74 VS湖のヌシ(4)
「代理人としてパピラターが命じる。世界の遍く理。我が声を聞き入れ、我らに爽やかな風を送れ」
ふおん、と二人に風が送られ、服がだんだんと乾いていく。
「ありがとうパピラター」
プルクラッタッターがお礼を言うと、パピラターがいつになく明るい顔で笑った。
ビチビチと魚が跳ねる音と、人々の騒めき以外は、いつも以上に静かな湖だった。
静かに佇む湖面に、誰もいない状況など、初めて見たほどだ。
ここは、どれだけ早朝やってきても、なんだかんだ人がいる場所だった。
冒険者ギルドからの数人が、色々な調査と魚の処理に決着がつくまで、二人は湖を眺めた。
時々、冒険者ギルドからの事情聴取のような会話が入る以外は、二人は湖のそばに座っていた。
「ロケンローは何処に行ったの?」
パピラターの言葉に、プルクラッタッターはヌシを挟んで少し離れた場所に、小さな黒いドラゴンが浮かんでいるのを示した。
町の人達と、何があったのか興奮しながらお喋りしているようだった。
「楽しそう。あんなところは、まだまだ子供だね。ドラゴンのくせに、落ち着きがないんだから」
「ドラゴンは、落ち着きがあるものなの?」
「もちろん。大きな図体であんなにきゃあきゃあ騒がれたら、この世界が穴だらけになっちゃうわ」
言われてみればそうかもしれない。
元いた世界の“ドラゴン”というものは、洞窟の中、一匹で宝石に埋もれて眠っているイメージだ。
まあ、そもそも、元いた世界でドラゴンなんて見た人は居なかったけれど。
ああやって、ロケンローが町の人達と騒いでいるところを見ると、この世界では、ドラゴンというものは普通に存在するものらしい。
ロケンローの姿を見ても驚く人や珍しがる人は少ない。
それに、喋っていても誰も驚く様子がない。
「ドラゴンって、……魔物じゃないの?」
「…………」
パピラターが、きょとんとした顔をした。
パピラターは不思議だった。プルクラッタッターがこんなことを聞くことが。
確かに、学校に行けない子供は多いと聞く。
けれど、プルクラッタッターの知識量から見て、それはないだろう。
冒険者ギルドの試験から見ても、知識から遠ざかった人間だとは思えない。
じゃあ、なんだろう?と思う。
自分の名前がわからないとか、そのくせ、兄はいるという。
記憶や知識の、どこか一部だけが欠けている。
パピラターには、それがなんだか思いつかない。
「ドラゴンは、魔物じゃないわよ。ドラゴンは、亜人の血を引いてないもの」
そうだ。
魔族と魔物、人間とは、原初では同じ種であった。
そこから分たれたものが、亜人であり、魔族や魔物の祖先だ。
ドラゴンは、その道に乗る種族ではない。
まったくの別種だ。
「どちらかといえば」
パピラターは、遠く見える山や雲を見た。
「言葉を解する動物、かな。あまり人間の見えるところにはいないけれど、時々飛ぶのが見えるし、人間と会話もする。ドラゴンから言い伝えられた物語も、一つや二つじゃないわ」
「へぇ……」
「ほら、マリグナー・ドラグナーっていう作家がいるでしょ。あの人は本当は、ドラゴンだって言われているわ」
プルクラッタッターは、想像する。
でっかいドラゴンが、特注のペンを持って小説を書く姿を。
ううん。まさか。
きっと書いたのは、その話を聞いた人間なんだろう。
それにしても、ドラゴンと人間がコンビを組んで、ひとつの本を作っていく様は、なかなか興味深い。
決着がついて、ぽやぽやと話をする二人、です。
 




