117 どうしてプルクラッタッターがこの世界に来てしまったのか(3)
「うぬ〜、ぐぬぬ」
酔っ払ったあきが、妙な唸り声を出す。
店から出ると、ろくに歩けなくなるほど飲ませてしまったことに気がついた。
肩を貸して、夜の街を歩く。
やべぇ……飲ませすぎた……。
ケイタロウを励ますのに必死になってしまったのか、俺が奢ると言ってしまったからか、あきはいつも以上に飲んでいた。
繁華街。
チカチカとした明かり。
通り過ぎる車の音。
行き交う人達は皆、同じように酔っ払っている。
「大丈夫か〜?おーい」
こりゃ、タクシー使ったほうがいいな。
暗い街の中で、信号機の赤色が映える。
どっちにしろ駅だな……。
思った、その時だった。
人が叫ぶ声と、ガガガガガガという何かをなぎ倒す音。
ヤバいと思ったのも束の間。
酔っ払い動けなくなっている妹を抱えて、酔っ払った俺が出来ることは何もなかった。
目の前に迫る大きなダンプカー。
妹を抱きしめる。
せめて、こいつだけでも助かるように。
ごめん。
こんな事になってごめん。
俺のせいだ。
俺がこんなに酔わせなかったら。
俺が呼び出さなかったら。
俺がこいつに頼るようなマネしなかったら。
兄っぽい事何にも出来なかった。
父さんにも母さんにも、迷惑かけちゃうな。
ごめん。
全部、俺のせいだ。
その瞬間、世界が無音になった。
死ぬ時ってこんな感じなのかなって、ぼんやりと思う。
そっと顔を上げて、周りを見た。
世界は、モノクロになっていた。
「え……?」
目の前に迫るダンプカー。
周りの人間達は皆、悲痛な顔のまま、静止している。
「どし……え……?」
「ぬ〜……うぬ〜……」
妹の唸る声を聞いて。
それが、死後の世界ではないと悟る。
「ぱんぱかぱーん!」
突然の、何処かからの、声。
「!?」
周り全て、時間が止まったようになっているのに。
一体どこから……。
「その愛や、よし!」
そこへ颯爽と登場したのは、一人の女性だった。
「え……」
それも、普通の女性ではない。
ただの布一枚だけを羽織った女性。
裸足で、手荷物ひとつない。
こうして、妙な空間になっていなければ、間違いなく通報ものだ。
「ワタクシは、愛の女神。あなたの愛情に興味を持ったわ」
流暢な日本語だ。
「愛情……?」
「そう!死の危機にあっての純粋な家族愛!」
でかい声。
一人で騒がしいヤツだな。
「悪かったな。親しい奴が家族しかいなくて」
「フラれたもんね……」
「で?女神様?が生き返してくれるって?」
「…………」
ふ〜む、と女性特有のS字カーブを描く身体で、悩ましげな顔をする。
しかし、すぐにパッと明るい顔をした女神は、
「それは無理ね!」
と言い放った。
「…………」
ケイタロウはジト目で睨みつけた。
「こんなに人の目がある中、身体を動かすわけにもいかないし。最近は動画なんかに撮られる可能性高いからさぁ。自然に反する事はちょーっと厳しくて。この数の人間の改竄したら怒られちゃう!」
「……で?」
「た・だ・し」
女神が指をピッピッピ、と振る。
「異世界に飛ばすくらいならできまーす」
「異世界?え?」
「この世界からプッと消しちゃうの。死体?みたいなものを代わりに置いておけば、問題はなし、なので!」
「つまり……。つまり俺らは、死ぬ事になるんだな」
「……残念ながらね」
女神は、女神と名乗るだけあって、慈愛の顔を見せた。
「けど、恋人もいないまま、悲しく人生を終わるのは嫌じゃない?ワタクシは、貴方の今後が見たいと思ったわ」
「胡散臭いけど、ここでOKするしかないんだな」
女神は、ニヤリ、と笑う。
「妹も、異世界とやらに送ってくれるんだよな?」
「もちろん。”言葉の理解“なんていうチートスキルを付けちゃうわ。これ付けてないと、生活出来ないからね〜」
「……妹とは、別の土地に転移してもらえるかな。これ以上、俺と一緒にいると、また迷惑かけそうだからさ」
笑ってそう言葉にしたはずだったけれど、思いの外、うまく笑えなかった。
「ふぅん。まあいいわ。じゃ、行きましょう。第二の人生!レッツゴー!!」
ちなみに、ケイタロウは魔法らしい魔法は使えません。
魔力は、「こいつの話なら聞いてもいいかな〜」って思わせる魅力値に極振りされています。
営業職の賜物。あくまでビジネス向けです。




