64 雨の中で(2)
ぐらぐらと、船が揺れる。
二人と一匹は、必死で船に掴まった。
「ろ、ロケンロー!大丈夫!?」
「だいびょびゅぅぅぅぅぅ……ぶへっ」
うん!大丈夫だね!
雨が、二人と一匹を打つ。
雨の音で、周りの音がよく聞こえない。
周りもよく見えない。
船の揺れだけが、より一層ひどくなった。
また、ズン……と何かの重力のようなものを感じた。
「ぷ、プルクラッタッター……!」
パピラターが、叫ぶ。
湖の波は激しくなる。
ザバ……ッ!!
「…………!!」
それは、息を呑む光景だった。
二人と一匹の頭の上を、大きな何かが、越えていった。
それは、確かに魚だった。
けれど、見た事ないほど大きな魚だ。
体長は5メートルほどもあるだろう。
それは、こんな湖にはそぐわないサイズの、サメかクジラかといった様子だった。
けれど、確かに魚だ。
あまりの事に呆然としてしまって、二人は動くことが出来なかった。
「な…………あれって…………」
「あれが……ヌシ……」
「あんなに、大きいんだ……」
「あれを捕まえれば……、高級な装備が揃えられて、さらに家が買える……」
パピラターには、どうやらあの魚がお金にしか見えないようだった。
ざぶんっ。
ヌシが水に潜った瞬間、また大きな波が来た。
「掴まって……!」
お互いに手を掴んだところで、船がミシミシと大きな音を立てた。
壊れる……!
このままじゃ溺れて……!
プルクラッタッターが目をぎゅっと瞑った。
ぐん、と腕が上へ引っ張られる。
「あたし達、飛べるでしょ……!!」
「そうだった……」
思い出した瞬間に、ステッキが浮かび上がる。
今度は、プルクラッタッターがパピラターの腕を引くように上昇した。
眼下には、大きな波に揺られた水面と、そこに浮かぶ船一艘分の木片が見えた。
木片に掴まったまま流されたらしいロケンローが、ヘロヘロと飛んできた。
「無事……だね」
「なんともないわ」
そう言うパピラターの声は、どことなく悔しそうだ。
「あれを、釣り上げないといけないんだ」
だんだんと、消えていく波の揺らぎを眺めた。
それでも、パピラターの目の奥の火は、絶えることがなかった。
「あんな竿じゃダメ。餌も、もっと大きなものを使わないと」
船と竿は、「事故だから」という理由で、弁償する必要はなかった。
あれほど大きいな魚をウリにして商売をしている側にも、どうやら後ろめたい部分があるらしい。
その日は、それ以上釣りをすることもできなくなった。
ヌシが現れた日は、魚はさっぱり釣れなくなるらしい。
ヌシに驚いて逃げてしまうのか、はたまたヌシが食べてしまうのか。
二人は、ひとまず休憩所に避難した。
他に、人はいない。
パピラターは、ずっとレインコートを着ていたけれど、プルクラッタッターのひらひら衣装はびしょ濡れだ。
シュルン、というリボンが解けるような音と共に、プルクラッタッターの魔法が解けた。
元のレインコート姿は、水の気配はなくなっていた。
「ロケンロー、魔法少女の衣装って、濡れても大丈夫なの?」
「もっちろん!じゃなかったら、破れたりしたら破れっぱなしになっちゃうだろ」
「じゃあ、破れても平気なんだね」
「毎回、魔法で生成してるようなものだから、使い捨てみたいなものだよ」
「なるほどねぇ〜」
そんな大きな魚を釣り上げるのに普通の竿しか貸していないあたり、本気で釣ってほしいわけでもなさそうですよね。




