116 どうしてプルクラッタッターがこの世界に来てしまったのか(2)
「かんぱーい!」
あきが明るい声を出した。
テーブルに置かれたままのビールジョッキに、自分のジョッキをガツンとあてる。
居酒屋特有の喧騒の中。
ケイタロウはテーブルに突っ伏したまま、動けなくなっていた。
「ケイタロウ……、一緒に飲むの2ヶ月ぶりだっていうのに、元気ないね」
ケイタロウとあき、兄妹二人は、職場が近い事もあり、定期的に会っていた。
実家は電車で片道4時間。
都会に出て来た兄妹二人は、なんだかんだと助け合って生きている。
大抵が、木曜の夜。居酒屋でまずビールが決まりなのだが。
この日は既に、ケイタロウの方が酔い潰れてしまっている。
「何があったの」
言いながら、あきはビールを呷り、玉子焼きとサラダを注文した。
「は〜〜〜…………」
ケイタロウはでっかいため息を吐く。
「俺、これでも尽くしまくってたのにさぁ」
そのセリフで、あきにも、ケイタロウが酔い潰れている理由がわかった。
ケイタロウが顔を上げると、あきが「うっわ」という顔でケイタロウを眺める。
よほど酷い顔なのだろう。
小学校に入ってから生まれた、歳の離れた妹。
いつだって、兄として接したかった。
兄ぶっていたかった。
いつからだろう。うまくいかなくなったのは。
ちゃんとした人間でいたくて、スポーツも勉強も、それなりに頑張って来た。
目標らしい目標もないまま、それでもそれなりに楽しんで過ごす生活は、それでいいと思えるものだった。
そこそこ大きな会社に入り、営業職に就いた。
話のネタに趣味もたくさん出来た。
彼女も出来た。
けど、一つ躓けば、転がり落ちるのは容易だった。
『先輩、前野くん、会社辞めるそうでーす』
『は?今日の営業どうすんだよ』
もうすぐ独り立ちさせられると思った後輩が突然仕事を辞め、そのフォローにまわり、残業は増えた。
それから後輩の育成もままならず、また残業が増えた。
『ごめん、今日帰れなくてさ』
『大丈夫だよ』
大丈夫と言い続けた彼女の雰囲気は、いつの頃からか大丈夫じゃなくなった。
数えきれない『ごめん』を言った後に。
「……フラれたの?」
「そろそろ結婚しよっかな〜って思ってたのに……」
言いながら、またテーブルに突っ伏した。
「あはは。結婚とか考えてたんだね」
あきが言いながら、サラダをつまみ、ポテトフライを注文する。
「ヒト事だと思ってなぁ。お前はどうなんだよ」
「いないけど」
「あー、いいやいいや。幸せエピソードとか語られたら、俺泣いちゃう」
「いないってば」
なんだかんだで、兄妹二人、仲は良かった。
あきの人当たりのいい明るい人柄には、救われるものがある。
けど、いつからだろう。
ふと、小さなトゲが刺さる感覚を、覚えるようになってしまった。
『初めて企画を任されることになったんだ』
なんて言う妹に、なんだか羨ましさを感じるようになっていた。
会社は小さいながらも、好きな仕事をして、順風満帆に生きている妹に。
いつだって、兄として接していたかったのに。
いつから、こんな風に頼ってばかりになってしまったんだろう。
俺の人生、これでよかったんだっけか。
考えてはいけない。
こんな考え、健全じゃない。
フラれたから、そんな思考になるだけ。
ケイタロウは、ガバッと起き上がると、ジョッキのビールを一息に飲み干した。
「嫌な事は忘れよう!」
あきもジョッキを掲げ、ビールを飲み干した。
前野くんは営業先でネチネチ攻撃されたのをきっかけにメンタルを崩してしまいました。
会社自体はブラック企業とかじゃないんですけどね。




