、すかさず言う。
「もしかして、忘れてるんじゃないでしょうね?」
「え?」
忘れるわけがない。パピラターが優秀な魔女であることは。
「代理人としてパピラターが命じる」
詠唱が始まる。
まさかまさかまさか!!!?????
「世界の遍く理。我が声を聞き入れ、我らを空へ招き入れよ」
……そうだ、飛べたんだった……。
この店員さんは声を変える魔道具は使っておりません!




