第4話「銀髪の国王陛下」②
「はい、荷物の配達、任務終了ですね、確認しました。お疲れ様でした。」
任務受付カウンターの女性はそう言うと、手慣れた手つきで書類を作成しはじめた。騎士団の任務は、国から直接隊長クラスに話が行くものもあるが、一般市民からの依頼という形で騎士団の事務所に登録されるものも多く、それを受託し実行するのも騎士の仕事のひとつである。受託状況やその達成度は騎士個人の業績として登録されるらしい。隊全体の任務ではないが、個人もしくは隊のメンバーとチームを組んでの受託になるため、隊の名を背負っての活動として所属する隊の隊長の許可が必要であり、もちろん、報告も必須だ。
「おつかい」を終えたアイルたちも、事務での手続きを済ませ、ヴェネックの執務室に向かった。入隊して半年もたてばなれたもので、あっという間にドアの前にたどりつく。
「もどりました~、……あれ?」
アイルがドアに手を伸ばすと向こうから何か言い争う声が聞こえてきた。
「~!!…ないったら!」
「…しかし…」
「~だから…はやめてって…!」
「なんだ?入らないのか?」
「いや、何か中から声が…」
「声??」
首をかしげているアイルを横目に、クルトがドアに手を伸ばすと、彼が引くよりも早く物凄い勢いで扉が開いた。ゴツッという鈍い音とクルトの低く短い悲鳴が響く。相当痛かったのだろう。クルトはうなりながらその場によろよろと膝を折った。
「あれ、ミンシア?」
「アイル…。」
「どうした?」
「…なんでもない!」
勢いよく出てきたのはミンシアだった。驚いたのち努めて表情を硬くし、強い口調で言い残した後足早に去っていく。蹲るクルトには全く気付かなかったようだ。
「クルト、大丈夫?」
「お、おぉ…。」
ピアニの回復の魔術により、少し痛みがやわらいだクルトがゆっくりと立ち上がる。ミンシアの背中をため息交じりに見送っていたヴェネックだったが、三人に気づき声をかけた。
「ん?なんだ、お前ら戻っていたのか。ご苦労だったな。」
ミンシアの様子と、先ほどの言い争いのような声が少し気になるアイルは、不思議そうに首をかしげる。
「何かあったんですか?」
「いや、何…ちょっとな…。」
ヴェネックは視線を落とし、片手で軽く頭を抱えていた。どうやら困っているらしいが、その理由はアイルにはわからず、やはり首をかしげることしかできない。
「アイル、少し俺に付き合ってくれないか。」
「え?いいですけど、どこか行くんですか?」
買い出しなら自分たちが済ませてきたし、食事をするには少し時間が早すぎる。断る理由はないが、付き合う場所に全く見当がつかないアイルに対し、ヴェネックはさらっと答えた。
「国王陛下との謁見だ。」
「!」
「!?」
驚いたのはアイルではなく、状況においてけぼりにされていたクルトと彼を手当てしていたピアニだった。当のアイルは特に驚いた様子もなく、「国王陛下」がどんな人物だったかをふんわりと回想している。入隊式の日に一度遠目から見たことがあった。細くてキラキラした長い銀髪を揺らす、高貴な男性だ。
「えぇぇぇぇ!?国王陛下って、あの、国王陛下ですよね……!?」
「ア、アイル、だけですか……?」
「ああ、アイルだけでいい。そんなに大勢で押し掛けるものでもないしな。」
その一言に、ピアニはほっとしたように表情を緩ませたが、クルトは不満そうに眼を伏せた。王族に謁見するなど、隊長クラスならまだしも、一隊員がそう易々と叶うものではない。騎士団第一部隊……、国王の側近を務めるヴェネックを隊長に据えた、管轄都市を持たない先鋭部隊。騎士団候補生のときに憧れた、「名誉ある」その名を思い出す。だが、それと同時に、アイルだけでいい、という言葉がクルトにとって、自分とアイルの間にある何か大きな壁を改めて感じさせていた。いつもピアニと三人で行動を共にはしているが、何かにつけてアイルは違っていた。ただ天然でズレているという言葉では、片付けられなかった。クルトがどう足掻いても、そのズレは意識して作ろうとしてもにも埋められない、規格外の力のようにすら感じられた。
クルトの心中はいざ知らず、アイルは国王と会うことよりも、印象深かった銀髪を間近で見れることのほうが楽しみなようで、のんきなことを言ってピアニに咎められている。その余裕が、クルトを更に卑屈にさせるのも、今に始まったことではなかった。
「もうこんな時間か。いくぞ、アイル。」
「はーい、了解っす♪」
隊長に連れられて、重い扉を軽々と開け廊下へと向かうアイル。その背中を見送りながら、クルトは苦虫を噛み潰したように言葉を絞り出す。
「…なんで、なんでだよ…。」
お気楽なアイルを心配していたピアニが、彼の異変にも気づきそっと視線を向けていることに、クルトが気づくことはなかった。
・・・
「遅かったじゃないか~ヴェネック!ははは!私は待ちくたびれてしまったぞ~っ!」
「…。」
「あはは!六時間と五十二分ぶりだね、私は非常に今!感動しているよ!感動の再開というやつだねあはは!」
「…陛下。」
「なんだい、ヴェネック!そんなに眉間にしわを寄せるものじゃない!型が付いてしまうぞ~ほら!しょうがないな、私が伸ばしてあげよ…」
「結構です。」
アイルは、面食らっていた。細やかで美しい装飾がなされた、大きくて重く仰々しい扉の向こう、レッドカーペットの敷かれただだっ広い空間。玉座に座り穏やかにほほ笑んだ「国王陛下」が、ヴェネックを見た瞬間立ち上がり、さも当たり前のように自らこちらに歩み寄り、楽しそうにまくし立てているのだ。さらさら揺れる銀髪をきれいだと思うよりも早く、その勢いに流石のアイルも、少し驚いている。瞳をぱちくりさせていると、国王陛下はアイルに視線を向け、これまたフランクに、楽しそうにおどけて見せる。
「やぁ、アイル・ファーデン!」
「え?」
「ようこそ、我が謁見の間へ!あぁ、聞いていた以上に爽やかな好青年だね!…はじめまして、になるのかな…?」
大袈裟な身振りだが、その所作はやはりどこか優雅で、高貴さを漂わせていた。
「私は西国国王、フェルマート・イース・ヴァルドネスだ。」
かしこまる必要はないぞ、と気さくに手を伸ばし自ら握手を求める。アイルはされるがまま、勢いに圧倒されていた。満足したらしいフェルマートは、再びヴェネックに軽口をたたく。
「おや、どうしたヴェネック、ヤキモチかい?しょうがないな、ほら君も握手だ!」
「…はぁ…。」
「ははは!ため息をつきつつ、きちんと手を差し出す、私は君のそういうところを愛しているよ!」
「…。」
フェルマート・イース・ヴァルドネス。西国前王亡き後、荒れ始めた治世を整え、国に豊かな実りを与え続けている、若く優秀な王である。そう、騎士団学校の教科書にも写真付きで載っていたことを、アイルは今になってぼんやり思い出していた。
「陛下、そろそろ我々を呼ばれた本題を伺ってもよろしいですか。」
一向に終わりそうにないスキンシップを丁寧に払いのけながら、ヴェネックが切り出す。おや、とわざとらしく肩をすくめて見せた後、致し方あるまい、と、フェルマートは少し残念そうに仰々しい王座へと戻っていく。アイルの目の前で、銀色の美しい長髪が、キラキラと翻った。
「君たちも知っているだろう?街ではやっている、あの病のことを。」
しなやかに王座に腰掛け、足を組んだフェルマートは、声のトーンを落として話し始める。それは、アイル達も気にかけていた、流行り病のことだった。
「王国研究所も躍起になって調査しているが、いまだ原因も、治療法も不明のままさ。調べても調べても、わからないんだよ。我々西国の持っている知識、技術だけではね。」
肘をつき、困ったように瞳を伏せる。一息ついてから、開け放たれた窓の外に視線を投げ、物憂げに、独り言のようにつぶやく。
「我が西国の民が生まれながらにして持つ、魔力。十人十色の力。それは、その人物の個性であり、能力。そう認識されているが故に、ステイタスだ。かのビレイ・コンダートの手記には、『魔力はその人物の個性と直結した命の輝き』と記されている。…それが消えてしまうということはつまり」
「死ぬ、ということですか?」
アイルの率直な問いかけに、少し驚いたように視線を向けた後、ふっとほほ笑んでフェルマートは続ける。
「…必ずしもそうとは限らないさ。輝きを失ったからと言って存在自体が消えてしまうほど、人は弱くない。私は、そう考えているよ。…存在があれば、そこには可能性がある。」
優しい口調ながらも、確信を感じさせる強い言葉だった。フェルマートはヴェネックに視線を投げ、報告を促す。ヴェネックは国立研究所視察で受け取った情報を端的に伝える。
「死者は出ていません。しかし、視覚、聴覚等、各種感覚器官に問題が発生したり、運動能力の著しい低下がみられている例は確認されています。」
アイルが驚いて顔を上げる。ヴェネックもフェルマートも、表情は変わらないが、その瞳は真剣そのものであった。アイルは開きかけた口を静かに閉じる。
「…人は、そこまで弱くはない。けれど、輝きを失って尚、可能性を信じ前を向いて生きていけると断言できるほど…人は、強くもない。」
変わらない穏やかな口調であるが、どこか憂いを帯びたフェルマートの言葉が、胸に残る。アイルは何も言えないまま、立ち尽くしていた。
「…何にせよ、事態を早急に解決しなければならない。」
王座から立ち上がり、フェルマートが示したのは、一つの可能性だった。
王国図書館に保存されている、「ビレイ・コンダートの手記」。伝説の世界学者が残したその書物は、国の最重要資料の一つとされ、強い閲覧制限がかかっている。
フェルマートによれば、そこに、西国の、西国の民の、すべての魔力の源が、この大陸のどこかに存在している、と記されていたという。
「その、魔力の源は、【西国の意思】を持つらしい。…詳しくは、私にもわからない。しかし…。」
「存在があれば…そこに、可能性がある…。」
ぽつりとつぶやいたアイルを見て、瞬きを数回した後、フェルマートは楽しそうに笑い出した。
「君は思っていた以上に聡明だね、アイル君!そういうことだ。」
重い空気から一転、再び陽気な笑顔を見せるフェルマートに、やや圧倒されながらも、アイルも普段通りの笑顔を返していた。満足げにほほ笑むフェルマートに、ヴェネックが促す。
「ならば、今回のシルム隊の任務は」
「ああ。【魔力の源】、【西国の意思】とやらを探し出して調査してほしい。よろしく頼んだよ。」
「了解しました。」
情報が少ない上に手がかりがまるでなく、雲をつかむような話だった。万が一見つけ出せたとしても、それが、今回の流行り病を解決するきっかけになるとも限らない。だが、ヴェネックには確信に近い、直感があった。自らが忠誠を誓う彼が、そこに何かを見出しているのだ。
やるからには、まずは作戦を練る必要がある、と思案していたヴェネックよりも先に口を開いたのはアイルだった。
「…そうと決まれば、早く準備しないと、ですね?」
「!」
「なんですか?」
「いや、なんでもない。」
ふっとヴェネックは表情を緩め、アイルの頭をガシガシと撫でる。不思議そうに首をかしげるアイル。ヴェネックの手は骨ばっていて分厚く、大きかった。
重い扉が閉まる音がする。二人が退室した後の謁見の間は、カランとしていてそっけなく、とても静かだった。王座に座った国王は一人、つまらなさそうにまた外を眺める。
「意思は共鳴する…。資料には、そうも記されていた。きっと見つかる、君たちなら、ね。」
開け放たれた窓からは、ゆっくりと風が吹き込んでいる。フェルマートは目を細め、肘をつきながらほほ笑んだ。
「私はそう、信じているよ。」
当時、フェル様推しでした←