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CLOSS  作者: 山城もえ
ミンシア編 第1章
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第3話「変なやつ」①

西国主都シンフォニアは、西国本土の東側に位置している。西国には各地にいくつかの街が存在し、騎士団各隊に警備の担当が割り当てられている。


「南東にある港町コンチェルの警護を担当しているのが、第五部隊のイジュール隊……西にあるレクイムの街は第六部隊のゴッタス隊……、んで……ここは……」


クルトは宙を見上げる。枯葉が静かに風に舞い、はらはらと降ってくる。穏やかな昼下がりである。シャッシャっと軽快に落ち葉をはく音の中に、ピアニの幼くかわいらしい声が重なった。


「西国最北端、研究者の街カルマート!一度来てみたかったんだ~!主都にはない専門的な書物もたくさんあるんだよね!あ、ほら、あそこに見えるのが専門書の数では国一番の蔵書数を誇るっていう……」


キラキラと瞳を輝かせしゃべり続けるピアニに、クルトはあきれ顔だ。


「お前、本当好きだな。研究とか、本とか?騎士より学者のが向いてるんじゃないか?」

「えへへ♪……実はいつかなれたらいいな~なんて思ってるけど、生活するにも、お勉強するにも、お金が必要だしね。うち、兄弟も多いしお金もあんまりないから。騎士団ってお給料いいし……。あ、それに卒業して騎士団に入団出来たら、騎士団学校の学費って免除されて、返金されるでしょ? あれも、すごく有り難いよね!実質無料!」

「あ、ああ。……そういえばそうだったな。」

「それにほら、お勉強は働きながらだってできるし!」


落ち葉を掃く手を止めると、あたりは本当に静かだった。街路が、少しだけキラキラして見える。ピアニは楽しそうに、落ち葉を集めていた。


「そうだな。ピアニは俺やアイルより4つも年下なのに一緒に卒業して、今や騎士団第一部隊シルム隊所属騎士、だもんなあ。」


グリグリと頭をなでてやると、からかわないでよー!とあどけなさが残る甲高い声が抗議をしてくる。クルトは知っていた。ピアニが貧乏な一般家庭の出身であり、普通高等学校に通うお金すらなかったため、中等学校卒業後に騎士団学校に直接進学したこと。今は目標や楽しみこそあれ、最初は家族のためだけに騎士を志したこと。シルム隊に入って半月ほどたったが、その給料のほとんどを家族への仕送りに充てていること。……妹のように可愛がってはいるが、自分より彼女のほうがよっぽど自立し、大人びていることを認めざるを得ない。


「それに比べ……こいつときたら……。」


じとっと目を向けた先。枯葉が舞う暖かい木漏れ日の中で、アイルが一人木にもたれかかって舟をこいでいる。


「ああー!アイルったら、起きてよう~!落ち葉集めのお仕事、まだ終わってないよ~!」

「ん~?…………あー、ごめんピアニ……なんか眠くて…………」

「ちょっとアイルー!!」


はぁ……とクルトは深いため息をついた。全く自分もアイルも、もう少ししっかりしなければならない。騎士団第一部隊、シルム隊に所属になって半年。魔物討伐、採集、街の整備や警護……様々な任務をこなしてきたが、一向に自分に変化はない。どうすればよいのだろう、とぼんやりと思ってみたところで、これと言って答えは思いつかない。ただ漠然と、自分にはまだ、できることがある、そう思っている。

ふわっと枯葉が鼻を掠めた。クルトは再びため息をつく。気を引き締めてみても、辺りはとても穏やかで、ゆるやかで、暖かかった。今日の任務はこの落ち葉集めで終わるのだろう。


「お~い、アンタたち~!そっちは終わったかい?」


少し離れたところから、にぎやかな声が近づいてくる。メリルとジェットだ。


「悪いね、このスカポンタンのせいで余計な仕事が増えちゃって……。ほら、あんたも謝んな!」

「いてっ!わーったよ、後輩たち、悪かった!まさか俺の新必殺技に魔物を引き寄せる効果があるなんてなぁ、新技ってのは使ってみなきゃわかんねーもんだな☆驚き桃の樹なんとかの樹だぜ!」


そう、シルム隊は落ち葉集めなんていう仕事の為に、主都シンフォニアからわざわざ、遠路はるばる、この国土最北端の街にやってきたわけではなかった。近年、薬草や食材を育てているカルマート周辺の畑が荒らされるばかりか、魔物たちが凶暴化し人に襲い掛かってくる事案が増えたため、その数を減らすべく討伐の助力を要請されたのだ。調査によればビックベムという群れを成して生活する大型の魔物が、突然繁殖し、生態系にも悪影響を及ぼし始めている、ということだった。

依頼を受けたシルム隊は、クルト・アイル・ピアニと、ジェット・メリルの二手に分かれて敵を分散、ピアニとメリルが回復を担当し後方支援を行いつつ、ゆっくり数を減らす作戦をとった。途中まで計画通りに進んでいたのだ。


『巷の平和をかき乱す悪いやつらに目にもの見せてやる!くらいな、ポスティング!』


ジェットが持つ筒状の魔法具から不思議な紙がばらまかれた瞬間、ビックベムたちが目の色を変えて、ジェットに向かって駆け出した。戦っていたものばかりではなく、隠れて様子を見ていたのであろう者まで出てくるものだから、流石に冷や汗ものだった。

カラカラと笑いながら回想するジェット本人は、全く反省していない様子である。


「まあ、俺の剣がきれいさっぱり一掃して結果オーライだろ☆当初の予定より多めにやっつけられたわけだしな!」

「あんたの剣なんていつも持ってるだけのお飾りでしょ。使ってるの見たことないわ。魔物を片付けたのは、アイル。」


結局、自身の魔法具としてもらい受けた糸を使いこなそうと苦心している(クルトたちには戦闘中にあやとりで遊んでいるようにしか見えなかった)アイルが、ジェットの剣を使って魔術で一掃し、事なきを得たのだ。


「ふああああ…………。Zzz」


それを踏まえれば、アイルが今眠そうに舟をこいでいるのも、大きめの魔術を使った後遺症、と思えなくもない。


「でも、そのあとが大変だったんですよね……。いっぱいの魔物が押し寄せたせいで近隣の畑が壊滅、薬草も食材も全滅……。一番怖かったのは……。」


そう、大量のビックベムよりも、怖かったもの。それは、ミンシアと共に別件の処理のために遅れて到着し、その惨状を目の当たりにしたヴェネック隊長だった。


「無言反省会…………。怖かった……。」


ピアニが小さな体を震わせる。

シルム隊隊長、ヴェネック・シルムは噂されているほど恐ろしい人物ではない。それはピアニもクルトもすでに理解していた。彼は、任務でミスがあっても訳も聞かず怒鳴り散らすなどということはせず、まずは隊員の言葉を聞き、状況を的確に判断し解決に導く。だからこそ、本気で怒りを向けられたときの雰囲気は本気で怖かった。


「あれは、いつになくおカンムリだったねぇ。流石のアタシもビビったわ……。」

「そうか?隊長はいつも優しいけどな!今回も街中の掃除で反省して頭冷やしたら許してくれるってさ☆」

「アンタ……反省って言葉驚くほどに合わないわ。」

「お?それほどでもないぞ~!いや、あるぞ!」

「そうね……あるわね……。」


あきれ顔のメリルと、愉快そうに笑っているジェット。任務先でのごたごたは日常茶飯事で、入隊後半年以上たつ後輩たちも、他の隊ではありえないであろう光景にいくらか慣れ始めていた。いつも通りの先輩のやり取りを横目で見ながら、クルトはずっと疑問に思っていたことを口にする。


「なあ、姐さん。……シルム隊って俺たち以外の隊員は所属していないんすか?まさか、とは思うけど、この半年、一度も会ったことないのはいくら何でも……。」


騎士団第一部隊シルム隊。西国国民ならだれもが知っている騎士団最高位の先鋭部隊。しかし、考えてみれば隊長のヴェネックの噂が大きく取り上げられているだけで、隊員についてはあまり知られていなかった。騎士は様々な任務をこなすが、隊ごとに割り当てられた基本的な役割があり、その役割を達成するために必要な人員が確保、随時補充されているはずだ。他の隊は30人から50人編成で、割り当てられた街の護衛を主として、その街を拠点に活動している。しかし、シルム隊の駐在地は主都であるにも関わらず、主都シンフォニアの護衛は第二部隊~第四部隊の管轄であり、シルム隊に割り振られる仕事は、クルトからしてみれば小さなものばかりで、騎士団最高位であるといわれながら、自分たちのやっている仕事は「便利屋」……正直、小間使い程度としか思えなかった。


「騎士団第一部隊は主都シンフォニアに駐在、隊長は国王の側近を兼ねる少数精鋭部隊……って聞いたことあるけど……隊長とミンシア、ジェット先輩、姐さん、俺にアイルにピアニだけ……ってほかの隊に比べて少なすぎじゃ……」


「あはは。そうね!でも去年まではもう少しいたのよ?……えーっと、アリシアは寿退職、ゴードーさんは定年で今年から騎士団学校の先生してるし……シルビアさんは産休でしょ、ファルギネは病休、キールは実家が大変らしくて長期休暇を取ってるけど戻ってこれるか怪しいか。他にもイロイロ。こういのって重なるときは重なるのよね~!……ま、現状アタシたちだけってことには変わりはないさね。」

「……。」

「ああでも、毎年新入騎士や補充要員も来るんだよ。しかしどういうわけか根性ないやつが多くてねえ、すぐやめちゃうのこれが。なんでも、『ここは自分には合わない』とか『やりたいことができない』とか?いやだよ頭でっかちはこれだから。いつまで学生気分なんだか。」


ぶわっと風が舞い、再び枯葉が舞い上がる。少しだけひんやりとした風が、クルトの首元を通り過ぎていく。


「ま、流石に去年除隊が多くてね。隊長とアタシとこのスカポンタンだけじゃ何かと不便だから、今年はどうかいい新入騎士を……!って頼んだのよ。そしたらあんたたちが来てくれたってワケ。」


助かってるよ、とほほ笑むメリルの優しい眼差しが、クルトに突き刺さる。不自然に目をそらしてしまったことを、後悔した。

ピアニがアイルとジェットを制止する声が聞こえる。穏やかな昼下がり、暖かい風の中まだまだ落ち葉集めは終わりそうにない。



・・・



「久しぶりだね、ヴェネック。ああ……父親に似てきたね。」

穏やかな老紳士が、静かにお茶を入れながらほほ笑む。品のいい茶菓子とともに差し出されたのは、懐かしい紅茶の香りだ。ヴェネックの父、ヴィンド・シルムが好きだったオリジナルブレンドの茶葉。


「ご無沙汰しています。スフォルツァンド隊長。」

「ははは、堅苦しいのも父親譲りか。相変わらずだね、ヴェネック。」


スフォルツァンド・マーティス。騎士団第七部隊の隊長であり、嘗てはヴェネックの父、ヴィンド・シルムとともに前王の側近を務めた人物である。


「懐かしい顔に会うと様々なことを思い出すものだね……。いやいや、よく来てくれた。」

「本当にこの度は私の部下がご迷惑を……。」


父親を亡くしたのちも、公私ともに世話になった恩師スフォルツァンドに、ヴェネックは合わせる顔がなかった。その理由は周知のとおり、自身の部下がビックベム暴動を誘発し、畑をめちゃくちゃにした事案についてだ。


「ははは、どうせまたジェットのやつが何かやらかしたのだろう?全く、……あいつは一向に変わらんなあ。」

「すみません…………。」

「まあ、さほど問題もないよ。ちょうど畑も土を入れ替えようという時期でね、研究者たちも半ば有り難がっとったわ。手間が省けた、とな。」


ころころと笑う老紳士は、嘗て智将として名をはせた人物でもある。以前ジェットはスフォルツァンド隊に所属していた時期があるため、隊長である彼はその素行もよく知っているはずだ。


「こうなることを予想されていたのですか?」

「私がかね? まさか。第一部隊を辞したときに、もう半分隠居したようなものでなあ。隊長とは名ばかり、副隊長以下、部下に任せて気楽に過ごさせてもらっておる身、買いかぶらんでおくれ」

「ご謙遜を」

「ふふ。第一部隊は、変わりはないかい?」

「……新入騎士が入りました。あと、イジュール隊から転属で……」

「ミンシアか……。」


スフォルツァンド隊に所属していたのはジェットだけではない。騎士になりたてであった数年前のミンシアも、新入騎士としてカルマートに駐在していた。


「イジュール・カウスは人格者なのだが」

「……隊員たちとうまくいかなかった、と。」

「……そうか。……うちの隊でも、つらい思いをさせてしまったようだからねぇ……。」


しわが刻まれた眦を細めて、静かに紅茶をすする。カップを支える、嘗ては大きく力強かった手も、いつの間にか細くなり、指先は微かに震えている。ヴェネックは静かに目を閉じた。スフォルツァンド隊長はカップを置き、ゆっくりと窓の外に視線を向ける。


「ひとまず息災で有ればなによりだ。」


・・・


「おーい、ミンシア~。」


能天気な声に呼ばれ、ミンシアは枯葉をはいていた手を止める。よくわからない騒動に巻き込まれて掃除を手伝わされていることも納得いかないが、その一言はもっと聞き捨てならなかった。ガサガサと枯葉をまき散らしながら近づいてくるアイルに対し、眉を寄せながら問いかけた。


「お前、今なんて。」

「ん?まだ名前呼んだだけだぞ?」

「だから……っ!」


頭に血が上る。アイル・ファーデン。もちろんこの男は嫌いだ。この半年、極力接触を避けてきた。しかしことあるごとに、全身で拒絶しても、お構いなしに声をかけてくる。何を考えているかさっぱりわからない。何より、騎士としての自覚が一向に見えないこの男に、何故自分が呼び捨てにされなければならないのだ。一応、立場は自分のほうが……と、一瞬でもそう考えてしまった。そんな自分すら受け入れられなくなり、ミンシアは言葉を詰まらせる。


「っ…………。」


眉をひそめて視線をそらす。その心境なんてものはアイルが知る由もない。いつもの調子で用件を告げる。


「これ、落としたよな? 渡し忘れてた。ほい、リボン。」

「!!」


お構いなしに差し出されたアイルの手には、金色の刺繍が施された赤いリボンが収まっていた。それは、初めて出会った入隊式の日の食堂で、ミンシアが去るとき落としていったものだった。


「えらく可愛いリボンだな。誰かに貰ったのか?」

「わ、私のものではない!」

「え?でも俺、お前が落とすところ見……。」

「違うと言っているだろう!」


押し問答だった。アイルからしてみれば、何故ミンシアが頑なに拒否をするのかさっぱりわからない。確かにアイルはその時その目で見ていたのだ。足早に去っていくミンシアから、ひらりと落ちた、この、赤いリボンを。それ以外の真実は見つからない。


「リボンなんて、男のお前がつけるはずはないし……誰からのもらい物か?だったら、大切にした方がいいんじゃないのか?ほら。」

「……っ。違う!」


パシッとはじかれ、再びリボンはアイルの手から地面に落ちていく。はたかれた手は、初めて会った時と同じように、アイルに少しだけ痛みを残す。


「…………何するんだよ~。あーあー、落ちちゃったじゃないか。」


仕方ないな、とリボンを拾い、埃を払うアイルの隣で、誰にも見られないようにうつむいたミンシアの瞳は困惑と後悔に揺れている。


「はいはい、そこまで。アンタ達、とりあえず掃除終わらせるわよ。」


喧嘩する子供たちをたしなめる様に、様子を見ていたメリルが優しく仲介に入る。アイルは、はーい、と素直に返事をして掃除を再開し、ミンシアはうつ向いたままホウキを握りしめていた。


「そうだぜ!ほ~らっ!ジェット先輩特製!落ち葉バズーカ!」


喧嘩して叱られた子供たちを慰めるように、豪快な掛け声とともに集めた落ち葉がふりまかれる。それは確かに、ジェットなりの気遣いだった。付き合いの長いメリルは知っている。知っているのだが。


「ジェット~……っ、アンタってやつは!掃除が一向に終わらないじゃないの!反省ってものをしりなさい!」


堪忍袋の緒が切れたメリルは巨大な金槌型の魔法具を軽々と振り回し、ガァンという豪快な音を響かせた。ジェットの叫び声が響き渡る。痛がるジェット、けらけらと笑うアイル。延々と続く掃除に、落胆するクルトとピアニ。少し小腹のすく時間になった穏やかな午後。まだまだ掃除は終わりそうにない。


「主人公」はアイルなのですが、序盤は大体ぽやぽやしていますね。

クルトとか主人公っぽいのに、アイルの存在があって主人公になりきれない感じが何となくリアルで個人的には愛おしい。

キャラが多すぎて大風呂敷になったというのに、この期に及んでまだキャラクターが出てくるこの始末。次回もまた「変なやつ」が出てきます。

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