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異能探偵  作者: discordance
第一章(事件の真相2)
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 理屈抜きで絶対に勝つことのできない相手。壱八の前世がハブだとしたら朱良のそれは間違いなくマングースだ。やがて壱八が三本髪でタラコ唇のオバケに生まれ変わるなら、彼女はきっと犬に転生して壱八をひどく困らせ、生命を脅かすのだろう。相対的な力関係が両者の間では絶対的格差となって顕現する。壱八がどんなに強力なマイティのカードになろうとも、そのとき朱良はヨロメキになって壱八を容易く捕らえるのだ。一切の能力を無効化された裸同然の壱八には、捨てられた仔犬のように惨めに身体を慄わせながら、せめてもの慰めに毒の籠もった遠吠えを天敵に発するしかない。

 以前体験した忌まわしい破壊劇を念頭から排除すべく、依然として殺人事件を報道しているニュース番組に壱八は耳を傾け、懸命に眼を凝らした。不快な思い出を道連れに朱良本人にもご退場願いたいものだが、万策尽きた今となっては叶わぬ夢だ。

『司法解剖の結果がつい先程発表されたのですが、それによりますと、筧さんの遺体の項のところには別の打撲傷があり、皮下の頸椎が外れていたそうです。担当医は、恐らく犯人は頭部切断以前に被害者の項を強く打ち据えており、その一撃が直接の死因だったのではないか、と述べています。打撲傷に関してですが、キッチンの流し台に筧さん所有の、重さ五キロものダンベルが一つだけ不自然な形で置いてあったとのことで、形状・重量共に剖検の結果と一致することから、そのダンベルが殺害に使用された凶器であることにどうやら間違いないようです』

 ダンベルで殴られ、首を切られた上に眼に菜箸をぶち込まれる。人の死に様にも色々あるが、このニュースで明らかになった著名霊能者の死姿は、周囲の環境も含めて壱八の思い描く理想の往生とはあまりにもかけ離れていた。壮絶過ぎて憐憫すら覚えた。死そのものへの憐れみではない。死の伝え方に対する憐憫の情だ。たとえ被害者が有名人でなく、ごく一般的な小市民に過ぎなかったとしても、この殺され方ではマスコミが黙っていないだろう。

『筧さんの死亡推定時刻は、胃の残存物から判断して、帰宅直後の午前十二時半頃と思われます。首を切断後、見開かれ硬直した両側の眼球に犯人は木の菜箸を約五センチの深さまで真っ直ぐ突き刺し、部屋を後にする際その頭部をドアの前に置き残していったのです。角膜を貫き、眼球内の硝子体という箇所を掻き回した箸の尖端は、網膜を突き破るほどの強い力で刺さっていたということです』

 そこまで細かく説明しなくても、と一瞬思ったが、怖いものは見たくなるし聞きたくなるのも人の業か。単に殺すだけでは飽き足らない犯人の異様なまでの執着が、テレビ画面を通じて多少は伝わってくる。好奇心の罪深さを考えると、先程の中年女性を笑うのも憚られる気がした。

 殺人現場のリポートは続いた。

『死亡推定時刻の午前十二時半から、筧さんの頭部が発見された四時四十五分までの間に、犯人の姿を目撃したといった有力な手がかりは、今のところ得られていません。近隣の住人も、犯行時刻に不審な物音などは特に耳にしていないそうです。また、室内に荒らされた形跡がなく、金品などの貴重品も盗まれていないということで、警察では怨恨の線から捜査を進めており、現場検証と並行して付近の住民の目撃証言及び筧さんの交友関係を調査中とのことです。こちらからは以上です。スタジオにお返しします』

 リポーターによる締めの言葉で、映像が件のスタジオに戻る。

『現場から、昨来さくらいリポーターがお送りいたしました。それにしても、大変痛ましい事件が起きてしまいましたね』

『ええ』

 僅かに眉を曇らせる両キャスター。

 手許の紙とモニターをチラチラ見ながら、続いて男性のほうが急き立てられるように声を発した。

『筧要さんは、元々動画配信サイトにて、霊能力を使った様々な霊験を披露する人気配信者でした。中でも、隠れていて眼に見えない物を言い当てる、いわゆる念視を得意としていまして、明治期に活躍し、同じく透視能力を持っていたとされる伝説の超能力者、御船千鶴子さんの生まれ変わりを自称していました。また、今年に入ってからは、ライブストリーミング形式のインターネット放送サービス、極東テレビにて配信中の人気番組〈ガダラ・マダラ〉にレギュラー出演するようになり、新進気鋭の若手霊能者として更なる名声を博していました』

「ガダラ、マダラ……」

 既に手許のスマホを覗き込んでいた壱八は、キャスターの告げた番組名にだけ反応し、鸚鵡返しをした。古今東西の名作小説を紹介する動画で、そんなタイトルを聞いた記憶があった。

「確か、一度読んだら頭がおかしくなるとか、いや違うか」

「何ぶつぶつ言ってんのキモッ」

『近年衰退の一途を辿っていたオカルトブームは、超能力や魔術、心霊体験や怪奇現象といった超常現象の実情を多角的に捉えようというこの〈スーパーナチュラルトンデモ系バラエティ番組〉を契機にじわじわと再燃し、オカルトブーム復興の功労番組であると同時に、極東テレビの看板番組でもあったわけですが、一方でその強引な手法が度々批判を浴びたりもしていました』

『こちらのフリップをご覧ください……まずはこの〈異能〉ですね。先にアメリカのCIA、中央情報局が数千点に及ぶUFO関連文書を公開し、次いでアメリカ国防総省、通称ペンタゴンが、UFOの名称をUAP、未確認空中現象と改めまして、UFOの存在を認めました。それを承けてこの〈ガダラ・マダラ〉では、超能力という前時代的な呼び名は、オカルト新時代の到来した今では封印すべきであるとし、新時代の超能力を表す言葉として〈異能力〉または〈異能〉と言い換えました。これが、元の意味と違いすぎると主にネット上で話題になったんですね』

「異能ってひどくない? バトルでもするのかよって。超能力でいいじゃん」

「いや別に。どっちでもよくないか」

「あんたほんっとそういうとこあるよね。ネットスラングの誤用も平気で受け容れる感じの。黒歴史とか魔改造とか」

 一方的な決めつけにも挑発にも慣れているので、ここはだんまりを決め込んだ。

「エスパーとかサイキックも使わないのよ、その番組。サイキックカッコいいじゃん」

 正直、彼女のセンスはさっぱり理解できない。それでも女性向けファッション雑誌の専属モデルとして日々活動しているのだから、世の中全く判らないことだらけだ。

『〈ガダラ・マダラ〉は二部構成なんですね。筧さんが出演していたのは、第一部の〈ガダマダ学園ナンデモ職員会議〉でした。討論会形式を主体としたフリープログラムで、こちらもなかなか刺激的な内容だったようですが、特に問題視されたのが第二部でした。一般公募した若年層の民間人から潜在能力のある人々を発掘し、彼らの異能力を開発する〈ガダマダ学園トンデモ部活動〉。これには番組開始当初から多くの非難が寄せられまして、様々な方面より物議を醸してきました』

「そんなに有名な番組なのか」

「マジで観たことないの? 一回も?」

 朱良の問いに鷹揚に頷く。が、彼女はニュースに見入ったきり、壱八の様子にはお構いなしといった風情だ。

「インターネットのテレビ番組なのに。あんたの得意分野じゃん」

「いや、俺が観るのは動画サイトだから。でも、お前はしっかりチェックしてるんだな」

「まあね。とんでもない番組よ。いろんな意味で」画面から片時も眼を離さずに朱良は呟いた。

 この女傑がそこまで言うのだから、物凄くとんでもない番組なのだろう。〈ガダラ・マダラ〉か……。

 〈ガダラ・マダラ〉。

 占い師。

 半陰陽。

 不意に記憶の扉が開いた。かつて玄関ドアを破られたときよりも勢いよく、清々しい風が意識に吹き渡った。

「そうか、将門まさかどだ」

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