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異能探偵  作者: discordance
第一章(事件の真相2)
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13

 返す言葉もなかった。異能力などといういかがわしい力で殺人犯を見つけ出せるなら、犯罪捜査機関の存在意義などないも同然だ。理性的に考えれば、どうしたって大学教授の憤慨に同意せざるをえない。

 塞の神の言及内容に近いテレビの公開録画を、壱八も以前観た記憶があった。行方不明の少年を霊視で捜す女性霊能者にまつわるドキュメンタリーもので、本編ではなくダイジェスト版の動画ではあったが、あれでさえ信頼に足るとは到底思えなかった。

 警視庁とて捜査を怠っているわけではないだろう。いかに六十分の拡大版とはいえ、テレビ番組の収録中に独力で殺人犯を捜し当てるのは無理がある。いや、無理がどうのという以前の問題な気がする。殺人事件を単なる犯人当てショーに堕し、あまつさえ異能の実験台に利用する。そんな冒涜感すらあった。

 こういうことか、という壱八の独白に、そういうことです、と律儀に返す将門。

 助けを請うようにスタッフを仰ぎ見ていた我王区が、フロアディレクターの掲げた大判の紙を見て小さく呻いた。大学教授の面長の相貌が、その福耳と同じ色に見る見る紅潮していく。

「あー、あのですね。塞の神さんのおっしゃった提案についてなんですけど、そのー、企画をまたまた変更してですね、実際にご両名の、実力比べをしてもらおうじゃないかと」

 塞の神は落ち着き払った様子でローブの裾をたくし上げ、標準的な肉づきをした両腕をテーブル上に伸ばした。

「つまり、小生と飛駆君による犯人の捜索を、正式に認めてくださるのですね。それも実力比べ、お互いに腕を競い合うという形で」

「やめだやめだ、やってられるか、こんな茶番!」

 受講態度の悪い学生を叱る鬼教授さながらにテーブルを思い切り打ち叩き、十条教授はその反動でぴんと立ち上がった。

 テーブルの受けた衝撃は最前の比ではなかったが、スタッフが見越していたのか、今度は底の広いロックグラスに替えていたので、二度目の清掃係の出番は回ってこなかった。

「あ、あの、ちょっと教授?」教授の激情を察し、及び腰で席を立つ我王区。「十条教授?」

 憤然と円舞台を降り、ピンマイクを刺したまま一度も振り返ることなく出口へ向かう教授を、数人のスタッフが大慌てで止めに入る。けれどもその甲斐なく、教授がスタジオに戻ってくることは遂になかった。

 出口先の通路で何事か喚き散らす怒号が聞こえたが、跫音が遠ざかるにつれそれも小さくなり、やがて通路全体はすっかり静かになった。

 異様な興奮を伴った奇妙な沈黙が、収録スタジオをしばし包み込んだ。唯一の使用者が去った左側の長テーブルはとうとう無人となり、セットに眼を向けても右側に出演者が固まるという、不釣り合いな佇まいになっていた。騒動の主であるはずの怪僧は、悠然と座したままだ。この面の皮の厚さは相当なものだろう。

「教授、行っちゃいましたねえ」ぽかんとした表情の書記が呟く。

 フロアディレクターの指示とテレビカメラを交互に見ながら、我王区は進行役としての職務を果たすべく、懸命に声を出す。

「まあ、そうは言ってもですね、十条教授がスタジオを出て行かれるのは、何も今回に限ったことではないので……ああ、やっぱりね、収録は続行だそうです。はい、続行です。お二人の席もそのままで結構です。下手ががらんとしちゃってますが」

 そう言いながら異能者両名に顔を向けた我王区は、唇を噛んで俯いたきり微動だにしない大賀飛駆を目敏く見つけ、ここぞとばかりに快活な声を上げた。

「飛駆君はどうでしょう。塞の神さんのおっしゃった提案に、何か意見はありませんか。見た感じ、どうも反論がおありのようですけど」

 話を向けられ、青年は眠りから覚めたようにはっと顔を上げたが、端整なその横顔には困惑と迷惑を混ぜ合わせた憂鬱な気色がありありと残っていた。

「僕は」

 周辺の空気に消え入りそうな呟きに、司会陣も塞の神も固唾を呑んで耳を寄せる。客席からもこのときばかりは空咳一つ聞こえてこない。

 注目を集めることに慣れていないのか、再度恥ずかしそうに俯いた飛駆は、震える唇に力を込め、途切れ途切れに言葉を吐いた。

「反論というより、僕には自信がないんです」

「自信? 犯人を見つけ出す自信がないのかい」

 訝しげな塞の神に、青年は項垂れたまま首を上下させた。

「それは残念だ。小生は君の能力を高く買っていたつもりだが、ひょっとして買い被りに過ぎなかったのかな」

 挑発と思しき塞の神の発言にも応じることなく、それきり青年は決して口を開こうとしなかった。完全なる黙秘に入った青年から眼を背け、黒衣の怪僧は司会陣に説明口調で、

「超常的な能力に限らずとも、人には得手不得手がありますゆえ、この捜査は飛駆君には少々荷が重いのかもしれません。今日の彼は気分が優れぬようですし、異能力たるものは尋常ならざる精神力を消費しますゆえ、メンタル面の調子の良し悪しも大変重要になってくるのです。今の飛駆君に無理強いしても、良い結果は出ないでしょう。犯人捜しは小生独りでやります」

「なるほど、そうですか。制作側としては、新旧異能世代を代表するお二方の異能力合戦を期待していたんですが、そういうことなら仕方ないですね。じゃあ飛駆君には、我々と同じオブザーバーとして、この新企画に立ち会ってもらうということでよろしいでしょうか」

「小生はいいですよ。飛駆君に異論がなければ」

「……はい。判りました」

 飛駆青年の気弱な賛同を得て、筧要追悼特番は塞の神紀世の独壇場となった。それは同時に、神威の力による、筧要殺害犯捜索コーナー誕生の瞬間でもあった。

 収録の中断はなさそうだ。新企画の準備のために幾人ものスタッフがテレビカメラの背後を奔走する中、レンズの先では特番の最重要人物となった塞の神を中心とする出演者らの質疑応答が行われていた。

「〈ウジャト〉? 何ですかそれは」

「エジプト神話において、隼の頭を持つホルスという神が登場します。ホルスは古代エジプトの最高君主たるファラオの守護神であり、主神オシリスとその妹にして妻たるイシスの子として、古来より絶大な信仰を受けていました。ウジャトとはホルス神の眼の異名で、病魔や悪霊を退散させる力を持つと言われているのです」

「はあ。ですが、その悪霊退散が犯人捜しとどう関係するんでしょう。筧さんの浮かばれない思いが邪悪な霊となって、このスタジオに悪い影響を及ぼしてでもいるんですか?」

「はは、その心配は無用ですよ。第一、小生は除霊師ではありません。霊感自体もさほど強くないですし、そういうのは専門の拝み屋にでも頼んでください。ホルスの眼たるウジャトには、世界の真実を知るための能力が秘められているのです。これから小生がやろうとしているのは、神威によって小生の眼球をウジャトに変じ、筧君を殺害した人物を看破しようというわけなのです」

「なるほど! つまり神の視座から世界を眺望し、事件の真相を見出すおつもりなんですね。では、そのウジャトという力を得ることで、塞の神さんの眼に映し出されるヴィジョンというのは、どういったものなんでしょうか」

「実際には精神集中のため眼は閉じていますゆえ、心の眼で視る感じに近い。ある特定の事物や人物が、自然に瞼の裏に浮かび上がってくるのです。それも静止画ではなく、動きのある映像としてね。まず、照準となる時間帯と空間を強く意識します。今回の場合だと、事件の発生した時刻と犯行現場になりますか。筧君のマンションは何度か訪れたことがありますゆえ、小生も現場をイメージしやすい。逆に過去や未来の時間を正確にイメージするほうが、時間的な開きのある今回のケースでは格段に難しいのですが、うまくいけば犯行の一部始終を見て取ることも可能です」

「ホントですか。あ、ということは、その方法で判るのは犯人の容姿だけなんですか」

「ええ。あくまで神の眼を借りるだけですゆえ、視えるのはヴィジョンのみ。残念ながら犯人の名前や住所までは判りません。むろん、その人物が小生の知り合いでなければですが」

 男性スタッフの一人が背を屈めて舞台セットに上がり、塞の神のテーブルにポラロイドカメラとスケッチブックを置いた。寸法の大きいスケッチブックには黒のサインペンとボールペンが挟んである。

 そのスタッフが床に落ちていたハンカチを素早く拾い上げ、我王区に差し出した。今の今までハンカチのことなど失念していた我王区は、並々でない驚きと共にハンカチを受け取り、いつの間にありがとうとおかしな謝意を述べた。

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