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異能探偵  作者: discordance
第二章
36/75

12

 収録スタジオで初めて見た教授の姿にプロデューサーの説明を重ね合わせ、壱八は十条教授のイメージ映像を克明に描き出そうとした。うろ覚えの記憶に基づく容姿から判断すると、理屈っぽくて頑迷な合理主義者といったところか。テレビ出演の承諾を得るだけでも大変だったそうで、頑固一徹キャラの超常現象否定論者が第一部の職員会議には不可欠なため、八方手を尽くしてどうにか彼を口説き落としたのだという。

 人当たりは良くも悪くもなく、その日の機嫌一つで態度や口調がコロコロ変わる、大層な気分屋だったらしい。とはいえ、超常現象に対する考え方は気分で変化することもなかった。超常現象全般を〈蒙昧な輩の世迷い言〉と両断する姿勢は、少なからず肯定論者の反感を買っていたが、私生活でも問題の多かった筧や塞の神に比べれば、教授に怨恨を抱く人物はだいぶ限定されそうな気がする。

 いずれにしろ、肯定派も否定派も巻き込んで殺人を繰り返す犯人の謎めいた動機を考えても、打開策はさっぱり見えない。実のところ、警察はこの事件をどう考えているのだろう。そもそも捜査本部は何をやっているのか。連中が腑甲斐ないから、こんな茶番に付き合わされる羽目になるのだ。誰でもいいからさっさと犯人を捕まえてくれ、将門でも誰でも。

 未だ海外にいる超心理学研究家、綿貫時依のことは将門も訊こうとせず、司会者の我王区については、所属事務所の連絡先を聞き出すに留めておいた。我王区には直に会って話を聞くつもりなのだろう。偽証の可能性を排除できないプロデューサーの証言は、敢えて耳にするまでもないと考えたのか。今までも被害者のことを色々話してはくれたが、果たしてどこまで信用できるのか。

「分不相応な質問にも快く応じていただいて、感謝の言葉もありません」

 畏まった口調とは裏腹に、将門は申し訳程度に頭を下げた。感謝の度合いを端的に示す所作だ。

「最後に、事件当時の皆さんのアリバイをお伺いしたいのですが」

 本格的な事情聴取の口振りに、どうやら占い師さんには私たちが容疑者に見えるみたいね、と南プロデューサーがあけすけに応じた。警察に疑われた将門への当て擦りかもしれない。

「おっしゃりたくなければ、黙秘権を行使してもらって構いませんが」

「事件当時ってのは、三つの事件全部のこと?」

「解釈はご自由に。強制はしません」

「判ったわ。話しついでに身の潔白も証明するとしましょうか」

 テーブルに片肘を突き、プロデューサーはぱさついた髪を煩わしげに掻きやって、

「筧が殺されたのは、もう二週間くらい前よね」

「十三日前ですね」

「優秀な探偵さんね」低く笑って、彼女は言葉を続けた。「夕方から急に冷え込んだのは憶えてるけれど。あの日は一部の収録があって、レギュラー陣全員来てたの。我王区さんに浦河、筧、教授、綿貫さんもね。収録終えてお客さん捌けた後も、スポンサーとの折衝やら特番の段取りやらあって結局帰りのタクシーに乗ったのが午前一時過ぎ」

「筧要の死亡推定時刻は、午前十二時半頃。第一の事件に関するアリバイは、確かなようですね」

「ええ。現場にいたスタッフ全員が証人になってくれたわ。警察はタクシー会社まで調べたっていうけれどね。念入りだこと。教授のときも、事情は大して変わらず。会社でスタッフと打ち合わせをしていたから。まあスタッフっていっても私の他にいたのはチーフDだけだけど」

「渕崎柾騎さんですか」

 壱八が思い浮かべたイメージ映像は渕崎本人の実像ではなく、殻を剥いた一個の茹で卵。

 南枳実の証言が事実なら、同時に渕崎のアリバイも立証される。しかし二人以外に誰もいなかったとなると、口裏を合わせて警察に偽証した可能性を拭えない。

「浦河の事件についてはアリバイも何も関係なし。あなたたちも客席で観てたでしょう、浦河が収録中に倒れた有様を。あのとき私はスタジオ上階のサブコン、副調整室にいたのよ」

「その部屋からは、スタジオの様子が一望できるんですよね。人の出入りもある程度は把握可能と?」

「ええ。といっても、あくまで遠くからの俯瞰だから、見慣れない人間を識別するのは難しいけど」

「ですが、室内のモニターには各カメラの映像が逐一映し出されているはずでは。映像の中に、誰か不審な人影を見かけたりしませんでしたか」

「サブコンの真下は割と死角なのよ。スタジオ後ろのブースにはカメラないし、そんな場所までいちいち注意なんてしないわ」

 当時のスタジオの様子は、壱八も何となくだが憶えていた。休憩中に舞台セットを離れた大賀飛駆は、観客席の後方で春霧空と話し合っていたし、十条教授が去った直後の、いやに昂ぶった雰囲気も記憶の裡にある。〈神威〉発現寸前に毒入りの烏龍茶を飲み、床に倒れた塞の神の苦しげな呻き声。呆然とそれに見入る出演者たち。超野茉茶の悲鳴。カメラマンの怒号に似た叫び。自身のグラスを執拗に見つめていた飛駆青年。黒縁の中でにこやかに、暗示的に笑いかける筧の顔写真と呼応し合うが如く、紅の床に落下した塞の神のストロー。

 プロデューサーが言ったように、あの現場ではアリバイも何もない。スタジオにいた全員が怪しい。常識的に考えれば、休憩の最中に塞の神の飲み物を用意した制作スタッフが最も怪しいが、警察とてその点はとうの昔に調べ上げているはずだ。塞の神毒殺から一週間以上経ってもなお、犯人逮捕の報がもたらされないということは、お茶汲み係はシロと見做されたのだ。

 プロデューサーの供述が終了し、将門は青年のほうに思わせ振りな視線を投げかけた。次は大賀飛駆のアリバイを確かめようというのだろう。

「僕は、家にいました。自分の部屋です。筧さんが殺されたときも、十条さんのときも」

 自信のない声というより、青年には自分のアリバイを主張する意思がないようにさえ思えた。

「筧要が殺害される直前の収録には、参加していなかったんですね」

「はい。別撮りだったんで」

「塞の神の件は、わちきもこの眼で見ていたので、まあいいでしょう。で、教授が殺害されたときも、君は自宅にいたと」

 小さく頷く青年。

「君が二つの事件発生当時自宅にいたことを、家族の方は証明できます? あと、さすがに君のお家の住所までは、教えていただけませんよね。無理ですよね。本当に無理ですかね?」

「待って」頬杖から顔を上げた南プロデューサーが、不愉快極まりない眼で睨み上げつつ異議を申し立てた。「プライベートに関する質問は控えると、さっき自分で言ってたじゃないの」

「ああ、そうでしたね。ごめんなさい」

 空とぼけて将門は言い、申し訳程度にお辞儀をした。

「後半の質問は取り下げるとして、家族の中に君のアリバイを証明できる人がいるのか、そこだけは教えていただけますか」

 将門の強い口調に比べ、答える青年は淡々としたもので、質問者が空回りしているふうでもあった。

「どっちの事件のときも、僕は、二階の寝室にいました。一人部屋で、両親と祖母は別の部屋です。下の階の」

 青年は自身の証言が少しもアリバイの証明になっていないことを判っている。だからこそ力ない声音なのだろう。しかし壱八は、彼の聡明な顔立ちと弱い声に齟齬を感じ始めていた。プロデューサーの手前、極力自己主張を控えているのではないか。周りの空気に同化したがっている青年の態度には、そんな微妙な違和感があった。

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