139 番外編・お呼ばれされました(後編)
「違うの」
パピラターの眉が、歪んだ。
「違うの……あたし」
プルクラッタッターが、無意識にパピラターの手を握った。
「解ってるの」
絞り出すような声だった。
しっかり聞いていなくては、木々のざわめきにかき消されそうな。
「ポフだけが悪いんじゃない。もうとっくに、恨む気持ちもない。一番恨むべき前魔王はもう居ない。ポフの気持ちも信念も解るの。でも……、じゃあ町ごと全部壊されたこの気持ちは、どうすればいいの?ポフになんて声を掛けてあげたらいいの?」
ゆるゆると、パピラターの瞳から涙がこぼれ落ちた。
プルクラッタッターは、場違いだと思いながらも、その綺麗な涙に見惚れた。
まるで、パピラターが持っている杖みたいだ。
光に照らされ、キラキラと美しい。
「うっ……くっ……」
パピラターが、しゃがみ込んで泣き出す。
「師匠……っ!師匠……!あたしは許してもいいの……?あたしだけ、何もしないまま幸せになってもいいの……?」
握ったパピラターの手に、力が込められる。
「生き残ってしまったあたしが……みんなの気持ちを……背負わないといけないのに……っ」
パピラターの声は段々と大きくなった。
「大丈夫だよ、パピラター」
パピラターは、一晩中泣き続けた。
プルクラッタッターはただそばに居て、声を掛けることしか出来なかった。
それからしばらく経って、結婚式の日はやってきた。
今日は、いつもと違い、二人もちょっとしたオシャレ着だ。
ただただ広い魔王城の庭。
「お兄ちゃんがガーデンウェディングなんてね〜」
なんて言いながら、プルクラッタッターとパピラターは、なんだかんだここ数日の間、結婚式の準備を城に泊まり込みで手伝っていた。
当日の二人はすでに若干ヘロヘロで、後方彼氏面を決め込んでいる。
「こんなに魔族を見るのは初めてだよ」
プルクラッタッターはニコニコだ。
出入り自由の結婚式は、魔王城近隣の町からも魔族達がお祝いに駆けつける。
みんなそれなりのオシャレ着で参加しているけれど、上品にという意識は低い。
酒や食事を自由に持ち込み、あちらこちらで祝杯が上がる。
まったく収拾がつかない宴会状態だ。
「人間もかなり混じってるけどね」
人間……というのはつまり、奴隷として連れてこられた人間達の事だ。
「え……」
プルクラッタッターは改めて周りを見渡したけれど、奴隷らしき人間は見つからない。
「ほら、あそこ」
パピラターが指したのは、腕を組んだ、どう見ても夫婦のような二人。
屈強な力の強そうな男性と、おっとりした女性だ。
「あの夫婦、男の人の方は人間だわ」
「え!?」
「それに、後ろで騒いでるあの子達も人間」
後ろを見ると、子供達が集まってきゃあきゃあと鬼ごっこをしている。
お母さん達に連れられて、ちょっとした井戸端会議状態だ。
「ほ、ほえ〜」
「奴隷といっても、嫁として、子供として、連れてる人が多いらしいわ。この国は人口少ないしね。出会いの場として考える人が多いみたい」
「へ、へぇ……」
それにしても、帯剣している者が多い。
それは、魔族の伝統で、結婚式では、花婿はその花嫁が欲しい者を募り、戦いを挑むから、らしい。
花嫁奪取が許される、最後の求婚のチャンスというわけだ。
ガン!と一際大きな音がして、全員がその中心に注目した。
一際綺麗な純白のウェディングドレスに身を包んだ魔王と、正装したケイタロウが中心にいる。
剣が掲げられた。
もしかして!?
プルクラッタッターが期待したのも束の間。
剣を掲げ、テーブルの上に立ったのは、魔王の方だった。
「皆の者!我らの結婚に祝福を!意義のある者は、剣を携え、前に出よ!この……我の騎士である花婿が欲しいやつは居るか!?」
その瞬間、
「キャーーーーーーーー!!」
と、黄色い悲鳴が巻き起こる。
女子達が声を上げているのは、どう見ても魔王に向けた声援だった。
「魔王様ーーーーー!」
「魔王様かっこいいー!」
「こっち向いてーーーーー!」
そんなこんなで盛大な宴会が落ち着きを取り戻し、みんなが酒を酌み交わし、まったりしてきた頃。
一息ついた魔王とケイタロウが、こちらへ歩いてくるのが見えた。
パピラターが前に出る。
魔王が足を止めた。
じっと、パピラターを見た。
二人が向かい合う。
二人がまともに向かい合うのは、パピラターが魔王を殺そうと城に乗り込んだ時以来だ。
「あの……」
目を泳がせたパピラターの顔は、どんどん赤くなっていく。
「お…………お、めでとう」
あまりの恥ずかしさに、声は小さかった。
やっと言葉にできたのは、たったの一言。
それでも、魔王には十分だった。
魔王は、にっこりと笑おうとしたけれど、自然に溢れ出てくる涙を止める事は出来なかった。
ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
魔王の威厳もどこへやら。
「ありがとう……、パピラター」
その日から、パピラターと魔王との間に流れる空気が変わった。
もう、探るような空気ではない。
気恥ずかしくて、照れ臭くて、目が合うと二人で笑い合ってしまうような、そんな姉妹のような二人だ。
さて、次回は本当の最終話です!どうぞよろしくね!




