135 番外編・名前を呼んで
「パピ!」
屋根の上から降ってきたケイタロウの声に、ハッとしたのはパピラターだけではなかった。
ケイタロウのそばに居た魔王の顔が、少しだけ引き攣った。
「ちょっとさ、ちっさい方のハケ、持ってきてくれるか?」
「はーい」
言うと、パピラターは足元にあったハケから1本取る。
「代理人としてパピラターが命じる。世界の遍く理。我が声を聞き入れ、これを天空へ!」
唱えながら、ハケを空中にポンと放り投げる。
ふんわりと浮かびあがったハケが、ケイタロウの手にすっぽりと収まった。
「さんきゅー」
“安寧のエレボス”を飼うのはいいけれど、流石にルールイエでの二人の家は、魔王城ほど大きいわけがなく、丈夫なわけもない。
屋根の上で遊んでいた“安寧のエレボス”とロケンローが、屋根を踏み抜いてしまったのだ。
丁度良く遊びにきたケイタロウが、自分が一番屋根の補修が上手いだろうからと買って出てくれた。
「こんなもんか、な」
サムズアップの手で、キラリとポーズをつける。
「…………」
赤い屋根の上。
近くで無言になっている魔王に気付くと、ケイタロウが声をかけた。
「ポフ?」
これは……もしかして…………。
「俺が愛称で呼んだから……やきも…………」
その瞬間、
「ゴフッ……」
ケイタロウの鳩尾に魔王のグーパンがヒットし、ケイタロウの息が10秒ほど止まった。
「……ああ、はいはい。俺が愛称で呼んだのが羨ましかったのか」
「…………」
魔王は、少し諦めたような表情で、高い空を見る。
「我が……馴れ馴れしくするわけにはいかぬだろう?」
「…………そ、か?」
ケイタロウは、下で片付けをしているパピラターを眺めた。
こんな関係になっても、魔王とパピラターは、まともに会話をした事がない。
かといって、魔王が嫌われているようにも見えなかった。
拒絶されるわけでもなければ、最近、パピラターの表情も柔らかくなっている。
「確かに、わだかまりがないわけがないんだけどさ。こんな風に会えるようになってけっこう経つし。ここまで来てそこまで遠慮する必要もないと思うけどな」
魔王は、悲しそうな顔をした。
「我は、国を守る為、これからも刃を振い続けるだろう。こんな我に、関わらせたくない気持ちもあるんだ」
「今更……」
ケイタロウがふっと鼻で笑う。
その時、家から出てきたプルクラッタッターが屋根の上に居る二人に手を振った。
「二人ともー!お茶の準備ができたよー!」
「おう」
ケイタロウが立ち上がると、魔王がそのケイタロウの腰を掴み、飛び降りた。
「ははっ」と嬉しそうなケイタロウの顔を見てしまった。
お兄ちゃんその顔……。こっちが照れるじゃん……。
「さんきゅーな、ラッタッター」
兄にぽんと頭を撫でられ、
「あ、うん」
と我に返った。
「すまんな、ラッタッター」
え…………?
魔王が、「フッ」と笑って、ケイタロウの後ろから家に入って行く。
その場のノリかもしれないけれど、……愛称呼びだった……。
少々照れるプルクラッタッターが、みんなに椅子をすすめていく。
その直後、ケイタロウは見てしまった。
パピラターの表情が若干強張っていることに。
……やっぱ、そっくりじゃねーか。
とある日常の一コマでした。なんだかんだ頻繁に行き来する仲です。仲良し。




